「…え?これが失敗作?」 ローブを纏ったいかにも怪しい見た目の男はこれまたローブを纏ったいかにも怪しい女に問いかける。 「ああ、失敗作だ」 ローブを纏った二人の男女は『呪術師』と呼ばれていた。 男の手には精巧に作られた少女の人形が握られている。 「見た目や頑丈さは申し分なし、魔力もしっかり込められてる…何の問題が?」 「それはだな…」 「この人形に自我が発生してることなんだ」 「…?最高じゃないか」 二人は『死神人形』という物を作ろうとしていた、 『死神人形』 それは呪術師達が自身の力の依代として崇める『死神』を作る際に必要な物、この人形を生きた人間に取り憑かせることで死神が誕生する。 丁寧に細部までこだわって作り上げ多量の魔力を込めた今回の死神人形は歴代最高の一品だった。 その証拠に現在の人形の時点で死神としての自我が宿っているのだが… 「そう思うなら人形を耳をすませてみろ」 「…?…あぁ」 男は意識を人形に集中する。 すると、男の脳内に死神の囁きが聞こえてきた… 《くあああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ! めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ! は、働きたくねぇ!動きたくねぇ! 『死神』なんてなりたくねぇぇぇぇぇぇぇ!!! 絶対面倒くさい! 俺ちゃんは一生人形のままでいいよもう!》 「…は?何これ?」 男は呆然とする 「今回の死神はな… …『超絶めんどくさがり』なんだ」 「えぇ…?」 女は男から人形を受け取る。 「…というわけでこれは失敗作だ、聞いての通り死神にはなりたがらないし仮に死神にしても役目を果たさないだろう」 「そうか…わかったよ…で、それはどうするんだ?潰してまた作り直すか?」 女は首を振る 「いや、フリーマーケットで売ろうかと…」 「お前馬鹿か?馬鹿なんだな?売るのか?フリマで?死神人形を?」 「だって今回運悪く中身がアレなだけで他は自信作だもん!!!結構愛着もあるから潰すのは嫌ー!!!」 「なにが『もん』だ駄々っ子か!!!…まぁでも確かに自我がある死神人形を潰すのはなんか呪いだかバチだかがありそうでいやだな…」 「よしじゃあフリマ行き決定!!!」 「それにしたってフリマ…フリマって…」 《…そうして俺ちゃんは死神にならずに済んだんだ!ラッキー!人形として一生ボーッとしてやるぜ!》 ----星空町フリーマーケット当日 いくつかの使い古した呪術具(インテリアのつもりらしい)と一緒に死神人形は並べられた。 《俺ちゃんの値段は…8000円?結構強気だな?正直1000円でも100円でもいいから早く人形として誰か買ってくれよ〜、今更やっぱ死神になれとか無しだぜ?》 行き交う人々を眺めて暇を潰しながら死神人形は今か今かと新しい持ち主を待ち続ける。 …そして 「わぁ!このお人形さん可愛い〜!」 ついに死神人形に興味を興味を持つものが現れた。 《…おぉ!きたか!いいねぇ!》 年は6歳ぐらいだろうか、金髪の髪と緑色の瞳が美しい少女だ。キラキラとした目で死神人形を持ち眺めている。 しかし 「あぅ…でもこのお人形さん高い…」 少女は値札を見て諦めそうになる。 《えっ!?ちょ、ちょっとまて!?おい!お前!俺ちゃんを値切れ!早く!1000円でも100円でもいいから!!!》 死神人形は売り子の呪術師に強烈な念を飛ばす、死神人形が一番死神らしいオーラを出したときだった。 「…ひっ!?わ、わかりましたぁ!!えっとお嬢ちゃん?お嬢ちゃんが欲しければいくらか値引きしちゃうよ?」 「えっと…私…1000円しか持ってなくて…」 「そっ…そっかじゃあ1000円で…」 《100円でいいだろうが!!!!!!》 「100円で販売しまぁす!!!」 「…!いいんですか…?高い物なんじゃ…」 「い、いいんですぅ!!」 こうして死神人形は少女----『アンズ』の持ち物となった アンズは死神人形に『アリス』と名付けて可愛がった。おままごとをしたり読み聞かせをしたり…遊ぶときも寝るときもずっと一緒でアリスも人形として扱われる現状に満足していた。 《『アリス』ねぇ…多分あの本の主人公から取ったんだろうなぁ…似合わねー》 そう思いながらも自分を買って名前を付けてくれたアンズにアリスは感謝していた。 《…だが》 アリスは気にしていることがあった。 《アンズちゃんはいい子だし、アンズちゃんのママちゃんもいい奴なんだが…パパちゃんがちーっと怪しいな闇を感じるぜ》 アンズの父親は有名な弁護士だった、凄まじい腕前で何度か有罪判決を覆して無罪を勝ち取ったこともある程であるが… 《…凄腕弁護士様の家の割にはこの家貧乏だよなぁ》 アンズが自分を買ってくれたときを思い出す。アンズは100円を10円玉4枚と5円玉12枚で払っていた。財布…代わりに使っている小物入れにはボロボロで中身は10円玉と5円玉と1円玉しかなかった。 アンズの部屋にはアリス以外にこれといった玩具はなくベッドと少しの本があるぐらいだった。 《単純に節制してるとかならまぁ…という感じだが、はてさて》 アリスは考えるのをやめアンズの寝顔を眺めることにした。 -------- 状況が変わったのはあれから10年後…アンズが16歳になったときだった。 アンズは大きくなりアリスと遊ぶことはなくなったが、それでも時々なでたり置き場所を変えたりしてアリスを大事にしていた。 そんなアンズの家ではかつてない修羅場の真っ最中だった。 《…あーあ、やっぱパパちゃんやっちゃってたかぁ》 アンズの父親は浮気をしていた。キャバクラで出会った見た目だけは良い悪女、しかも自分の稼ぎをかなり浮気相手につぎ込んでいたらしい。離婚は確定、悪女には逃げられ、弁護士会からは追放とかなり悲惨だった。 しかしアンズの父親は最後の足掻きである物だけは自分の物として確保していた。 …アンズ本人である。 母親と親権争いになったとき、隠していた財産を使いあらゆるところに賄賂を渡すことでアンズが母親の手に渡らないようにしていた。 アリスは父親として愛するアンズだけはなんとしてでも自分で育てたかったのかとも考えたが… それは違った。 弁護士をやめさせられてから未だに働かない父親は言う。 「なぁアンズお前にはもっと金を稼いできて貰いたいんだ」 アンズは父親を睨みながら言い返す。 「なに?私は高校も行かずにいくつもバイトして、お金は全部ちっとも働かない父さんに全部渡してるよね?これ以上バイトは増やせないよ…!」 父親はにやりと気味の悪い笑顔を浮かべる。 「…いやそれがさ?離婚するときにお前を買いたいって奴が現れてさ、違法風俗?って奴にお前が必要なんだと…なぁ!お前3億だってさ!3億!!すげぇよなぁ!?目の前であの金を見せてくれたんだぜ!?確かにお前結構見た目いいからなぁ…」 アンズは顔を青くする。 「え…ふ、風俗なんて嫌よ…!わ、わかった…なんとかバイト増やすから風俗だけはやめて…!」 だが父親は無情に告げる。 「いやバイトはしなくていい3億に比べたらお前の稼ぎなんて端金だ、それよりも…」 アリスは父親の様子を見て驚く。 《おいおい…こいつまさか…自分の娘だろ…?》 父親は興奮した顔でアンズに詰め寄る。 「売り払う前に堪能させてくれよ…3億の体…!一回くらいいいだろ…!」 「い…嫌ぁっ!!」 アンズは父親を振り払い逃げようとするが… 「っこの…!父さんを困らせるな!大人しくしろ!!!」 父親は近くにあった灰皿を持ち振りかぶる。 《…あ!馬鹿…!》 アリスがそう思った瞬間 ガンッ…! 灰皿はアンズの後頭部に力強く振り下ろされ鈍い音が鳴った。 アンズは崩れ落ち頭から血がドクドクと流れ始めた。 「へ、へへ…困らせやがって…さて、楽しませてもらうかな…!」 《あ…あの馬鹿…やりやがった…!》 アリスはアンズに注目する、アンズの寿命を見るために十年ぶりに死神の力を使う。 アンズの命の灯火がどんどん小さくなっていた。 このままだとアンズは死んでしまうだろう… 《あぁ、アンズちゃんはここまでか》 アリスは今までの事を思い出す、自分を買ってくれた日、自分にアリスと名前を付けてくれた日、一緒に寝た日、一緒に遊んだ日、撫でてくれた日 …アリスに複雑な感情が浮かんできた。 《なんでアンズちゃんは死ぬんだ…》 疑問、悲しみ、怒り…様々な感情が浮かぶが統一すると一つの考えがでてくる。 《アンズちゃんにもうこれ以上酷いことをしないでくれ…!》 アンズはもう死んだも同然だがその身体が今最低な父親により穢されようとしている。 それを救うには… 【死神人形を生きた人間に取り憑かせることで死神が誕生する】 《ち、ちくしょう!めんどくさい!めんどくさい!死神なんてならず人形として過ごしてたい! …でも!》 --------アンズちゃんが穢されるのはもっと嫌だ! ---- 父親は息を荒くしながらアンズの服に手をかけようとする。 …アンズが死に向かっていることも知らずに。 だが父親が服に手を触れたそのとき、 突然アンズが立ち上がった。 「…アンズ!?お前、父さんが大人しくしろと言っ…て…?」 父親は言葉に詰まる。 なぜなら立ち上がったアンズの顔つきが明らかに普段のものと違うからだ。 「…おっ、ギリギリセーフ!なんとか間に合った 〜!もうちょっとでおっ死んじまってたね」 アンズ?はケタケタと陽気に笑い出す。 「な…なんだ…?お前は誰だ…!?」 父親は訳もわからず聞き返す。 アンズ?はイタズラっぽく笑いながら答えた。 「俺ちゃんか?俺ちゃんはなぁ…アンズちゃんの愛しい愛しいお友達… 死神『アリス』だぁ!」 答えると同時にアンズ…いや『アリス』は手に不気味な大鎌を出現させる。 「アンズちゃんのパパちゃん♫…とりあえずお前はムカつくから死ねぇぇぇぇぇ!!!」 父親の返答も聞かずにアリスは無情に大鎌を振り回し父親の魂を刈り取った。 「あーあ…死神になっちゃったなぁ…」 父親の死体が転がる部屋のなかアリスは一人呟く。 とりあえずもうここにいる理由はない、もう自由にさせて貰おう。 アリスは家を出ようとする。 …雨が降っていた。 「げっ、せっかくの門出なのにしけてんなぁ…確かアンズちゃんのカバンの中に傘があったはず…あ、あれ?」 折りたたみ傘がうまく開かない。 折りたたみ傘に苦戦していると近くに自分と同じぐらいの少女が歩いているのに気づきアリスは声をかける。 「おーい!そこの嬢ちゃん!この傘の使い方知ってるか? …おお!すげぇ!ありがとよ! なぁ、名前はなんて言うんだ?…『水口アリス』? へへ…実は俺ちゃんも同じ名前なんだ… 俺ちゃんもアリス! 『アリス・アプリコット(杏)』!よろしくなアリスちゃん!」