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【九罪魔】苔むした何か/怠惰の眷属

※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 「ようやく走狐が何かを発見したかと思ったが……なんだここ?」  怠惰の区画へ踏み入った一人のワルキューレ───リーナが歯車をつけた白い軍帽の下から瞳を鋭く光らせて周囲を見渡す。長いだけで代わり映えの無い白い廊下にうんざりしていた彼女は、ようやく発見した区画を目にして曇った表情を晴らす事はなかった。  区画内は音一つもない静穏さに包まれ、苔に覆い尽くされる様は自然の神秘めいた光景。しかし終戦乙女のリーナにはこうした美しく雄大な自然を見て、己の小ささを自覚する矮小な人間性は持ち合わせていない。  少なくともロメルがここにいるとは思えずリーナは周囲を程々に見回ってから区画を出ようとしたのだが、背後で何かが崩れ落ちる音が静まり返る区画内に寂しく響いた。  まるで彼女が離れるのを阻止するかのような───  まるで“訪れた獲物”を逃さないような───  その音にリーナは足を止めて振り返る。   「骨か、それも人骨……ふぅん、何やら面白いことが起きてるじゃあないか」  崩れた物の欠片を摘まみ、それをしげしげと見つるリーナは形の良い唇を(キュッと)曲げて微笑む。所々から茸が伸びたそれをよく見ると僅かに人の形を残しているが、まるで数百年も経ったかの様な風化具合。 「十年単位じゃない……少なく見積もっても数百年は経っていなきゃこうはならないが───おかしな話だな」    リーナは摘まんでいた人骨の欠片を(パキリと)軽い力で砕く。この九罪の箱庭は廃都の上に造られたのだが、そも元の都は終戦乙女による侵攻を受けて半壊した後に放棄、その後に何やら不明な建物(そう九罪の箱庭)が建てられている筈だ。  つまり、数百年どころか数年すらも経過していない。  もっとも九罪の箱庭が元々何処かにあったモノを移転してきたとなれば数百年経っているのも理解は可能だが。 「なぁんか妙なんだよな。まるで“この区画”だけ数百年以上経っているような……」  もやもやとした疑念を抱くリーナは周囲を再度ぐるりと見渡し、そこで気付いた。苔に覆われた大きな岩だと思っていたモノが全て人間や動物の死体であることに。  そして、それら全てには“同じ形の茸”が生えている。何かに気付いたリーナが近くの死体を蹴り砕くと、その内部にはまるで毛細血管の様に張り巡らされる無数の菌糸。  それらが地面の奥底まで伸びている───いわゆる菌根菌というモノで菌根性の茸は菌糸を近くの樹木の根と伸ばして栄養をやり取り(つまりは共生)している。  マツタケが松の木の近くにしか生えないのも、それが理由。  さて、それでは───この茸は一体何と栄養をやり取りしているのか。周囲を見渡してもそれらしい樹木は見当たりはしないが、リーナは既に見当をつけている。  朽ち果てた死体で囲まれているかの様に鎮座している大きな物体。まるで寝ころんだ人間の様な形状のソレは、柔らかな苔に覆われた上に多数の茸を生やしている。  間違いない、これがこの区画の主。  地下に伸ばしている菌糸は栄養を交互させる為ではなく、何らかの方法で対象に茸を寄生させた後に栄養を吸い上げる為なのだろう。  あれのやり口がある程度分かった上で、リーナは手にしていたスコープ付き猟銃を構えながら自身の能力を使用する。 「狩りの時間だ───走狐ども」  リーナが指を(パチンと)鳴らすと彼女の足元から“まるでゾンビ”の様に無数の狐が這い出てくる。無数のもふもふが集まっている様はとても幸せな様にも見えるかもしれないが、その狐たちが傷だらけで血を流している姿は“ホラー映画”の怪物登場シーンの方が似合っている。   「お前の能力は私とは相性が悪いが、まあこれも勝負の運命さ───さっさと、くたばれ」    リーナの指示で狐たちが一斉に駆け出すと、区画の主へと迫る。だがその大きな何かが攻撃に対して動くことは無く、飛び掛かった狐たちに歯や爪を突き立てられても微動だにしない。  だが、一匹の狐が茸に触れた次の瞬間───小さな埃のような物質が飛散し始める。間違いない胞子だ。  風や何らかの外的要因で胞子が飛散し、それを吸い込んだ者に寄生するシステムなのだろう。これが普通の生物なら致命的だが、リーナの操る狐たちは既に死んでいる。  その死体を動かしているだけに過ぎない以上、幾ら胞子が飛散しても狐たちが侵されることはない。  このまま完封勝ちとリーナは思っていたが、その時奇妙なことが起きる。彼女が周囲の雰囲気が急変した感覚を覚えた時、先程まで威勢よく戦闘をしていた狐たちが突如としてぐずぐずとした肉塊と化す。    何が起きたのか。  あの胞子に何らかの毒成分でも含まれているのか。いや、仮にそうだとしても死体である狐たちには効果がない。それでは魔法攻撃の類なのか。  考えを巡らしていたリーナはふと気づく。  狐たちがぐずぐずとした───まるで腐敗した様に崩れていったこと。  そして周囲の風化した死体の数々。    時間を飛ばしたのか。  リーナはその考えにほぼ確信を得ていた。それなら狐たちの死亡時の様子や明らかに数百年単位の時間が経っている死体たちの状態も筋が通っている。  何より、胞子で寄生した対象を効率的に腐敗させる為に“時間を操作し、生物を老衰と同時に腐敗させられる”ことでより茸の成長速度を速める事が可能。 「ははーん、これが生物の神秘ってやつか。まあ元よりそうなるように書き換えられた韋編悪党に神秘もくそもねぇけどな」  リーナは嘲るように笑うと再び狐たちを呼び出す。 「だが、こちとら狐は何回でも呼び出し可能だ。それに時の加速に関しても、不老の存在であるワルキューレには無意味」  リーナは猟銃に弾を込めつつ、狐たちを“周囲にある死体”を攻撃する様に仕向ける。 「その力の源は周囲にある死体からだろ? だったら、一個ずつ丁寧に潰していくだけさ」  猟銃から放たれた魔法付与弾丸の一撃が死体を完全に破壊する。 「ゆっくりと楽しんでくれよ───死が近づく音をな?」  巧みな手つきで排莢し、リーナは死神の如く笑う。死を齎すワルキューレを前にしても、その苔むした何かは動かず──まるで死を望んでいるかのような不気味な静けさを返すだけだった。    結局のところ、戦闘はリーナ優勢のままで終わり苔むした何かは栄養補給の手段を絶たれ、嬲り殺しに近い形で狐たちに倒された。  狐たちを呼び戻し、リーナが残弾数を確認していると(ドカドカと)耳障りな足音を複数を立てながらレックがオークを引き連れて現れる。 「よぉリーナ。なんだ既に戦闘は終わったのか、協力の一つでもしてやろうかと思ってたんだけどなぁ」 「その気持ちだけで結構。それより撤退の指示が来たけど……なんだ、私を迎えに来たのか?」既にリーナも基地からの撤退指示を聞いていた。 「まあな、そんな所さ。さっさと戻って、ロメルを待ち受けるぞ」  レックの悪い笑みにリーナは同じ笑みを浮かべて返したのであった。