※以下は戦闘勝利時、または戦闘が面倒な際にお読みください。 さて、話は再びロメルとあなたが合流する前に戻る。 九罪の箱庭は幾つもの通路で各区画を結んでおり、それらがまるで蜘蛛の巣が如く複雑な枝分かれと分岐が複雑な構造を造り上げている。 こうした複雑な構造物内を地図もなしに進むのは非常に面倒で困難。だからこそ、先に突入していた終戦乙女達の一人は強引とも言える方法を用いた。 傷も汚れも無い白い壁に何かを取り付けている人間───いや緑色の皮膚と大柄な体格を持つオークたち。頭部にヘルメットを被り、一丁前に軍服めいた服を着ている彼らは鋭い牙が並ぶ口を愉快そうに開けながら作業を急ぐ。 白壁に吸着させた茶色の包みの側面には幾つかのスイッチがあり、一人のオークがそれを慣れた手つきで操作すると速やかに離れる。 彼らの退避が完了したとほぼ同時に茶色の包みが耳を劈く程の轟音を響かせて爆発。その威力たるや退避したオーク達の頑丈な皮膚に壁の破片が当たる程で、当然ながら無惨にも破壊された白い壁には黒焦げた大きな穴が出来ていた。 一般的な爆発物ではここまでの威力は当然担保されない。特殊な材質で造られている上に白面による術で強化されているからだ。仮に魔術的な力を使ったとしても、傷をつけるぐらいが精一杯。 オーク達が設置したのは終戦乙女チームⅡが作り上げた“対魔法用爆発物”の一つで、彼女達が九罪の箱庭へ突入する際にも使われたモノ。 魔術よりも高度かつ神秘的なワルキューレ独自の力によって、瞬時に使用されている魔術を解析し(ある種)強引に破壊してしまう傑作品だ。 さて破壊された壁へオーク達が続々と突入していき、屈強な彼らの背後から一人の終戦乙女が鼻歌を混じらせながら続く。彼女の名前はレック。チームⅡ“技巧騎士団”所属のワルキューレにして、オーク達を率いて人類殲滅と訪れた場所から様々な物品を強奪していくことで名が知れている。 「なんだよ、つまらねぇ原っぱか」 乾いた土地には腰丈程の草がびっしりと生えている。まるで引き抜いた樹を逆さまにして地面へ植え付けた様な樹木がまばらに生え、味気無さのある澄んだ青空は薄い雲が静かに浮かんでいる。 いわゆる“サバナ(サバンナとも)気候”と呼称される熱帯の草原地帯なのだが、さして自然に興味がないレックには何ともつまらない区画であることに変わりない。 「貧乏くじを引いたようですな」 レックの隣に控えるオークが自嘲気味に言う。他のオークと比べて、身なりが多少豪勢なのは彼がレックの右腕を務めるからだ。 各地で略奪を続ける彼らにとって目ぼしいモノが全く見当たらないこの区画は正に無意味でしかなく、先程まで意気揚々としていたオークも困惑した表情で周囲を見ている。 「つっまんねえなぁ」煙草を咥える口をへの字に曲げるレックは苛立ちを隠しきれない。「兵隊増やすついでに、憂さ晴らしでもするか。ここら一帯の動物を肉にしてから、全部燃やすとかなァ!」 レックはその整った顔を救いようのない邪悪さに染める。彼女の視界には悪しき侵略者たちを警戒しつつも、のどかに草を食んでいる草食動物たちの姿が映る。 この平穏な世界をぶち壊してやろう。 火を点けて動物たちを追いやり弄び、狩猟の真似事でもしてオーク達のご機嫌をとってやるか。 ついでに作戦中に消耗したオークの補充も済ませられる。こんな長丁場な戦闘だ、捨て駒は幾らいても足りないぐらいだ。 野蛮で残忍、しかしそこに確かな弱肉強食の在り方を宿らせるオークの残虐行為へ心躍らせながらレックが指示を出そうとした時だ。 巨体で鈍重な何かが“その存在感を露骨に誇示”する様な足音が、大地の揺れと共に近づいてくる。その音の主──この区画の支配者が降臨した事に、草を食んでいた野生動物達は機敏に察知するや蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 恐怖心を煽り立てる足音に狼狽えるオーク達(残忍で野蛮なオークはその実、小心者である)を、レックは落ち着かせながら足音の主を視界に収める。 足音を立てて近づいてきたのは一匹の巨獅子。 一歩進むごとに頑強な皮膚の下の筋肉が躍動し、巨岩を軽く粉砕しそうな四肢の先からは黒い爪が鈍く光る。 顔周りに生える鬣は収穫期の小麦畑を彷彿とさせる美しい黄金色で、時折吹く風が獅子の威厳たるやをこれでもかと醸し出す。 爛々と光る目で周囲を睥睨する獅子は、やがてレック達を見つけると気品ある相貌を酷く崩す程に口を開く。 「我のモノを奪う気か?」獅子の口には刃の如き牙が並ぶ。 その一言は百獣の王たる威厳と気品を確かに感じさせつつも、底なしの貪欲さを隠しきれてはいなかった。 「ほお、こいつは良い獲物じゃねぇか! リーナとプニムに良い自慢が出来る──獅子の頭が目の前に来てくれるとは! けっこうな量の肉も取れそうだし……毛皮も良い足踏みマットにetc.etc.(ブツブツ)……」 レックは目を光らせながら興奮する。その輝きこそ子供の煌めきと酷似するも、彼女の黒く淀む瞳は純粋無垢さからは酷くかけ離れている。 臆するオーク達を尻目に早速取らぬ狸の皮算用へと洒落込むレック。彼女は不気味な沈黙を続ける獅子を気にもせず、オーク達へ発破をかけさせる。 「ほら行け行け、突撃だ! 一番槍には良いモン食わせてやるぞ! 獅子の首を獲った奴には、ロメル〈女狐〉を強奪させてやる権利を与えてやるぞ!」 次の戦闘までにはとっくに忘れ去る口約束を声高に上げるレックは、幾人かのオークへ目配せをして突撃を促す。 無論、彼らは戦闘に参加はしない。 いわば、サクラ(おとり)という奴だ。本質的には臆病なオークを強敵と戦わせるには、上手い話とおとりがあれば充分。部隊の殆どのオークなど、レックにとっては“幾らでも補充の利く金太郎飴”程度でしかない。 レックの思惑通り、おとりの威勢に連れられたオーク達は無謀な突撃を敢行する。それに対して獅子が大地を揺るがす程の咆哮を上げると、地面から大量の雌ライオンが“まるで萌芽”の如く生え出てくる。 召喚系のスキル持ちか。レックは眼前で繰り広げられる“一方的に殺戮されるオーク”を飽きた表情で見物しながら、獅子が披露した能力の分析を始める。 一番目に突撃したオークがほぼ全滅した辺りで、レックは更に追加で突撃させる。一方的な戦いであっても、幾分の疲労と軽傷を負った雌ライオンにオーク達は無意味な勝機を勝手に見いだして突撃。 だが、数でも質でもオークは負けている。彼らの屈強な肉体も、雌ライオンの爪と牙を前には紙切れも同然。 「兵士の逐次投入は愚の骨頂。戦を司るワルキューレがこの体たらくか、見るに耐えん愚かさよ」 「何様のつもりで説教してんだ? こちとら神様仏様ワルキューレ様、お前の尺度でワルキューレを測るなんざ──それこそ愚かだな」 部隊の殆どを失っておきながらも威勢の良いレッグは、獅子の言葉を返す様に彼を煽る。大軍の将たる泰然自若さか或いはワルキューレ故の慢心か、どちらにせよ獅子の目にレックは脅威として映ってはいない。 この戦闘の勝敗は決したも同然、獅子は愚かなワルキューレを仕留めるべく“強欲”を冠した己の力を解き放つ。 「では、貴様が捨てたこの死肉を我のモノにしてやろう」 獅子の咆哮が轟くや否や、雌ライオンの餌食となったオーク達の死体が起き上がる。生き返った訳では無い──彼らの胡乱な双眸からは禍々しい程の黒い光が漏れ、口からは不明瞭な呻きを漏らしてレック達へ襲い掛かる。 屍人──ゾンビ、或いはリビング・デッドやアンデッドとも呼称される動く死体。かつての仲間が死者としての尊厳を失わされた状態で襲い来る中、レックは依然として冷静さを損なわない。 死者を屍人として運用する力か、とレックは推測する。 それは当たらずとも遠からずで、獅子の力は“区画内にて死した生物を己の道具として使う”モノだ。 数を増やして人海戦術で押し潰す算段か、レックは獅子の狙いに気付く。詳細な能力こそ掴めていないが、自分にとって獅子は大した相手ではないと彼女は判断するに至る。 「私の兵隊を勝手に使わない方がいいぜ? そいつら全員──不具合持ちだからよ」 レックが片手を(ギュッと)握った瞬間、蘇ったオーク達は体を震わせて、一斉に──爆発した。 戦場に撒き散らされる肉片、血、脂、そして彼らが装備していた武具は破片となり──獅子と雌ライオンへ突き刺さる。 「洗脳系、支配系、魅力系──そうした類の敵に支配されるのを前提として運用してるに決まってんだろ」 全身に深々と突き刺さった破片の痛みに絶叫する獅子を前に、レックは自信気に語りながら爆発に巻き込まれて息絶えた雌ライオンを見張る。 獅子の力が働き雌ライオン達は立ち上がるが、その数は減っている上に数匹の雌ライオンは四肢や体を欠損していた。 「オオォ……許さぬ、許さぬぞ……貴様の腹を掻っ捌いて臓腑を食ってやらねば気が済まぬわぁ!」 片目から血を垂らす獅子は声に怒りを滲ませる声で雌ライオンを突撃させ、区画内の全ての動物たちを呼び寄せた総攻撃を開始。 思わぬ一撃こそ受けたが、レックの部隊数はもはや僅かばかり。二倍以上の数で強引に押し潰そうとする獅子だが──レックにはまだまだ打てる手が幾つもある。 「お前ら──出番だ」 レックは空間を掴むと、まるで貼り付けられたポスターを力任せに剥がす様にして──空間を(ベリリッと)大きく剥ぎ取る。そこに出来た光を通さぬ黒い空間より、何かが緑色の皮膚を(ヌッと)現して区画へと踏み入る。 「仕事ですかい姉御」真っ先に現れた古傷の多いオークが不敵な笑みを浮かべる。 次いで彼の後ろから、続々とオーク達が飛び出しており、今やその数は獅子の率いる軍勢と並ぶ程にまで増加。 彼らもレックの部隊であるが、普段彼女が連れ回している連中とは違って、とある場所(レッグは養殖場と呼称している)で別の業務にあたっている者たち。 レックは単にこの区画と養殖場を繋げただけで、やっている事は魔法による召喚或いは転移と同じである。 「さて──略奪の時間だ」 レックの声と共に新たに増員されたオーク達は重厚な盾を構え、空いた片手には丹念に磨かれた槍を構える。 「『行進(マーチ)!!』」 剣を振り上げるレックを守るように、ファランクスの様相でオーク達は一糸乱れぬ行進を始める。行進するオークは正に山の如くで彼の背後からはボウガンを構えるオークによる射撃が、攻めを臆した獅子達へ降り注ぐ。 大量の矢に当てられながらも雌ライオンの猛撃は続くが、重厚な盾を構えたオークを前にはあまりにも無力。次々と槍の餌食になり斃れていくが、その矢先に再度復活してくるのだから、きりが無い様に思えるかもしれない。 だがレック達は着実に獅子へと近づいており、徐々に徐々に力強くで押し込んでいく。やがてオークの構える槍の穂先が、獅子の体へ触れる距離になった時──繰り広げる光景は戦闘から略奪へと変化する。 悲痛な呻きを喉から絞り、血塗れる視界の中、獅子の瞳が最期に映したのは──狂気に満ちる笑みで剣を振り上げるレックの姿、であった。 数分後、血と死で満たされた区画は今やその名残すらも消し、長閑とは言い難い死滅の終焉が齎す静けさで包まれる。 最後は一方的な略奪もとい虐殺で勝利を飾ったレックであったが、当の本人は勝利の喜びには程遠い表情。 九罪魔の定めと言うべきか、死後肉の一欠片も残さず消失してしまう特性故にレックは部隊数を維持するための肉こそ回収できたが、お目当ての獅子頭を手に入れることは叶わなかった。 「クソだな」 「クソですよ姉御。どんな生物でも行き着く先はクソですから」 への字に曲げた口で煙草をふかしながら吐き捨てたレックへ、一人のオークが軽薄な笑みで茶化す。 平気で部下を捨て駒とするレックに向ける発言とは言い難いが、初期からの付き合いからなる身分を超えた関係がなせる軽口。 「これ以上の進行は停止すべきですかな」 別のオークがそう言った直後、レックの頭に前線基地からの指示が入る。 即時作戦遂行を中止し基地へ帰投せよ。当初から被害を無視した強引な進行を命じていただけに、こうした指示にレックは疑問に思うがかを考えるだけ無駄。 オーク達に命じ、適当な壁を破って退散しようと決めた時、区画外へ偵察に出していたオークが戻って来る。 「へぇ、リーナが近くにいるのか……それはそれは、良いタイミングだ」 レックはにやりと笑った。