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【終戦乙女】エトナ/怒れる拳のワルキューレ

※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 「今一番会いたくない相手と出会ってしまうとは、運命を司る神がいるなら“なんと悪戯好き”なのでしょうか」  荒れ果てた街並みが広がる区画へ踏み入ったあなたとロメル。直前まで激闘が繰り広られていた形跡が熱を帯びて残っており、破壊された物の残骸は未だに烈火で焼けている。  立ち込める黒煙の先に立つ──白い軍服を身に纏い、翼を背中から生やす一人の女へロメルはその言葉を自ずと口にしたのだ。 「お前のその口調、気に食わねぇって何度も言ったよな? 私をこれ以上怒らせるなよ──加減が出来ねぇだろうが」  燃え盛る炎と似た激しい声を出し、紺色の髪を靡かせる女──エトナが振り向いた。彼女の両手にはごつごつとした岩がまるで篭手の様に纏わりついている。 “彼女も終戦乙女だよね?”特徴的な白い軍服と翼を見て、あなたはロメルに尋ねた。 「はい。名前をエトナ、チームⅤ所属の終戦乙女です。【怒れる拳のワルキューレ】【爆拳粉砕(ONE‐PUNCH)】【熱かい難き粉砕機】【地揺らす激動】等の異名で“主に同胞”から恐れられていました」 “え、同胞から?”あなたは鸚鵡返しする。  敵──つまりは終戦乙女の殲滅対象である人間ではなく同胞に異名を付けられるまで恐れらるのは少し疑問に感じたからだ。 「はい、一度火が点くと手が付けられない方でして。私は彼女と多くの魔物討伐の任務を共にしましたが……何度、エトナの暴走を制したか覚えていません」 「──お前のその口調が、その言葉遣いが、私に火を点けたの忘れてんのか?」    エトナの鋭い双眸が軍帽の下で光る。彼女の体内で燃え盛る怒りの炎が更に勢いを増した様で、その怒りが周囲の空気を加熱させたと勘違いする程に今のあなたは嫌な汗をかいていた。 「あのように私とエトナさんの相性は悪いようです。彼女を刺激しないよう、丁寧な言葉遣いを徹底している筈なのに……何故、怒っているのでしょうか」  ロメルは小首を傾げる。  多分だが、彼女なりにエトナを怒らせない努力をしているのは間違いない。しかし、ロメルの丁寧な言葉遣いは──相手によっては慇懃無礼な風にも聞こえる。  そこにロメルの感情をあまり表に出せない事が加わってか、ある種の相手を小馬鹿にするような声音と捉えられているのだろう。  どちらが悪いかを判断するのは難しい。  生まれ持った性格、性質──その理論を終戦乙女に当てはめて良いか悪いかは別として──による折衝というのは中々どうして調整するのは難しい。  それはもう、双方が己と相手を理解した上で折り合いをつけていくしか無いのだが、ことロメルとエトナにおいてはそうした解決を目指すのも難しそうだ。 「あなた様」ロメルが声をかける。「手早く終わらたい所ですが、私はエトナの命を奪いたくはありません。普段“は”彼女も話の通じる方なので」 “……ロメル、その言い方は不味いかも”  あなたの発言にロメルはきょとんとしている。悪いことを言ってしまったのか、と焦る彼女だが、もう遅い。 「普段“は”? それ以外の時は話の通じねぇ、暴走機関車ってことかロメルッ!!」  まるで火山が噴火したかのようなエトナの怒声。間違いなく、彼女の中で沸々とした怒りが爆発した。 「ぼ、暴走機関車? 確かに怒りのあまり頭から湯気を出している様だと意地の悪い終戦乙女の方が揶揄していましたが……」 “ろ、ロメル! ストップストップ!”  最早地雷原でタップダンスを踊っている気分だ。しかも悪気が無いからこそ、より質が悪い。ロメルはエトナと任務を共にしたと言っていたが、よく大喧嘩に発展しなかったものだ。 「もう我慢ならねぇ。お前を捕まえる以上命までは奪わねぇが……顔面にキツイ一発受けるぐらいは覚悟しろよ」  青筋を立てるエトナはその刹那──まるでロケット花火かのような勢いで飛び掛かる。寸前に両手の篭手を打ち合わせて地面に叩きつけていた所から、あの岩篭手には爆発性の何かが付与されていると見ていい。 「やはりこうなりますか……メルセさんのように上手くいかないものです」  ロメルは“やけに慣れた風に”砂で造り出した壁でエトナを迎撃。  彼女の発言、その手慣れた仕草。あなたが推測するに、恐らく二人は任務の際もこうした大喧嘩を何回も経て来たのだ。 「あなた様、申し訳ありませんが少しお手伝いをお願いしても良いでしょうか。エトナさんとは片手で数えられる程戦ってきましたが、易易と勝てる相手ではありません」 “片手で数えられる……31回とか?”あなたは珍しく軽口を叩いてしまう。  場の緊張感を緩和する目的というより、差し迫る危機感で全身を硬直させまいとする本能的なものだ。 「いえ8回です。勝敗は4勝4敗、つまりは五分五分です」  至極冷静に告げるロメルにエトナの拳が迫る。 「──そして、今、お前の敗北数が一つ増えるわけだッ」  凄まじい爆音と共に砂壁が“文字通り”爆砕し、黄土色の細氷(ダイヤモンドダスト)めいた光景の先でエトナが次なる拳を振り上げんとしている。  一見すると威力こそ絶大だが、一撃一撃の間隔が遅いエトナの攻撃方法。ともなれば、自由自在に砂を操る事で攻守に長けるロメルとの相性は悪いか。  否である。  ロメルは槍の形状をとらせた砂を四方八方から向けるも、エトナはその全てを目にも留まらぬ速度のジャブで確実に迎撃していく。先程見せた爆発の勢いで急襲してきた時とは違い、小刻みなステップを絡めた攻撃にロメルは手一杯。    彼女、強い。  あなたはそう結論づける。  今までも多くの終戦乙女と戦ってきたが、エトナは彼女達とは比べ物にならない実力の持ち主。九罪の箱庭へ向かう前に戦闘をしたセルリもそうだが、終戦乙女はという巨大な存在の底知れ無さにあなたは静かに恐れた。  全部で五つのチームに分けられている彼女達、果たしてどれだけの終戦乙女がまだいるのか、どれほどの終戦乙女が友好的で、どれくらいの終戦乙女が敵対心をむき出しにしているのか。  終わりの見えない争いに辟易しつつも、あなたは思考をエトナとの戦闘へ戻す。彼女の狙いはあくまでもロメルのようだが、横槍を入れれば当然こちらも標的にされることは請け合い。  あなたは気を引き締めると、ロメルとの戦闘に集中するエトナの虚を突いた攻撃を開始。 「邪魔する気か? なら、顔面に拳の跡が残る覚悟ぐらいしてんだろうなァ?」  攻撃を軽々と弾いたエトナは(ギロリと)鋭い瞳を向けて拳を放つ。ロメルが咄嗟に砂でカバーに入ろうとするが、あなたはその助けを首を振って拒みながら大きく飛び退く。  今までもそうだったが、ロメルはこちらの身を最優先して守ってくれる。それ自体はとても助かるのだが、攻め手を欠いてしまう。  二対一、とどのつまり数の優位性がある以上、自分とロメルが攻撃の手を緩めない事こそ、エトナという凄まじい力の終戦乙女に打ち勝つ道筋があるのだ。  そして、その事をロメルも素早く理解する。そうとなれば、もうあなたとロメルは一糸乱れぬ緻密な連携ぎ織り成す怒涛の攻撃をエトナへ押し付けていた。  しかし流石は終戦乙女のエトナ。  元より多対一の戦闘を熟しているだけあって、隙のない連携を見せるこちらへ強引な拳の一撃で以て差し込み、崩しにかかる。  何よりも、息を荒げる素振りもないエトナの底なしの持久力にこちらが音を上げそうだ。 「あなた様」ロメルが呼びかけ、視線の動きで作戦を伝えてくる。  まるで心が通じ合っているかのように、彼女の作戦を理解したあなたは力強い頷きで返すと、瞬時にエトナへと接近。 「──! 何か企んでやがるな? いい度胸だ、私の前で下手な小細工は通用しないことを叩き込んでやるッ」  エトナは気づいた風だが、関係ない。  あなたの攻撃に合わせてロメルが砂でサポートし、逆にあなたが防御や回避に徹すると今度は砂がエトナの攻め手を潰していく。  徐々に押し込まれるエトナだが。「成程ォ、互いの強みを生かしたってわけか? だがよ、そんなちゃちな連携なんざ、簡単にぶっ潰してやるよッ」  勢いよく振り上げただけで彼女の拳は、背後の石壁を砕く威力。爆熱し赤化する拳の一撃はまるで隕石。  紙一重でかわしたあなたの頬に灼熱を伴う風が触れる。直撃すれば蒸発しかねない拳はそのまま地面を殴りつけ、エトナの足元に迫っていた砂を吹き飛ばす。 「足元なんざァ、一番警戒してるに決まってんだろうがァ! こんな小細工を通すとでも思ったか」 「ええ、小細工は通用しないでしょう。ですが“細工”なら通る」  ロメルの言葉を理解出来ずに固まるエトナ。そんな彼女の背後にある、崩れかけた石の塔を始めとした複数の建物がぐらぐらと揺れ出す。  それらの継ぎ目からは微量な砂が漏れている所からも分かるように、ロメルはそこに砂を仕込んでいた。 「今回は私の勝ちですね。それではお別れです、エトナさん。貴女と共に熟した任務の数々、とても楽しかったです」 「ま、待ちやが────」エトナは動こうとするも、いつの間にか足元に溜まっていた砂が阻む。  一方的なお別れの言葉を告げたロメルは広げていた手を(ギュウと)握り、その動作に呼応した砂がエトナの背後にある建物群を一斉に崩す。  強引に破壊した木材の音が悲鳴のように響き、耳を塞ぎたくなる程の轟音と共に無数の石が地面へ降り注ぐ。  やや逃げ遅れたあなたはロメルの砂で運ばれつつ、瓦礫の雨の中に消えていくエトナを見る。敗北を認めたのか、消える寸前の彼女は両の拳を下ろして怒りと悔しさをまぜこぜにした表情を浮かべていた。  だが、それもたった数秒の出来事。一際大きな建物の一部が爆音を立てて全てを押し潰すと、そこには砂煙を漂わせる無残な瓦礫の山がただ広がっていた。   「あなた様、ありがとうございます。それとお怪我はありませんか」  こちらを心配するロメルにあなたは自分の無事を伝えつつ、瓦礫の山に沈んだエトナの身を案ずる。  ロメルの口ぶりからして命を奪ってはいないだろうが、それでも心配である。 「ご安心ください。“エトナちゃんを抑える時は全力でやれ、それこそ再起不能にする気持ちで”とメルセさんに教わっています。それにこの程度では足止め位にしかなりません」  ロメルはそう言うと急いでこの場を離れるように促してくる。不安は拭えないが、確かにこれ以上エトナとの戦闘で疲労するわけにもいかない。  あなたは頷くとロメル共に急いで区画を離れることにした。 ──────────────────────  あなたとロメルが立ち去ってから数分後、静けさの戻った区画に奇天烈な事を言う声が響く。 「……甘い生活……ああ結婚──マルチェロ・マストロヤンニ!?」  とまあ、よく分からぬ寝言を吐きながらエトナが瓦礫の山から飛び起きる。凄まじい量の瓦礫を受けながらもエトナは頬や白い軍服を少し汚した程度で、殆ど無傷。  既に怒りは抜けきっているのだが、生来の睨み顔のせいでエトナは依然として憤怒している様にも見える。尤もロメルに負けた事を思い出して僅かに苛つきはしたが、既に姿のない相手にやり場のない怒りで心を満たすこともない。 「あらエトナちゃん、その様子だと黒星つけられちゃったのかしら?」  現れたのはメルセ、エトナと同じチームⅤ所属の終戦乙女であり、エトナのブレーキ役もとい問題児達の面倒を見るお姉さん的ポジションを獲得した彼女。  現れたメルセを見てエトナは先程とは打って変わって穏やか──勿論、傍から見れば殆ど違いは無いのだが──に応える。 「負けた」 「うん、そうでしょうね」  そんな時、メルセとエトナに基地からの指令が入る。速やかに作戦を中止し帰投せよ、とコットの嫌味な声が響いた後に彼女はふと尋ねる。 『ちなみにですがぁ、ロメルと出会いましたかぁ?』 「──いえ」メルセは微笑みながらエトナを見た後につづける。「収穫はなし、骨折り損よ」  無論、嘘である。  エトナはロメルと確実に接敵し、戦闘へ突入した末に敗北している。ただ、ここで正直なことを申せば面倒なことになるのは明白。  何故ならメルセとエトナも“ロメル”逃がすように指示を受けているからだ。尤もエトナは、ぶん殴って気絶させて運ぶ、つもりだったらしいが。 「さてと、九罪の箱庭に入り込んだ終戦乙女は即刻撤退ね──待ち伏せをかますつもりでしょうけど……しっかりと手助けしてあげないとね」 「チームⅡ、Ⅲのおっかねえ連中が目を光らせている中で“隊長”も危ねえ橋を平気で渡らせやがって……」エトナは頬杖をつきながら不満を漏らす。 「仕方ないわよ──いつだって敵は多数で強大だもんね」