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【狂い堕ちて行く者】妖尾 渦 (ようび うず)

妖尾家は、古くから「碧を宿す刀」を継ぐ家系だった。 選ばれた英雄のための武器ではない。 血に刻まれた者だけが、否応なく背負わされる呪いとしての刀。 碧い炎は、振るえば燃え広がるものではない。 人の心に触れ、歪み・恐れ・怒りを映し出す火だった。 渦は幼い頃から、周囲と噛み合わない子だった。 無口で、笑わず、視線だけが鋭い。 それでも刀を前にすると、不思議なほど落ち着いた。 ——まるで、刀の方が彼女を知っているかのように。 十八の夜。 当主だった母は、渦に刀を渡しながらこう言った。 「狂わなければ、この刀は使えない」 「でも、狂いすぎれば、刀に喰われる」 意味は、その時は分からなかった。 時代は不安定だった。 争いの気配が町に満ち、人の心は荒れ、 正しさと暴力の境目は曖昧になっていた。 妖尾家は「影の役目」を負っていた。 表に出ない争いを終わらせるため、 誰にも知られず、誰にも感謝されない仕事。 渦は刀を振るうたび、気づいてしまった。 碧い妖炎は、敵だけを焼かない。 自分の中の恐怖、怒り、疑念—— それらを燃料にして、より強く、より鋭く燃え上がる。 最初は制御できていると思っていた。 けれど、ある夜を境に、炎が囁き始める。 「まだ足りない」 「もっと深く堕ちろ」 「お前は、もう戻れない」 渦は次第に言葉を失った。 喋れば喋るほど、心が削れる気がしたからだ。 代わりに、口を開けば刺のある言葉だけが残った。 美しさも、若さも、 すべてが刀を振るうための器として整えられていく。 彼女は理解していた。 この刀は、守るためのものではない。 持ち主を狂わせ、孤独に堕とすことで完成する刃なのだと。 それでも渦は刀を捨てなかった。 家系から逃げれば、別の誰かが同じ運命を背負う。 ならば—— 自分が壊れる方が、まだマシだ。 碧い妖炎は、今も静かに揺れている。 彼女の心が砕けるのを待つように。 妖尾 渦は、まだ完全には狂っていない。 だがもう、元の場所へ戻る道も見えていない。 狂いながら、 堕ちながら、 今日も刀を握る。 それが、妖尾家に生まれた者の—— 避けられない結末だと知りながら。 【狂い堕ちて行く者】