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『ワンダーランドの案内者:ドゥドゥ』/導線の魔物

「そう驚くな“A”を継ぐ者よ。もう戦える程の力は、私には残っていない」  赤の女王はそう言って微笑むと、あなたの横を通り過ぎて白の女王へ近づく。 「……白じゃない? 呆けた事を抜かすな、忌々しい女がッ!!」  溢れ出す血液で白い服を染めながら、白の女王は叫ぶ。 「……酷い事をされたのね。本当、醜悪な事をする奴らだわ。でももう終わりよ、あなたは既に白側じゃない。あるべき姿へ戻りましょう」  赤の女王は慈しむ様な赤い瞳で白の女王を見つめる。 「一つ教えてあげるわ。白はね、他の色を塗りつぶす色じゃないのよ。白はどんな色にでも染まれる色の出発点。そこを勘違いしているあなたに白は相応しくないの、分かったかしら“白バラ”」 「知ったような事を言うなッ“紅バラァッ!!”」  激昂した白の女王が繰り出す漂白化の魔法──よりも早く、赤の女王が放った赤き最後の一撃が彼女に引導を渡す。 「終わりにしましょう白バラ」 「ああ……ッッッ────」  どさり、息絶えた白の女王は崩れ落ちる。流れ出る赤い血が彼女の白い服と王冠を真っ赤に染めていく。 「……悪いわね。でも実の姉妹なのよ、最後だけは私にやらせてほしかったの」  赤の女王こと紅バラは優しくあなたへ微笑むと、力の抜けたように座り込んで絶命した白バラの頭を撫でる。 「まもなく私も逝く。歪んだワンダーランドは崩壊して元に戻る、あなたもあるべき世界へ戻らないといけない」  紅バラはそう言うと、キッと鋭くあなたの背後を睨む。 「幕引きの時間よ、クライマックスに醜悪な悪党は不要でしょ」 「いやいや、そうも行かぬのだよ赤の女王」 「ハハハ、物語の中には全員死んじまう終わり方もあるだろ、今回がそれだ」  振り返ったあなたは、エメラルドの大魔法使いと灰色の男がいる事に気付く。どうやら彼らはあなたを生きて返さぬつもりだ。  崩れ行く世界の中、身構えるあなたに紅バラは告げる。 「戦っては駄目よ、奴らはあなたに勝つ気なんて端からない。安全地帯にいながら時間を稼いで、あなたをワンダーランドの崩壊に巻き込むつもりなのよ」  紅バラはそう言うと口笛を吹く。  城の大きな窓を突き破り、現れたのは雄々しい姿のグリフォン。 「戻りなさい、涙の海岸へ。彼が運んでくれるわ」  グリフォンは紅バラの姿を見て悲し気に鳴きつつ、あなたを背に乗せようと態勢を低くする。 「行きなさい“A”を継ぐ者。あなたにはまだ役目があるでしょ」  紅バラはグリフォンへ飛び立つように指示をする。 「逃がすか──ッ!!」  エメラルドの大魔法使いが放つエメラルドの結晶があなたへ迫る。その結晶は紅バラの魔法が防ぎ、あなたを乗せたグリフォンが素早く飛び立つ。  徐々に遠ざかっていく紅バラ達の姿を見続けるあなたは、彼女との別れを惜しみながらも必死にグリフォンの背に掴まって、崩壊する世界の中を飛んで行く。 「おのれ、忌々しい女め……灰色、すぐさま時間を止めよ」 「あー、それなんだが……ここに来るまでに煙草を使いすぎて、もう残り数本だ」  新しい煙草に火を点ける灰色の男は悪びれもなく言う。 「クスっ……諦めなさいよ。今回はあなた達の負けよ」 「……ッ!! ぐぐぐぐ、おのれおのれッ!!」  やり場のない怒りに狂い悶える呻きを上げながら、エメラルドの大魔法使いは姿を消す。 「ハハハ、こりゃあ今日は荒れるな……んじゃあな、赤の女王さま」  笑いながら去ろうとする灰色の男へ、赤の女王は最後に告げた。 「そう言えば、彼女から時計を奪ったそうね。時計の在処は……ネバーランドかしら、絶対に取り返しに行くわよ」  挑戦的に笑う紅バラへ灰色の男も余裕綽々と言葉を返す。 「ああ、待ってるぜ。一体誰が取りに来るのか……まあ、最大限にもてなしてやるよ」  そう言って灰色の男も去る。  悪は去り、残るは消えゆく者達。  白バラの頭を撫でながら自らも息を引き取ろうとする紅バラだったが、最後に一つ思い出すと三月機関の兎たちを呼び寄せる。 「捕えていた民を解放せよ」  女王の命令に兎たちは素早く行動へと移る。  せめて消えゆく最後だけは、彼らには大切な人、大切な場所で安らかに過ごしてほしかった。 「……」  世界は消える、歪みは戻る。 “ご苦労だったな紅バラ”ハートの女王が労ってくれた。  ああ、やっと肩の荷が下りた。  皆、みんな戻りましょう、あるべき所へあるべき姿に……  紅バラは最後の最後まで白バラの頭を撫でながら、ゆっくりと目を閉じた。 「よくぞ戻った“A”を継ぐ者よ」  涙の海岸へ到着したあなたをドゥドゥとビルが出迎えてくれる。 「君ならばやってくれると信じていた。大した礼は出来ないが、本当にありがとう」  ドゥドゥは頭を下げる。  賑やかな彼と二度と再会できないのは悲しい事だ。  例えそれが元に戻る為の過程であっても、彼との出会いや他のワンダーランドの者達と紡いだ関係が無くなるのは寂しい。  そう思うあなたにドゥドゥは嘴を開く。 「そうとも限らないだろうな。もしかすれば、何かの間違いで私達は君の事を覚えているかもしれないからな」  それはどういう事なのか、問おうとしたあなたは直後海が激しい音を立てて荒れ狂う光景を目撃する。 「もう崩壊がここまで来たか」  ドゥドゥの言葉にハッと現状を理解する。気付けば、遠くに見えていた赤い城はとっくに無くなっており、迷いの森も半分が消失していく。 「さあ、戻る時だ! なぁに、難しい事ではないさ! 目を瞑れ、そして君がワンダーランドへ来る前にいた場所を思い出せ。次に目を開いた時には、もう戻っているさ!」  目を瞑るあなたが聴くドゥドゥの声。 「さらば──いや、またな“A”を継ぐ者よ!」  ドゥドゥの声が波の音に消え、あなたの身体が宙に浮いたような感覚になる。  波に攫われる感覚が続いたかと思えば、あなたはいつの間にか硬い土の上にいる。  目を開くと、青い空、そして甘藍畑。  ワンダーランドから、あなたは無事に帰還したのだ。