※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 Nine Sins―Vanty 【虚飾絢爛】 虚構を纏え。 虚栄を孕め。 万事全ては虚ろなり、言葉は空虚な妄言なり。 中身は捨てろ、綺麗なガワだけを着ろ。 所詮人の目などガラス玉。 人の内など端から見ていない。 纏え、嘘と虚ろを纏え。 目を惹かせろ、欲を煽れ。 空虚なガラスの瞳は、綺羅びやかな光だけを映すのだから。 ────────────────────── 「ここは、なんと眩い場所でしょうか……」 虚飾の区画を進むロメルとあなたは、次の区画へ到着した瞬間、あまりにも綺羅びやかな光景を前に目を眩ませた。 まるで太陽を直視した様な眩しさに目を細めつつ、見渡した区画内の光景は黄金一色に染まっている。 壁と天井は金きらりと輝き、そこかしこに置かれている如何にも高価そうな品々もまた黄金の装飾でふんだんに彩られてある。 しかし、何処か違和感がある。得も言われぬ違和感が区画内に漂っている。置かれた装飾品の何もかもが違和感を生んでおり、唯一天井から吊るされたシャンデリア(他に比べると少々装飾に欠けている)だけは奇妙な違和感を発してはいなかった。 言い表せない違和感を抱きつつも、こうした装飾や部屋の雰囲気から、あなたはこの区画が王間の様なものをイメージしているのだと察する。区画の中央は黄金の台座で少し盛り上げられており、その上には如何にもな玉座が圧倒的存在感を放って鎮座している。 そして王間であり玉座があるのならば、そこには主たる王が当然いる。美しく輝く玉座に座る一人の肥満体の男は頬杖をつきながら、あなたとロメルへ脂っぽい(ニタニタとした)笑みを浮かべる。 奇妙なことに、この頬肉豊かな男は服の類を一切纏っていない。いや正確に言うと、飾りっ気の無いシンプルな白いパンツだけを履いている。 正しく裸の王様といっても過言ではない男。ありとあらゆる宝石をちりばめた王冠を禿げかけた薄い黒髪に戴き、来客を値踏みしつつも王たる威厳を湛えた瞳がこちらを睥睨する。 「ようこそ虚飾の区画へ」喉を震わす男の声はとても鷹揚としている。「私の名は虚王。この虚飾の区画の主だ」 虚王と名乗りし彼は死んだ魚の様に淀んだ瞳向けながら続ける。 「あの乱暴なワルキューレ達が踏み入ると思っていたが、まさか君らが来るとはね──感情を学びたいというロメル君?」 「はい、感情をより学ぶ為に──そして、歪まされた物語を終わらせに参ったのです」 透き通る程に美しい声を響かせるロメルの真っ直ぐな視線、それを受けて虚王は全身をくすぐられた様な奇怪な笑い声で区画内を騒がす。 「終わらせる……歪んだ物語を? ハハ! まあまあ、待ち給えよロメル君。物騒な行為はよそうじゃないか、戦闘だなんて野蛮だろう。私が虚飾の何たるかを、戦闘以外でたっぷりと教えて上げよう!」 玉座から立ち上がる虚王は、その瞬間に素早く台座を滑り降り、ロメル達へ接近しながら歌い出す。 ♫さてさて、これより! 虚飾の時間の始まり! 活躍は見ていたよ、しっかり! 連戦、連勝、素晴らしい! でも、ここで付けてやるのは黒星! ♫ここの主はこの私! 虚飾の王のお出まし! この場所では敵無し! 思い込めば何でもありぃ! 《お顔はシュッと、ボディはスマート!》 そう──何でもありなのさ! (瞬間、虚王は鍛え上げられた肉体美を誇る精悍な益荒男へと変化する) ♫外見こそが一番さ! 内面なんて意味ないさ! どんなクソな中身でも、 綺麗なガワを付ければOK! いつもの光景!見飽きた整形! 日常の風景!類似の造形! 誰も彼もが欲望の道化! (再度虚王の姿が変わり、彼は絶世の美女へと変身──否、飾った) ♫そうさ、これこそが、虚飾の権能の本領さ! そうれ、貧相なお前の事も飾ってやろう! 胸盛れ! 尻盛れ! 腿を盛れ! ワン・ツー・スリーで増し増しさ! (虚王が口にした通りにロメルの体型が著しく大きくなっていく) (自身の体格の変異に困惑するロメルをよそに、虚王は今度は威厳ある魔の王らしき姿へと変化させる) ♫仕込みは上々! 仕上げをさあさあ! 終いだ──諸君! だん、と足を強く踏み鳴らし虚王が構える。「ハッハァッ! これこそが虚飾の本領よぉ! 人の身ではくだらん思い込みであっても、私の権能であれば実現するのさァ!」 虚王が放つ片手に収束する黒い魔力の塊。切り裂いた空気を吸い込み膨張し、それがあなたの胴を真っ二つに切断せんと迫りくる。 急激な体型の変化に理解が追いつかないロメルだったが、あなたを守ろうと何とか砂の壁を形成するもそれは容易く破壊される。 間一髪で飛び込むようにして避けるあなたへ、黒翼を背中に広げた虚王の鋭い爪の連撃が襲う。断頭台のギロチンが如く、振り下ろされる爪の一つ一つはあなたの心臓を冷たく舐めるような風を送る。 「素早い? いいや違う! こいつはナメクジだ、そうナメクジだ、思い込め思い込め思い込めッ! こいつはナメクジだ! 【虚飾絢爛】私はそう思い込んだぞ!」 狂乱の如く荒ぶる虚王の発言。しかし、次の瞬間、あなたは全身の骨を抜かれた様に地面へ倒れ込む。 困惑するあなたが己の足を見た時、そこにあったのは“グニャグニャ”とした粘液。それは今や全身にまで広がっており、あなたは虚王の言った通りにナメクジの様になっていた。 “こんなにも簡単に他者にまで影響を与えれるなんて”あなたは驚愕する。ロメルの体型変化を目にしていたとは言え、誰かを全く別の生物に変えることすら可能とは思いも寄らなかった。 現実改変、いや本人の思い込みによる改変からすると認識改変による幻術的なものか。 「あ、あなた様! 全身がまるでナメクジの様に……!!」よたよたとした足取りでロメルが駆け寄り、あなたを起こそうと手を差し伸べる。 しかし、虚王の追撃は止まらない。 「あの女には手など無い! 思い込め思い込め──お前に誰かを助けられる手など最初から無い! 【虚飾絢爛】私はそう思い込んだぞ!」 虚王の言葉が残酷にも響き、ロメルは急にばたんと“バランスを崩して”倒れ込む。彼女は足をばたつかせながら立ち上がろうとするが、一向に起き上がれない。 理由は明確。 ロメルの肩から先はまるで切断されてしまった様に、綺麗さっぱりと消えてしまっているのだから。 「わ、私の腕が……」 “ロメル! これは幻術の一種で本当に消えた訳じゃない”そう叫ぶあなたに、ロメルは悲痛な叫びにも似た声色で返す。 「幻術な筈がありません……感覚がまったく無いのです……いや、私に腕なんて……元々無かったのかもしれません……だから、だから、誰のことも……ナメクジであるあなたの事すら助けられない……」 不味い。 ロメルは完全に虚王の術中に囚われている。 今や彼女は、自身の腕が元から無かったと思い込まされている。 何より厄介なのはロメルがあなたを“ナメクジ”と思い込んでいる影響で、あなた自身も元からナメクジであったと思考が変化しつつある。他者の認識改変がこちらの認識すら歪める──即ち思考の汚染。 そんな絶望的な状況を虚王は愉快そうに眺めている。広げた手の中で無力な蟻をもて遊ぶ如く、今や自分達の命運は彼の手の内。 だからこそ、勝機がある。虚王がこちらをもて遊んでいる内に──この思考の思い込みを解かなくてはならない。 幸いにもあなたの思考は、虚王の思い込みを完全には受け入れてはいない。ロメルの腕が時折、しっかりと視認できているのがその証左。 “ロメル!” あなたは強く叫ぶ。 “貴方の腕はちゃんとある! 思い込みに惑わされないで、貴方のその瞳でしっかりと己を見るんだ!” 「しっかりと……己を……ですが、腕はありません……」 こちらの想いは届かない。ロメルが必死に腕を振るも、腕の消失した空っぽの袖のみが空を虚しく舞う光景。 あなたの思考も徐々に汚染され始めている。 その光景を虚王は下卑た笑いを上げて楽しむ。 「無駄無駄無駄ァッ! 思い込みとはどんなに努力しても拭えないのだよ! 何故なら、どんなに愚かで陳腐な勘違いでも──本人は確かに、その時、そうだと思い込んでいるのだから!」 勝ちを確信した虚王の言葉。 駄目だ、敵わない──そう思い込めば益々虚王の思うつぼ。 どうすればロメルの思い込みを解けるか。もう打つ手は無いのか──いや、まだある。 どんなに現実を認識を改変されたとしても、ロメルがこれまで歩んできた記憶が、経験が、彼女と出会った人達の想いは──まだ残っている。 思い出させろ、その認識を生む思考に疑問を持たせろ。 “ロメル、思い出すんだ! 貴方がこれまで出会ってきた人達のことを! 苦しんでる人達へ貴方は手を差し伸べてきた、そして時には苦しむ貴方の手を握って救い出してくれた人達の事を!” 「手を差し伸べてきた……?」ロメルの焦りが、混乱が止まる。 “手は感情の渡し橋。握って感じたその温かさ、それを感じ取ったのは紛れもなく貴方のその両手! 貴方の手は腕は最初からあって、それは今もある! 貴方のその優れた瞳は、しっかりと自分の両手を映している!” “何より──貴方の腕が、これまで私の事を守ってきたじゃないか! 虚構に惑わされないで、真実だけを見据えるんだ!” あなたの必死な叫びに乗せられた想いは──ロメルに届く。 「……そうでした、私の両手は両腕は、確かに今もある──そして、それであなたと共にここまで来た」 その刹那──全ての歪められた認識が崩れる。 ロメルの両腕と歪んだ体型は戻り、そしてナメクジと化していた筈のあなたもまた──もとに戻る。 「そんな莫迦なッ!? ご都合主義も甚だしいではないかッ! 私の【虚飾絢爛】が、そんなくだらん三文芝居で崩れる筈が──」 “ご都合主義? 三文芝居? それはお前の方じゃないのか。思い込みによるご都合主義で他者の尊厳を貶め、三文芝居で自らを飾る──虚王!” あなたの言葉は正に引き金。 強く引かれ、真っ直ぐに放たれた弾丸の如き真実が虚王の虚飾を崩していく。 魔王たる彼の姿は肥満体の男へ戻り、周囲の綺羅びやかな光景はカビと饐えた臭いで充満する小汚い内装へと変わる──否、あるべき光景に戻っていく。 「違う、違う……違う違う違うッ!! 私は王だ、綺羅びやかで威厳ある王だ! やめろ、やめろ──私に真実を視せるなぁッ!!」 虚王の怒号が区画内に響いた刹那──不安定に揺れていたシャンデリアが落ちる。装飾品を飛び散らせながら煌めくそれが落ちる先は──虚王。 「──! あなた様!」 駆け出したロメルはコートを広げてあなたの視界を覆う。ほぼ同時に落ちたシャンデリアが、肉と骨を強引に押しつぶしていく音と共に苦悶の叫びが静かに木霊する。 「……虚飾を追い求めた末路がそれとは皮肉なものです」 ロメルが静かに声を紡ぐ。あなたの視界は依然として彼女のコートに覆われたまま。 「様々な思いを持って、自らを過度に着飾る。それは時としては大事なことなのかもしれません。ですが、それは所詮一時の夢……虚飾に目を眩ませて己の本質を見失ってはいけない……しっかりと学ばせて頂きました。ありがとうございます、後はゆっくりとお休みください」 弔いの言葉を述べるロメルはコートをそっとずらして、あなたの視界から外す。既に虚王の肉体は消えており、先程までは綺羅びやかであった区画はその痕跡すら残していない。 カビと臭気に包まれた区画は小汚い道具が散乱し、見るの者は眉を顰めるだろう。正しくゴミ屋敷の様相。 そんな中で落ちて砕けたシャンデリアだけが、かつての栄華を象徴するかのように煌めいていた。 “……終わったね次へ行こうか” あなたの言葉にロメルは頷き、二人は次の区画へと進んでいく。