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【残した物。記憶、想いを詠う集合体】春風と記憶の花

私の余命はもう長くはない。死んで意識が無くなる瞬間までペンを持ちこれを書き続ける ーー 私はあの日。あの化物を見た。 あれは生物学の教師の私でも見たことがなかった。 あの化物は魔物のようだっただけども話しかけても来た。いや。話しかけたのではない。歌って語りかけてきたのだ。 人型をしていたあの化物は初めは蕾で花開いてすら居なかった。私達の事に気がつくといきなりその花は完全に開いた。するとその花の雄蕊や雌蕊は人だった。人そのものだった。 植物学は取っていないから真実は定かではないがあの化物の雌蕊は一つではなかった。2つ以上あるように見えた。 恐らくあの化物は単為生殖型。植物系の魔物だ。魔人かも知れないが意思疎通は測れなかった。だから魔物だ。 あの魔物はJAPANの合唱曲。『FLOWERS WILL BLOOM 』だった。 歌詞は聞き取れなかった。日本語は私は学んでいないからだ。 あの異形が詠う瞬間、詠った瞬間、私の脳内に誰かの光景が、想い出が、願いがそして歌が流れた。 私が見た記憶のような物は悲しみの後に幸福が待っていた。一瞬だった為、そこまで衝撃は強くなかった。本当に危険なのは私の娘の方だった。 娘は頭を抱えて涙を流しもがき苦しみあの化物になった。私は咄嗟に娘の方を見た。 あの化物は枯れ朽ちていた。私は蕾が落ちる所を明確に見た。 そしてもう一つ明確に見た。 娘の小柄な身体はあの化物と同じ程大きく膨らんでいった。 私は戦った。娘を取り戻す為に。幸いまだ蕾は開いてはいない。 私は妻の声でハッとした。そうだ目の前のものは認めたくはないがもう娘ではない。 娘だったなにかなのだ。しかし、見捨てたくはない。だからといって私が死んで妻に絶望してほしくはない。 結局娘を弔うことは叶わず、私は妻を抱えて敗走した。 あの出来事から3日後。私達は未だに娘を失った悲しみを味わっていた。骨のないお墓を建ててせめてもの弔いをしていた。 そんな時、私の身体に変化が現れ始めた。 最近、右腕の調子が悪い。困ったな。 私は右利きなのに。それに教師だ。 これからは左腕でも書けるようにならなくてはな。 更に3日後。私の横腹。右側だ。右腹部に力が入らない。故に立つことが難しいのだ。 流石に医者を訪ねた私は余命宣告を受けた。残り6日だそうだ。 その事を妻に伝えると、妻は泣き崩れた。 更に3日後。右半身は完全にお陀仏した。段々と意識が薄れていく。 3日後。その日が来た。植物のような触手は腹を突き破り私はぐったりと倒れた。そして残された左手でペンを握った。 私はこの言葉を妻へ残す「ありがとう。すまない」 この手紙を読んでいる君へこの言葉を残す「化物を見たら逃げろ」 そして風に任せてこの手紙を飛ばした。 私は何を残したのだろうか 私は何か残しただろうか 私は何かを残せたのだろうか