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【悪とされ生き永らえる者】 苦害 海(くがい うみ)

薄闇に沈む魔王城の玉座には、今日も小さな影が座っていた。 苦害 海。 黒を基調としたゴシック調のドレスに身を包み、魔の剣を抱くその姿は、威厳とは程遠い。背筋は伸びきらず、視線はいつも泳ぎ、誰かが近づくだけで肩を震わせる。 「ひ、ひどいことは……いやで、ございます……」 それが、史上最弱と呼ばれる魔王の第一声だった。 ――彼女は、生まれたときから魔王だった。 種族は不明。 それがすべての始まりだった。 魔族の世界では血が絶対だ。魔人、悪魔、鬼、竜――いずれにも属さぬ存在など、本来あってはならない。 だが、彼女は生まれ落ちた瞬間、玉座に縛られた。 先代魔王が勇者に討たれたその夜、城を満たしていた怨念と怨霊が、偶然そこにいた幼子へと流れ込んだのだ。 泣き声すらあげられぬ赤子に、歴代魔王の呪いと怒りが宿った。 それだけで十分だった。 魔王誕生、と。 だが血統も、種も、誇るべき魔の系譜もない。 「何だこの小娘は」 「魔族の恥さらしめ」 「史上最弱の魔王だな」 噂は噂を呼び、やがて事実となる。 弱い、という評価は、検証されたわけではなかった。 ただ“得体が知れない”という理由だけで、彼女は最弱にされた。 魔族たちはそれをいいことに、暴言を浴びせ、時に石を投げ、時に刃を向けた。 魔王に向ける態度ではない。 それでも彼女は、敬語を崩さなかった。 「妾が……至らぬばかりに、申し訳ございませぬ……」 謝る必要など、どこにもないというのに。 なぜこんな子が生まれたのか。 なぜ魔族の中で異質なのか。 周囲の圧力はやがて狂気へと変わり、 「この子は呪いだ」と叫ばれ、 両親は処刑された。 幼い海は、その光景を見ていた。 泣かなかった。 泣けば、また誰かが怒るから。 それから彼女は、悪として生きることを覚えた。 悪とされるのなら、悪であればいい。 けれど本当は――誰よりも、人と話したかった。 勇者パーティが城を攻めるたび、彼女は剣を抜かない。 「どうか……お話を、させてはいただけませぬか……?」 多くの勇者は、その言葉を偽善と断じ、彼女を斬った。 魔王は悪だ。人類の敵だ。討つべき存在だ。 ───だが、稀に... 彼女の怯えた瞳の奥に、底知れぬ孤独と絶望を見抜く者がいた。 「君は……本当に、戦う気がないのか?」 その問いに、彼女は小さく頷く。 「妾は……友となりとうございます……」 ほんのわずかに、寄り添おうとする勇者もいた。 しかし―― 魔族が許さなかった。 「魔王が勇者と馴れ合うなど、あってはならぬ!」 魔族の手により勇者は討たれた。 そして海はまた孤独となった、魔族はまた彼女を罵った。 それが当たり前であるかのように 彼女は悪であり続けねばならない。 孤立し、嘲笑され、恐れられ、嫌われる。 それが魔王だから。 けれど、誰も知らない。 もし彼女が本気で怒りを解き放てば―― 魔の剣に宿る炎は、城どころか大地を呑み、 世界すら一瞬で地獄の炎に沈める。 歴代魔王の怨念は、彼女の中で眠っているだけなのだ。 だが海は、決してそれを使わない。 なぜなら―― もし世界を焼けば、 もう二度と、誰とも仲良くなれなくなるから。 悪と決めつけられ、 最弱と嘲笑され、 恥と呼ばれ、 それでもなお、生き永らえる。 魔王であるという理不尽を抱えながら。 玉座の上で、今日も彼女は小さく震えている。 「妾は……悪で、ございますか……?」 その問いに答える者は、まだいない。 【悪とされ生き永らえる者】