読み: さいかい 紹介文: 希望とは、何かに縋りつき依存していることを指す。 ……これ、は、 ───気が付けば視界は定まらず、呼吸が出来ない程に息が苦しく、手はどうしようもない程に情けなく震えていた。 何気ない日常。 いや……こう言ってもなんだが、毎日が何気ないとも感じるし、そうでないとも言える。 はっきりと、そういった区分を付けることはないが、一度考えてみるとやはり曖昧だ。何事を定義するにも、酷く摩耗した私の醜い物差しでは、何も推し測ることが出来ない。 ……何気ない私の立つこの日々も、見方を変えれば……あるいは正常な者から見れば、酷く血に塗れた日々に見えるだろうか。それとも、そもそも誰かを傷つける毎日に、それを何とも思わなくなった心無き獣には、何気ない日々を語る資格もないだろうか。 いつからかだろうか? 私の視界が安定しなくなり、見える景色は常に朧気で……まるで霧の中を歩いているようで、何も見えないわけではないはずだが、自分自身が今どこを歩いているのかすらも曖昧になって…… 何も感じず。 何も求めず。 何も無い。 …… いつからか、私は生きることが嫌になった。 それを理解して、何なるのか。 癒えない傷は、もはや傷とは言えない。 現実は不可逆的で、人生を “一冊の本” とすれば、過去に過ぎ去っていった事はページを戻せば、確かに幾度でも読み返すことができる。だが、だからと言って過去に戻ることはできない。過去は読み返せるだけで、実際にその時、初めて読んだ時に戻れる訳でもなければ、時間の流れと共に見方や視点すら変わっている事もある。気付きたくないことに気付き、知りたくないことを知る。 求めていない……何も要らない。 何かを得れば、また何かを失う恐怖が憑きまとう。 何かを得る前に、手を打たなければならない。 だから、撃ったのか。 撃っ───何を……何を撃った……? また、頭の中で過去を読み返す。 何にも気付きたくないのに、何も知りたくないのに。 例え私が何を諦めたところで、何を捨てたところで、結局は何も変わらない。 頭は絶えず “一冊の本” を読み返す。 思考とはなんだ。何故、私の意思に反する……? いつ、どこで、誰が、何を、どうした。 知らなくていいと言った。 過去の自分が。 なら “栞” でも挟んで、心の奥底に仕舞ってしまえばいい。 いずれの刻にか、また読み返すと嘘をついて。 そうやって、私の頭の中は幾度目かの静寂と共に、どこか鋭利な刃物で紙を切り裂いたかのような痛みを伴う。 また、意味の無いことをした。 「はっ………………」 後頭部延髄から広がる無数の裂傷痕。私の体を、あるいは力を、あるいは思考を、あるいは存在すらを斬り刻む。 そうやって私は持ちうる全てを失った。 全てを失ったと云うのに、まだ失い足りないらしい。 ”一冊の本” には不自然な余白が多い。 いつか挟んだ “栞” を頼りにページを捲っても、何も記されていない真っ白なページである事も珍しくない。 何かを失った、しかし何を失ったかは分からない。 だが “何かを失ったという事は分かる” 。 苦痛と共に喪失を繰り返し、その果てに何かを失った事という事すら斬り刻まれ、私には何も残らないのだろう。何もない日々、今すぐにでも私の過去のページを全て白紙にして欲しいとすら思う。 何かを憶えている。 それは曖昧で、中途半端な切れ端として。 ……その切れ端に記されていた。 ─────────────────────────── たとえ□□べき道に、□を□□ための□が□□ても…… □□□□ればいいんだよ。 □□て、□□続ければ□□□は何で□□□□□を□□はず…… で□□? ─────────────────────────── 「………………クソッ……」 思い浮かんだページに記されたその言葉は、もはや読み返すことの出来ない文字の羅列となっていた。文書と呼ぶことすら憚られる、解読不能な文字群。だが、これが何か大切なことであったかのように思う。 理解不能な感情だ。私を構成するいたる所が切り刻まれ、何が大切なのか、何が憎いのか、何が私を生かしているのか、何も分からない。私の歩む道には、一体何が残るのだ?あるいは、何も残らないのであれば……私がこうして苦痛の中で足を進める理由はないのではないか。 ───何を思うでもない一抹の感情。 ふと、私は足を止めた。と言っても、結局こうして何も無いとは言え生きている以上は足を止めた所で息までもが止まるわけではないのだが。足を止めたついでに、周囲の景色に目をやってみる。 相変わらずこの森は色を失ったまま…… 正確には確かに色はあるが、その色は偽りの色。何故かは知らないが、ある日この国を照らしていた光が失われ、それに伴って光からの祝福とされていた色も失われたらしい。 以来、この国のどこもかしこもが色を失っていたが……ある時、この国は大元であった光を取り戻した。だが、どうもその光は偽物だったらしい。偽りの光から齎された祝福は……この国を蝕んだ。 その後は……どうだったか。 もう既に “一冊の本” に記された文書は途切れ途切れで解読することが難しいし、何より疲れる。 また “栞” を挟むとしよう。 いつか読み返した時、私はこの国のことを思い出せるだろうか?だが、こんな不安を感じたところで次に読み返す時にはそんな不安すら切り刻まれているだろう。 「はは…………!」 可笑しくて笑えてくるな。何を記憶、記録しても切り刻まれて忘れてしまうのなら、私は一体何のために生きればいいのだ。何故、歩き続けなければならないのだ。 私はいつからかは知らないが一丁の猟銃を持っている。曖昧な憶測ではあるが、私は狩人だったのだろう。使い方が頭の中で分かるでもなく、理解できている訳でもないが、それでも感覚で扱うことができる。きっと、ずっと使っていたものなのだろう。 どうだろうか。これで一思いに自分の頭を撃ち抜いてみれば、私は楽になれるだろうか?何も無いはずである私には、目に見えないものを背負いすぎている。 そんな風に猟銃を眺めていた時だった。 私の前方の地面に、目で追えぬ速度で何かが突き刺さった。 ……刀。 それは一振の刀だった。