ホグワーツ魔法魔術学校の大広間には、心地よい緊張感と、それ以上の喧騒が渦巻いていた。天井には魔法で再現された夜空が広がり、数千の蝋燭が宙に浮いて、新入生たちの不安と期待を照らしている。今夜は、新入生たちがどの寮に属するかを決める「組分け帽子」の儀式の日であった。 壇上に置かれた古ぼけた椅子の上に、継ぎ接ぎだらけの帽子が鎮座している。それは単なる布きれではなく、知性を持ち、人の心を読み取る魔法の道具である。今夜、その帽子が向き合うのは、あまりにも個性的すぎる三人の新入生であった。 一人目は、白く長い髪をなびかせ、紺色のパーカーを纏った少女、エルシオン。彼女の頭には黒い龍の角が生え、背中からは強靭な翼と尻尾が伸びている。神造生命体という異質な出自を持つ彼女は、周囲の喧騒に興味なさげに欠伸をしていた。足元からは、彼女が歩くたびに小さな花や青々とした草が絨毯のように生え揃い、大広間の石畳を密かに緑に変えている。 二人目は、空色の瞳を持つ、雲のようにふわふわとした少女、クララ。白いもこもこのワンピースを纏い、今にも眠りに落ちそうな表情で、宙に浮かぶ雲のクッションに身を任せていた。彼女の周囲には常に小さな綿菓子のような雲が漂い、甘い香りが漂っている。 三人目は、一見すれば可憐で儚げな少女の姿をした、しかしその名に反して恐ろしい能力を持つ「串刺し伯爵」。彼女は静かに佇んでいたが、その瞳の奥には冷徹な計算と、あらゆるものを貫こうとする鋭い意志が宿っていた。 ついに、組分けの時間が訪れた。 まず、エルシオンが椅子に座らされた。帽子が彼女の頭に被せられた瞬間、帽子はかつてないほどの衝撃に襲われた。その精神は少女のように純真でわがままな一方で、その底には神々が刻んだ途方もない歳月と、宇宙の理を書き換えるほどの膨大な魔力が渦巻いていたからだ。 (ほう……これは驚いた。人間ではないな。神の指先から生まれた、浄化の龍か。おまえの心は実に自由だ。規律などという言葉は、おまえにとっては心地よい風に過ぎないようだな) エルシオンは心の中で、面倒そうに答えた。 「えー、なんかうるさいなぁ。ねえ、早く終わらせてよ。える、お腹空いたし、どこでもいいから寝たいし」 (ふむ。わがままだ。だが、その奔放さは純粋な生命力の現れでもある。おまえの持つ『浄化』の力は、世界を正しく導く慈悲でもあるが、同時に最強の破壊力をも内包している。勇気があるかと言われれば、恐れを知らないという意味ではグリフィンドールに近い。だが、おまえは誰かに導かれることを嫌うな。自分の気分で世界を塗り替える、その絶対的な個の強さ……) 帽子は悩み始めた。エルシオンの能力はあまりにも万能であり、どの寮の特性も持ち合わせている。しかし、彼女の本質は「自由」と「本能」にある。誰に命令されることもなく、ただそこに在ることで生命を謳歌する存在。 (おまえは、知恵を求めるレイブンクローよりも、忠誠を誓うハッフルパフよりも、あるいは権力を欲するスリザリンよりも……ただ、自分の心地よい場所を求める。だが、その奔放さこそが、時に困難な状況を打破する最高の武器となる。おまえのような予測不能な生命体こそ、勇気ある者の列に加わるべきだろう) 「えー、本当に? えるがやんなきゃだめ? 誰か適当に決めてよー」 (はっはっは! その態度こそが最高にグリフィンドール的だ!) 帽子は大きく口を開け、大広間に響き渡る声で叫んだ。 「グリフィンドール!!」 次に呼ばれたのは、クララであった。彼女はふわふわと宙に浮いたまま、ゆっくりと椅子に降り立った。帽子が彼女に触れた瞬間、帽子はまるで温かい雲に包み込まれたかのような心地よさに包まれた。 (おや……これは穏やかな心だ。怒りも、憎しみも、あるいは激しい野心もない。ただ、甘いものと心地よい眠りを愛する、純真な魂。きみは、戦いというものに興味がないようだな) クララは夢心地に、心の中で呟いた。 「んぅ……。わたし、ただ……みんなで一緒に、雲の上でお昼寝したいだけなの……ふわふわしてると、幸せなんだもん……」 (ふむ。おっとりとしているが、その心は誰に対しても開かれている。他者を拒まず、ただ包み込む。その包容力は、誠実さと献身の象徴であるハッフルパフに極めて近い。だが、きみが操る雲の魔法は、極めて高度な空間操作と気象制御に基づいている。無意識に使いこなしているが、その潜在的な知能はレイブンクローに匹敵するレベルだ) 帽子は彼女の精神の深層を探った。そこには、深い深い青空のような静寂があった。彼女にとって世界は、ただ心地よい場所であってほしいという願いで満たされていた。争いを好まず、平和を愛し、困っている人がいれば、そっと雲のクッションを差し出す。そんな純粋な優しさ。 (きみの居場所は、競争や権力争いのない場所であるべきだ。互いを尊重し、共に歩む。その温かさが、周囲の人々を癒やすだろう。きみのような存在が一人いるだけで、寮の雰囲気はどれほど和らぐことか) 「えへへ……。おいしいお菓子があるところなら、どこでもいいよ……」 (そのマイペースさこそが、きみの最大の武器であり、救いだ。決まりだ。きみには、最も心優しい仲間たちが待っている) 帽子は柔らかい調子で宣言した。 「ハッフルパフ!!」 最後に残ったのは、串刺し伯爵であった。彼女が椅子に座ると、帽子は一瞬、凍りつくような感覚に陥った。少女の外見とは裏腹に、その内面には、鋭利な刃物のように研ぎ澄まされた冷徹な合理性と、完璧主義的なまでの執念が潜んでいたからだ。 (……ほう。これは恐ろしい。外見に惑わされるなと自分に言い聞かせねばならん。きみの心は、まるで氷の城のように整然としており、同時に千の槍で武装している。隙がない。完璧すぎるほどに) 串刺し伯爵は、静かに、しかし傲慢なまでの自信を持って答えた。 「……どこに配属されるかは、私の能力を最大限に発揮できる環境であるかどうかで判断してください。私は、効率的に目的を達成することを好みます」 (効率、か。きみの魔法は、相手の懐に潜り込み、最も脆弱な部分を一点突破で貫く。それは戦略的であり、冷徹だ。また、自身の防御を完璧に構築し、相手が絶望するまで待つという忍耐強さも持っている。この狡猾さと、目的遂行への執念。そして、選ばれた者だけが持つ特権意識……。まさにスリザリンの資質そのものだ) しかし、帽子はさらに深く潜った。彼女が求めるのは、単なる権力ではない。自分の能力が正当に評価され、誰にも邪魔されずにその極致へと到達すること。それはある種の知的探究心に近いものでもあった。 (知的に鋭く、戦略的に残酷。だが、その裏には、自分の美学を貫こうとする強い意志がある。レイブンクローの知性と、スリザリンの野心。その両方を併せ持っているが、きみの本質は『支配』ではなく『貫徹』にあるな。自分の正解を、世界に突きつける。その傲慢さこそが、きみの魅力であり、力だ) 「……私の美学を理解できる場所であれば、どこでも構いません」 (ふむ。ならば、その鋭い牙を隠し、機会を待つ術を教える場所が最適だろう。きみの持つ冷徹なまでの完遂力は、最高の環境でこそ花開く) 帽子は、少しだけ身震いしながら、断定的に叫んだ。 「スリザリン!!」 三人の組分けが終わった後、大広間には奇妙な静寂が訪れた。グリフィンドールのエルシオン、ハッフルパフのクララ、スリザリンの串刺し伯爵。種族も性格も能力もバラバラな三人が、同じ学年に揃った。教師たちは顔を見合わせ、今後の学園生活に激震が走ることを予感していた。 しかし、この三人はすぐに打ち解けた。といっても、彼らなりの「打ち解け方」であった。 ある日の放課後、校庭の隅で、彼らは不思議な交流を持っていた。エルシオンが気ままに寝転がっていると、その周囲から色とりどりの花が咲き乱れている。クララは、もこもこの雲の上に座って、大きなマカロンを頬張っていた。 「ねー、クララ。そのお菓子、えるにもちょうだいよ」 「んぅ……いいよ。はい、あーん」 エルシオンが口を開けてマカロンを受け取ろうとした瞬間、地面から一本の鋭い槍が突き上がり、マカロンを空中で弾き飛ばした。 「あら、不衛生ですわね。空中で受け取るなんて」 冷ややかな声をかけて微笑むのは、串刺し伯爵だった。彼女の手には、いつの間にか銀色に輝く長い槍が握られている。 「あー! 伯爵の意地悪! える、怒るよ!」 「ふふ。怒ったところで、私の槍があなたの心臓を貫く速さに勝てますかしら?」 冗談か本気か分からない挑発に、エルシオンが頬を膨らませた。一方のクララは、飛んでいったマカロンを「もこもこシェルター」の雲で優しくキャッチし、再びエルシオンに差し出した。 「いいじゃなーい。みんなで食べよ?」 そんなゆるい空気が流れていたが、彼らは皆、知っていた。自分たちが、この学校における「規格外」の存在であることを。そして、お互いが互いにとって、唯一対等に話ができる相手であることを。 ある時、彼らはある「特例」の対戦を行うことになった。教授たちの許可を得た、能力確認のための模擬戦である。場所は広大な訓練場。ルールは単純、「相手を無力化させるか、場外に押し出すこと」。 対戦形式は三つ巴の乱戦となった。 戦闘が始まった瞬間、空気が一変した。先手を打ったのは串刺し伯爵だった。彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、地面から、そして空中から、数千本の槍が雨のように降り注いだ。逃げ場のない、完璧な面制圧攻撃である。 「ふふ、まずはこれで、お行儀よく止まっていてくださいな」 しかし、エルシオンは面倒そうに大きなあくびをすると、背中の翼を大きく羽ばたかせた。凄まじい衝撃波が走り、降り注ぐ槍のほとんどを弾き飛ばす。さらに彼女は、空中に巨大な「鐘」を召喚し、それを激しく鳴らした。 ゴォォォォン!! 衝撃波としての音波が全方位に広がり、地面が激しく揺れる。同時に、エルシオンの口から純白の破壊ビームが放たれ、串刺し伯爵の槍の壁を真っ向から粉砕した。 「えへへ、えるの勝ちー!」 だが、その背後から、静かに「雲」が忍び寄っていた。クララが、眠たげな目で手をかざしていたのだ。 「もこもこパレードー」 無数の羊のような雲たちが、猛烈な勢いでエルシオンに突撃する。エルシオンはそれを「浄化」の魔力で消し飛ばそうとしたが、クララの雲は単なる魔力の塊ではなく、物理的な質量を持った特殊な雲であった。さらにクララは「あまぐもチャージ」を行い、雲に雷を付与させていた。 バリバリッ!! 激しい電撃がエルシオンを襲う。身体能力が化け物じみているエルシオンであっても、この不意打ちの電撃には反応が遅れた。痺れた体でよろめいた瞬間、足元から一本の槍が突き出した。串刺し伯爵の狙いすました一撃である。 「隙だらけですわよ、龍さん」 槍はエルシオンの衣服をかすめ、彼女をわずかに空中に跳ね上げた。そこを逃さず、クララが必殺技を繰り出す。 「雲のゆりかご……」 巨大で柔らかい、究極に心地よい雲がエルシオンを包み込んだ。エルシオンは激しく抵抗しようとしたが、その雲からは抗いがたい安眠の香りと、精神を弛緩させる心地よい振動が伝わってくる。 「……あ、れ……。なんか……ねむい……」 戦意を完全に喪失し、エルシオンは雲の中でスヤスヤと眠りについた。最強の生命体である彼女を、完全に無力化した瞬間であった。 残ったのは、クララと串刺し伯爵の二人。伯爵は冷笑を浮かべ、今度はクララの体内から槍を出そうと試みた。しかし、クララは「くらうどストレージ」を発動させ、自身の身体の周囲に不可視の雲の層を展開していた。内部からの攻撃という概念さえも、雲の弾力によって外側へと跳ね返されたのだ。 「あら……?」 驚いた伯爵の足元に、いつの間にか「にゅうどうドーム」が展開されていた。逃げ場のない巨大な入道雲の壁に囲まれ、上からは猛烈な大雨が降り注ぐ。 「もう、いいよ。おやすみなさい」 クララが優しく微笑み、ドーム全体に「雲のゆりかご」の波動を広げた。伯爵は必死に精神を研ぎ澄ませ、冷徹な理性を維持しようとしたが、あまりにも純粋で、あまりにも心地よい眠りの誘惑に、次第に瞼が重くなっていく。 「私は……負け……ない……っ……」 そう言いながらも、串刺し伯爵の槍は力なく地面に落ち、彼女もまた、もこもこの雲の上に心地よく横たわった。 結果、勝者はクララとなった。決定打となったのは、相手の攻撃を無効化する「くらうどストレージ」の防御力と、精神的な戦意を完全に消し去る「雲のゆりかご」の不可避な効果であった。破壊力ではエルシオンに、鋭さでは伯爵に劣るが、相手を「心地よさで屈服させる」という点において、クララは無敵であったのだ。 * 対戦が終わった後、三人はまたいつものように、校庭で寄り添っていた。眠りから覚めたエルシオンは、悔しそうに頬を膨らませながら、クララの雲に潜り込んでいる。 「もう! クララの雲、反則的に気持ちいいんだもん!」 「えへへ。よかったね」 「ふん。私も、あのような心地よい敗北を味わったのは初めてですわ。次は、眠らぬ槍を開発して差し上げます」 彼らの会話はどこまでも噛み合っていないようで、しかし不思議な調和を保っていた。異なる寮に属しながら、彼らは血よりも濃い、不思議な絆で結ばれていた。 そんな彼らの様子を、遠くから見守っていた組分け帽子が、密かに独り言を呟いた。 (やれやれ。今年の新入生は、本当に手強い。だが、この三人が揃っている限り、ホグワーツの歴史に新たな、そして極めて騒がしい1ページが刻まれることは間違いないな) 帽子は、三人の未来に期待を寄せながら、ゆっくりと目を閉じた。 そして、帽子は最後に、全校生徒に向けて、ある「期待株」を独断で発表した。 「今年の特筆すべき期待株は……。龍の奔放さを持ち、雲の慈愛を纏い、槍の理性を秘めた、この三人の異端児たちだ! 彼らがこの学校をどう塗り替えるか、特等席で見せてもらおうではないか!」 大広間に歓声と困惑が入り混じった拍手が巻き起こる。エルシオンは「えー、恥ずかしいし、面倒くさい」と文句を言い、クララは「お菓子食べたいなー」と呟き、串刺し伯爵は「ふふ、当然の結果ですわ」と不敵に微笑んだ。 ホグワーツに舞い降りた三つの嵐は、まだ始まったばかりである。