"打倒"の権能___、砕け散る。 私の一撃…、私が放った渾身の一撃は、奴には到底届かなかった。敵の目前に迫った寸前の出来事、ほんの僅かに奴の拳の方が早かった。そんな馬鹿げた理由、こんな呆気ない結末に私の肉体は後方へと大きく吹き飛ばされたのだ。 顔面に被弾した一撃、私はそれを片頬で受け止めた。最初に感じたのは痛みより先に言い表す事のできない違和感であった、視界が明らかに歪んでいるのだ。拳の着弾と同時に私の頭部は、首を主軸に角度90°を超えて私自らの背後、自分自身の背中が見下ろせるのではないかと錯覚する程に真後ろに向けて急激な回転を遂げていた。 ___ゴキャ 首の骨が折れたと確信できるだけの破壊音がする、私はそれを聞いた瞬間に一種の悟りに近似した境地にまで心が至っていた。私の視界はゆっくり、それはゆっくりとした速度で私の後ろ側へと向きを背けていく。意識だけは何よりも速く、瞬時に私の身の回りで起きた現状を知覚し、そして理解していた。 頬に伝わる衝撃、敵の拳から発散した衝撃で私の開いた口が全く塞がらず、歯の一本一本が音を立てて砕け散っていく破滅の不協和音を奏でていた。まず最初に大臼歯が破損、次に小臼歯に犬歯、最後には前歯と奥歯が根本から根こそぎ叩き割れていく。かと思うと飛び散った歯の欠片がまるで発砲された散弾銃のように私の口内に四方八方へと飛び交っていき、その経路上にある私の頬肉を容赦なく切り付けていった。そして、最後には肉壁に突き刺さって肉に食い込むもの、又あるものは頬肉を突き破って外界へと血を纏って一直線に飛び出していく歯の破片。そんな千差万別な破片が、まるで跳ねた弾丸のように私の口内をこれでもかと不規則な軌道を描いて自傷活動を繰り返していく。そして、私に残された打倒者としての矜持、そんなもの……ほんの少し前に既に死んでいた。 加えて、衝撃に圧された頬骨が軋みを挙げて呆気なく崩壊していく。まるで、触れていた空のガラス瓶が手元から簡単に滑り落ちて割れてしまった時のような、ごく自然にして当然のように砕けては頭蓋骨に響いた衝撃。私の頭頂部から顎先にかけてを一斉に吹き飛ばす。 ___ズダァアアン…ッ! 私の肉体は後方へと吹き飛ばされた、空中に投げ出された肉体。そして、その時点でようやく私は"痛み"というものを知覚した。だがしかし、幸いか……それとも不幸なのか、その伝達された情報を痛みとして捉えるだけの処理機能は、もはや私の潰れた脳みそに備わってなどいなかった。 瓦礫の山に突っ込んでいく肉体、その勢いが止まる事なく"肉塊"へと変貌する間に何度も瓦礫の上を転がり落ち、幾度も破片で切り裂かれ、肉体から肉塊へ、肉塊から肉片へと徐々に形を変えて背後へと跳ね回っていく。 ___ドッシャン…! 何かの建造物、そのコンクリ造りの壁を破片に切り刻まれた肉団子がぶつかり、そして破壊する。 日差しのない屋内、湿気でカビの多い暗がりの床に"肉だるま"へと変わり果てた残骸が、体内に残った血液を垂れ流して無惨に転がっている。 ___だがしかし、幸いか……それとも不幸なのか彼女はそんな状態でも至極かろうじて生きていた。 歯を失い、頬骨が崩落し、頬の肉が削ぎ落とされた物体に、僅かに残されたそれを仮に"口"と形容するならば、彼女の口先がモゴモゴと不規則に蠢くようにして開いていた。 私は……、 私は………、 私は…………、 嫌だ…!、 痛いよ…!? 皆んな、助けてよ___!?? 半狂乱の思考、しかし彼女の感じている痛みは脳が錯覚した幻肢痛の一種に過ぎない。だって、彼女の脳は既に死んでいるのだから……、その今ある思考すら彼女のものであるのかは定かではない。 舞い上がった土煙で満たされた室内、そんな場所に這い寄る影が複数あった。 床にぶち撒かれた瓦礫、その上を不潔な無数の触手で這って現れた存在。それはムカデだ、無数の"クソムシ"が群れとなって打倒者の哀れな成れ果てに迫り来る。 耳をつんざく嫌な無数の鳴き声が室内を満たす、その無数の触覚で一斉に残骸を突き刺しては自身の口元へと獲物から剥ぎ取った肉を運んで食べていく。 最初は血の滴る皮膚を、次に傷口から覗かせた肉を食う、今の打倒者に抗うすべなど有りはしない。 ___やめて…、やめてよ、嫌だ!、虫になんて喰われたくないッ!? 床を染める赤、その血の臭いにクソムシは歓喜の声を高らかに上げる。 次は、この"肉体"を乗っ取ろう。 今の宿主が死んだ事でクソムシを取り巻く周囲の環境は一変した、この忌々しい"打倒者"の介入によって先程までの宿主との繋がりが絶たれたのである。 だからだ、だからこそ今は喰らおうではないか。"権能"を無くしたコイツに恐れる必要などない、クソムシは歯を立てて眼下の肉に齧り付く。 ___だがしかし、これは紛れもなく不運な出来事だ。 肉体を喰らうクソムシの群れ、それを見下ろす存在がいたのだ。 加担者の一撃、その拳を固く握り締めて床を一閃、周囲を殴り飛ばしたのである。クソムシの群れが瞬く間に悲鳴を挙げて全て消滅していく。そして、この場に残されたのは加担者と残飯、食べ残された打倒者の意識が加担者を知覚する。 加担者は、拳を高く、それは天井に届くまでに握り締めた拳。打倒者はそれを知覚し、そして不服ながらも一抹の安堵の感情を抱いていた。 ___よかった……、最後に私を殺す存在が君であって、本当に良かった…。 加担者の拳、今まさに振り下ろされる。 ……ふふっ、さようなら…フウタロー……。 ___ズダァアアン……ッツ!!! 空間が歪むほどの一撃、この世界にて炸裂する。 https://ai-battler.com/character/d8e8e819-add7-410b-b0f9-2bd9258ae677