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「鴟梟の墓標」 赤井川 歩幸(アカイガワ フコウ)

罪悪を覚え最悪を痛感し 再会を切望し最愛に嘆く 少女は幸せな人生を歩みたかった それが叶わぬ願いなら また墓標に花を捧げます 「いいかい?殺人鬼というのは自分の気の向くままに、気分で人を殺すんだ。」 「逆に殺し屋というのは誰かしらから請け負って人を殺す。その相違は重要なんだ、と私は思うんだよ。」 何か特別な場所……等ではなく只のカレー屋の片隅で男は少女に言った。 店の角で椅子に凭れ掛かっている二人。 一方はやけ背が高く細身で青系統のシャツの上にベストを着ている紳士的な男。 黒の手袋を嵌めてその上から幾つか値打ちの高げな指輪を嵌めているその姿は人によっては裕福にも見えるだろう。 だが男の瞳は決して明るくなかった。 何を考えているのか分からない、淀んだ池の水のような青色の瞳である。 もう一方の少女は華奢そうな体型に合わないオーバーサイズ気味のパーカーを着た、これまた何を考えているのか分からない少女だった。 首下までの長さのショートヘア、普段履きするにはやや歩き辛そうな厚底のブーツを履いている。 そして、先程の長身痩躯の男とは違って新鮮な林檎のようにキラキラと輝いた深緋色の瞳を持っていた。 「そ、そうですか。こんな可愛らしい女の子をお店に連れ込んでまず言うことがそれですか。」 「世間一般からしてみればどっちも同じ、人殺しとされ「悪」という名を冠し忌み嫌われるんだ。」 長身痩躯の男は、少女・赤井川歩幸の発言を無視し…否、聞こえなかったかのように話を続ける。 「殺人鬼は殺人自体を目的として殺す。殺し屋は対価、詰まる所金が目的で殺している。」 「僕としては殺し屋の方が悪趣味だと思うんだ。金を稼ぎたいなら働いて稼げば良い。」 男はペラペラと言葉を続けるが歩幸からしたら人殺しの話など自分とは全くと言っていいほど関係ないことなのだ。 「あのぅ───」 「そうだ、ここはカレー屋だったね。すまないすまない。さぁ、どれでも好きなのを頼みなさい。」 男は唐突に長い腕で歩幸にメニュー表を差し出した。 言葉を発する間もない。いや、発せたとしてもこの男に聞いてもらえるかも分からない。 ここまで来たら踵を返すのも難しい。現状は結果の確定したつまらないミスマッチと似たものだった。 その喩えが正しいのかすら分からないが、ここはカレー屋。カレー屋に来たのだから、男の言う通り、ひとまずカレーを選ぶことにした。 チキンカレー、マトンカレー、ビーフカレーに……他にも幾つかあったが、歩幸にとっては聞いたこともない代物だったのでここはメジャーなチキンカレーにすることにした。 チキンカレーの甘口で大盛り。 そう言った後の数分間、長身痩躯の男との一方通行の会話は停止というものを知らなかった。 完全な一方通行ではなかったが、歩幸からは適当な相槌程度だった。 「………とまあそういうわけで、僕と共に来ないかい?」 「はい?」 何故人殺しの話がそこまで飛躍したのか。何故この男は歩幸を連れて行こうとするのか。 とてもじゃないが歩幸には分からなかった。 「今の「はい」、肯定として受け取るよ。今から来るカレーを食べた後、僕についてきてくれたまえ。」 世間一般の人からしたら現状は最悪かもしれない。しかし歩幸からしたら現状は一途の望みだった。 歩幸の家族は酷い存在だった。 我が子を殴り、我が子を蹴り、我が子を踏み捻り、我が子に飯を与えず、我が子を蔑み、我が子を嫌い、我が子を憎しみ、我が子を虚仮にし、我が子を無視し、我が子を迫害し、我が子を嬲り、我が子を斬りつけ、我が子を貶し、我が子を壊し、我が子を罵り、我が子を荒らし、我が子を信用せず、我が子を埃として扱い、我が子を奴隷として扱い、我が子を木偶として扱い、我が子を玩具として扱ってきた。 そんな家族を恐れて家を出た。家にはもう二度と帰らないだろう。 そこで合ったこの男。飢餓で死にそうな最中与えられた飯のようだった。闇夜で見つけた小さな灯火のようだった。 嬉しかった。 だからついて行くことにした。「家族」になろうと思った。 これから赤井川歩幸はこの男について行く。 この男が殺人鬼だったとも知らずに、 これから家族に等しい人達に会うとも知らずに。 これから以前と比べ物にならない不幸に遭うとも知らずに。 今日も明日も赤井川歩幸は不幸に歩み行く。