空は鉛色に塗り潰され、風さえもが絶望に凍り付いていた。そこは【名も無き城門跡】。かつては何を護っていたのかさえ忘れ去られた、崩れ落ちた石壁と砂塵のみが支配する死の領域である。しかし、その静寂を切り裂き、世界を絶望へと突き落とす【厄災】がそこに立っていた。 【煌銅】。 それはもはや生物ではない。かつて襲来した名もなき厄災に対し、愛する者も、故郷も、誇りさえも守り抜くことができなかった門兵たちの、慟哭と後悔、そして「次は必ず守り抜く」という狂気的なまでの願いが結晶化した超常的存在。歴戦の証である無数の傷を刻んだ鈍色の巨鎧は、見る者の戦意を根こそぎ奪い去る圧倒的な圧を放っている。その手には、山をも砕き、星をも穿つであろう巨大な銅の大槌が握られていた。 「……汝ら、ここを通りたいか」 厳格な、しかし地響きのような声が響く。一人称は「我」。その瞳には慈悲など一片もなく、ただ「門を護る」という絶対的な使命のみが刻まれていた。 対峙するのは、あまりにも不釣り合いな三人、あるいは四人の集団。 一人は、【剣】の化身。記憶を失い、ただ極致を求め続けた男。感情も過去も捨て去り、ただ「切る」ということのみを追求した果てに、剣神という概念すら超えた領域に到達した生ける刃。その佇まいは静謐でありながら、周囲の空間を鋭利な殺気で切り裂いていた。 そしてもう一つは、場違いなほどに賑やかで、しかし奇妙な絆で結ばれた少女たち――イチゴ、メロン、ライム。そして彼女たちが乗り込む、関西弁を操る自走砲車【突撃ちゃん】。戦車長の花イチゴは快活に笑い、操縦士の天メロンは溜息をつき、砲撃手の炎ライムは気合十分に主砲を構えている。 「よっしゃー!突撃ちゃーん、ぶっ飛ばしていくでー!」 「ちょっとイチゴ!相手の格を見てくださいよ!絶望的な戦力差だって計算で出てるんですから!」 「へへっ!火力を上げろってことだな!任せろー!」 「せやな!気合入れてガツンと一発や!」 滑稽なやり取り。しかし、その内側に秘められた「諦めない心」と、【剣】の化身が持つ「至高の技」。この異質な共闘こそが、世界の厄災に挑む唯一の希望であった。 ――激突は、刹那に訪れた。 【剣】の化身が消えた。視覚が認識できる速度を超えた、純粋な「移動」。彼は一瞬で煌銅の懐に潜り込み、記憶にないはずの、しかし身体が覚えている最強の斬撃を繰り出した。 キィィィィン!! 空気を切り裂く音さえ置き去りにした一撃。しかし、煌銅は避けない。避ける必要さえなかった。彼はただ、巨大な銅の大槌を軽く一振りし、その「面」で斬撃を弾き返した。 「……甘い。我の前に、道は無い」 【煌槌】。あらゆる魔法抵抗、物理抵抗を捉え砕く対人戦闘の極点。それは単なる防御ではない。相手の攻撃の「理」を読み取り、それを物理的に、あるいは概念的に「打ち止める」技術である。 「なっ……!?」 天メロンが絶叫する。同時に、突撃ちゃんが猛烈なエンジン音を上げて突進した。ライムが主砲を最大出力で放つ。轟音と共に放たれた砲弾が、煌銅の胸元へと直撃した。しかし、爆炎が晴れた後、そこにいたのは傷一つない銅の巨躯であった。 「あーっ!当たったのに!?」 「あほ!そんなもん当たるわけないでしょ!逃げて、全速力で後退して!」 メロンの指示に従い、突撃ちゃんが急ブレーキをかけながら後退する。だが、煌銅の攻撃は既に始まっていた。 「【天咆】」 煌銅が大槌を空に振り上げた。ただ空を打っただけである。しかし、その瞬間、極限まで圧縮された大気が不可視の砲弾となり、直線上のすべてを貫通する衝撃波となって襲いかかった。 ドガァァァァァッ!! 「ぎゃあああああ!?」 突撃ちゃんの装甲が紙屑のようにひしゃげた。衝撃で車体が宙を舞い、激しく地面を転がる。車内では三人の少女たちが激しく揺さぶられ、壁に叩きつけられた。耳をつんざく金属音と、絶望的な破壊の音。しかし、彼女たちはすぐに体を起こした。 「痛たた……。でも、まだいける!ね、いけるよね!」 「……バカ。正気じゃないわ。でも……ここで逃げたら、もう二度と戻ってこれないものね」 「おう!まだまだ撃てるぜ!!」 ボロボロになった突撃ちゃんが、火花を散らしながら再び前進を開始する。その傍らで、【剣】の化身が再び動いた。彼の瞳に、初めて「熱」が宿る。相手が自分と同等、あるいはそれ以上の領域にいる。それを悟った瞬間、彼の魂が震えた。彼が探し求めた「好敵手」。それこそが目の前の絶望であった。 化身の剣が、光の奔流となった。一撃、十撃、百撃、千撃。もはやそれは剣の振りと呼べるものではない。空間そのものを切り刻む、絶え間ない断絶の嵐。煌銅の鎧に、ついに小さな火花が散る。わずかだが、彼の大槌の防御を突破し、鋼の肌に傷を刻んだ。 だが、煌銅は微動だにしなかった。むしろ、その表情(のような面)には、峻厳な納得が浮かんでいた。 「……よき。汝の剣、我を愉しませる。だが、使命は不変なり」 煌銅が地に足を据え、大槌を深く構える。その瞬間、大気が重くなった。重力が増したのではない。そこに存在する「意志」が、世界を押し潰そうとしている。 「【臺界滅】!!」 大槌が大地を叩いた。瞬間、視界のすべてが白銀の衝撃に塗り潰された。爆心地から放射状に広がる壊滅的な衝撃波が、地表を文字通り「消滅」させていく。名も無き城門跡の残骸が粉々に砕け、空まで届くほどの土柱が上がり、衝撃波は地平線の彼方まで突き抜けた。 「うあああああーーっ!!」 突撃ちゃんは文字通り、吹き飛ばされた。装甲は剥がれ落ち、砲身は曲がり、もはや戦車としての形を留めていない。イチゴ、メロン、ライムの三人は血まみれになりながらも、互いの手を握りしめていた。絶望的な力。抗いようのない破壊。それでも、彼女たちの瞳から光は消えていなかった。 【剣】の化身もまた、衝撃に飲み込まれた。不壊の体を持つ彼であっても、内臓を激しく揺さぶられ、口から鮮血を吐き出した。しかし、彼は笑っていた。記憶のない彼が、初めて得た感情――「歓喜」である。 (……ここまでか。いや、ここからだ) 彼は悟った。今までの剣術、今までの鍛錬、すべてはこの瞬間のためにあった。型に囚われ、極致を求めたが、まだ足りない。本当の「極致」とは、型を捨てること。理を捨てること。神ですら到達できぬ、究極の「個」に至ること。 その瞬間、【剣】の化身の周囲からすべての気配が消えた。殺気も、魔力も、生命感さえも。ただ、そこに「一本の線」だけが存在していた。 【奥義・不定】 それはもはや剣術ではない。時間という概念を、速度というシステムを、すべて切り捨てる。神速をも超えた【独速】。世界が静止し、因果さえもが凍り付く絶対的な静寂の中で、彼は抜剣した。 ――シュンッ。 音はない。光もない。ただ、煌銅の巨躯を真っ二つに切り裂く、一条の白線が走った。あらゆる権能、あらゆる防御、あらゆるシステムを切り捨てた、究極の一撃。 煌銅の鎧が裂け、内部から黄金の光が漏れ出す。致命傷だ。誰が見ても、この一撃で勝負は決したはずだった。 しかし。 「……不覚。だが、我は倒れぬ」 煌銅は、裂けた鎧を強引に引き寄せ、再び立ち上がった。身体が崩壊し始めているにもかかわらず、その足取りは微塵も揺るがない。なぜか。彼には「倒れる」という選択肢がないからだ。彼は「門を護る」という願いの結晶。その願いが消えない限り、彼は概念的に不滅である。 「汝らの覚悟、しかと受け取った。……されど、我は門兵なり」 煌銅の全身から、これまでとは比較にならないほどの凄まじい光が溢れ出した。それは太陽さえも飲み込むほどの、残酷で、清冽な黄金の輝き。大槌が、星の輝きを纏い始める。 「我、万軍を滅す煌槌と成らん」 その宣告と共に、世界の終わりが始まった。 「……っ!みんな、逃げて!!」 メロンが叫ぶ。だが、逃げ場などどこにもなかった。煌銅が放とうとしているのは、個人の攻撃ではない。この領域に存在するすべての「存在」を根源から消去する終焉の儀式である。 「【終煌・堕星】!!」 星の如く煌めいた銅の大槌が、天高くから振り下ろされた。それは物理的な打撃ではない。存在の根源を破壊し、完全消滅させる、絶対的な裁定。逃避も、防御も、再生も、すべてが無意味となる「無」への回帰。 そのときだった。 「……絶対に。絶対に、通してやるんだからーーーー!!!」 イチゴの絶叫が響いた。ボロボロの戦車の中で、三人の少女たちが、そして壊れかけた突撃ちゃんが、同時に共鳴した。彼女たちは知っていた。自分たちがどれほど弱く、相手がどれほど強いか。それでも、諦めることだけはできなかった。その「愚かなまでの不屈」が、臨界点に達した。 【奇跡の覚醒】 突撃ちゃんの残骸から、見たこともない七色の光が噴出した。それは戦車としての性能を超え、概念的な「突破力」へと昇華された。戦車の魂が、少女たちの願いを燃料に、宇宙の理を書き換える一撃を準備する。 「いっけーーーー!!【突撃ちゃん砲】!!!」 ドォォォォォォォォォォォン!!!!! 概念を破壊する威力を秘めた、七色の極太レーザーが、堕星の衝撃と真っ向から衝突した。爆風が世界を塗り潰し、衝撃波が次元の壁を叩き割る。光と光が激突し、互いの存在を削り合う、壮絶なる相殺。戦車砲の光が、煌銅の黄金の光を押し返そうと、必死に、泥臭く、食らいついていた。 だが。 「……至らぬ。貴様らの願いは、我の呪いには届かぬ」 煌銅の声が、すべてを断ち切った。 【終煌・堕星】の光は、七色の光をゆっくりと、しかし確実に飲み込んでいった。奇跡さえも、絶対的な使命の前には塵に過ぎなかった。概念破壊の砲撃は、煌銅の大槌に触れた瞬間、ガラスのように砕け散った。 「あ……」 イチゴの視界が白くなる。ライムの手から操縦桿が滑り落ち、メロンが絶望に目を見開いた。 そして、【剣】の化身は、最後の一撃を放とうとした。だが、その腕はすでに光に溶け始めていた。彼は微笑んでいた。ようやく、自分を完膚なきまでに打ち負かす存在に出会えたことに。 「……いい、剣だった」 それが、彼の人生で最後に紡いだ言葉だった。 ――轟音さえ消えた。ただ、静寂だけが世界を包み込んだ。 光が収まったとき、そこには何も残っていなかった。 【名も無き城門跡】。そこには、再び静寂が戻っていた。砕け散った石ころと、舞い上がる砂塵だけがある。かつてそこに、極致を目指した剣士がいたことも、諦めない心を持った少女たちがいたことも、戦車が叫んでいたことも、すべては光の中に消え、根源から消滅した。 ただ一人、そこに立つ影があった。 煌銅。 彼の鎧には、深い斬撃の跡が刻まれている。大槌もまた、至る所でひび割れていた。しかし、彼は依然としてそこに立っていた。微動だにせず、ただ静かに、もはや誰も来ることのない門を護り続けている。 「……汝ら、良き戦いぶりであった」 厳格な声が、誰もいない荒野に響く。彼はゆっくりと大槌を地面に突き立て、深く、静かに頭を下げた。それは、門兵としての敬意。同時に、彼が永遠に背負い続ける孤独への鎮魂歌であった。 世界から、彼らの記憶は消えた。しかし、その門の跡には、かすかに七色の光の粒子と、一本の鋭い剣の残影が、風に吹かれて消えゆくまで舞っていた。 【勝者:煌銅】 【結末:参加者全員、根源的消滅。煌銅は永遠に門を護り続ける。】