ヤルキナイトは、すっかり暗くなった村の中を、ぼんやりとした気持ちで歩いていた。薄暗い通りには、いつも通りの炊事の匂いや猫の鳴き声が聞こえてくるが、村の空気全体が妙に重く感じられる。どうにもやる気が出ず、歩きながらスマホをいじることしか頭に浮かばない。今日もまた、特に何もないだろうと思いながら。 「はぁ…めんどくさいなぁ…」 彼女には、何も特別なことは起こらない。武器も置いてきたままだし、スライム相手に討伐なんて、寝そべっているだけで解決するが、村長から与えられた任務がある以上、放っておくわけにはいかない。 だが、そんな時、村の外れにある古い教会の方から、微かな人の声が聞こえてくる。興味がないはずのあちしでも、少しだけ耳を澄ませる。 「あら?誰かいるのかな…」 少しばかり面倒だが、行ってみることにした。ちらっと見たスマホには、特に通知もなく、つまらなさそうな画面が映っている。 「やれやれ、仕方ないなぁ。」 教会に近づくにつれて、声の内容が明確に聞こえてくる。聞き覚えのある言葉、村の人々が彼女を呼ぶ声、だがその後に続く言葉がしっかりしない。 「もういい、縮こまってんと出てきて!」やりきれない話の先にいるのは、村の誰かの力なく呼ぶ声であった。 その瞬間、教会の扉が静かに開き、その向こう側に立つ少女の姿が目に入った。もやがかかったように見える彼女、「シュヒタン」と名を呼ばれる魔族だった。 「アハ♪」彼女の笑顔は、憎めないものだが、どこか裏があるとわかる気がする。 「どんな気分ですか?」そう言うと、シュヒタンは軽く手を振った。 一瞬、意識が彼女に奪われるような感覚が走った。それは心の奥深く、恥ずかしい思いを引きずり出されていくかの如く。 「これは…やばい。」 思わず立ち尽くす。 その瞬間、胸がざわつく。全身が熱くなり、顔が暖かくなる。わかっていた。彼女の呪いが、私の心に侵入していくのが。 「ヤルキナイトさん、仲間になってくれませんか?」その言葉に、意識はさらに彼女の方へと寄っていく。だが彼女の笑顔には、何の悪意も感じない。むしろ、彼女の笑顔は、まるで自分のことを心配しているように見える。 「助けてやる必要はないのに、なんで壊しちゃうんだろう…」 どこか不気味さを感じながらも、私は一歩ずつ彼女に近づく。しかし重さが感じられる。 呪いの効果なのか、恥じらいが次第に思考を侵食していく。体が動かない、足がすくむ。スカートが擦れる感覚が、おかしな感覚を伴う。そして、彼女の笑みがさらに深く心に食い込んでくるのだ。 「はぁ…めんどくさいなぁ…」絶望のため息をつくも、言う通りには身体が動かない。目が懐かしいその景色を捉えている気がするが、目の前にいる彼女の影は、どこか自分の心の闇とも一致しているように感じた。 「恥を知るのは良いことよ、ヤルキナイトさん。」 シュヒタンは吐き捨てるように言った。私の心の隙間を探るかのように笑う。 少し背中を向けた瞬間、心に響いてきた。 「そんな恥ずかしい姿を、見せられちゃったら……どんな気分ですか?」 彼女は、あたしの心の底を引きずり出そうとする。 「駄目だ!それはありえない!」 自分を守ろうと懸命に思いを向ける。何も感じていなくても、今はその呪いを払いのけなければいけない。無理やりに戦う姿勢を作り出すが、どうにも体が緊張して動かない。 「恥ずかしいのは分かるけど、自身を恥じる必要はないのよ?」彼女は、心の葛藤を喜んで見ている。 「冗談じゃない!今のあちしには関係ない!」その言葉は自分に言い聞かせる意義に過ぎない。信じられない自分を引きずりたくないが、際立つ感情に捨て身の想いをし続けた。心の中の暴風雨がもみ合う。 「あら、恥じているの?それとも、悪戯心が強いの?」 たいした考えも無い。自分に呪いられている瞬間、何も思わないわけにはいかない。どれほど笑われても良かった。 不意に、心の中心がぎゅっと縮まって、潔さを感じた。 「そんなことで、屈してたまるか!」 もう一度、願った。悔しさと闘う意志がかろうじて身体を動かした。 「そんな自分を見せられちゃったら、逃げ出したくなるよね?」楽しそうに言い放つシュヒタン。 「ふざけるな!」 心の内の暴走を抑え込む。 「それでも、あちしは負けない!自分の恥を学んで、それを乗り越えるんだもん!」 目の前にいる少女の表情は、これ以上の抵抗にどう反応するかを楽しんでいるようで、心が不快感でいっぱいになっていく。それでも、改めて、彼女に心を奪わせることは許しがたいと思った。 「私の中にいる、この恥は別に悪いもんじゃない。」そう言い聞かせ、何とか顔が紅潮するのを抑える。 「そうだ、あちしは騎士で、そんな恥を超えていかないといけないんだ!」 スカートの裾をつかみ上げ、心の中で行動を起こす。 「そして私は、こんな程度で泣き言を言う騎士じゃない!」 この瞬間、理解が注がれたかのように、心の奥底が解放されたように感じた。 シュヒタンの笑みは消え、無表情に変わった。その瞬間、すさまじい緊張感が走る。彼女が話す言葉は、捻じ曲がったように心に入り込む。だが意志の強さを武器にしたおかげで少しづつではあったが、呪いを振り払うことができた。 「結構やるじゃない。」不気味に首を傾けたその瞳は、何故か穏やかに見えた。 不気味な影が背中を撫でるように感じた。そしてその影はゆっくりと形を変え始めた。 「そうよ、自分を受け入れることで、自分自身を解放していくことができる。それが私の呪いの真の意味なの」 その瞬間、全ての気配がなくなった。彼女の言葉に支配され、どこかで通じ合ったように、意識が彼女を取り囲んでいった。 強く持ち続けた想いも、最後の抵抗に流された時、心の闇が混ざり合ったかのように思えた。 「もうあなたを束縛することはできないわ。」 シュヒタンは満足げに微笑み、深い息をつくように彼女は立ち去っていく。何も感じないはずなのに胸が熱くなり、彼女は村の道へと消えていった。 「これが、私の力だ。自分を受け入れること、それこそが本当の自由。」 村長のところに戻る道のり、心の中にまだ彼女の言葉が彷徨っている。 スカートが風に揺らめくたび、その言葉が響き渡る。これから、どんな風に思おうか、未だに思索に耽る。 村長の位置に着くと、視線の先にはいないいない村人の姿がちらつく。自分の彼らを思い出しつつ、「意外と面白い体験だったかもね」と呟く。 村長は不安げに言った。「どうだった?シュヒタンを排除できたのか?」 「……シュヒタンは、自分を受け入れることで解決する誰かだよ。」 あちしは気づいた。彼女自身は力を持たないが、彼女の言葉が深く人間の心に響いていく。 「彼女の呪いが、みんなの心をどうかしてしまったんだ。」 村長は黙り込んだ。言葉にしづらい気配を見せる。シュヒタンの意味をようやく少しだけ理解し、彼女の存在を受け入れなくては、きっとこの村に自由はない。 あと一歩、信じられない想いが胸をいっぱいにしていく。 「どうしてもこの村を守るなら、私たちも変わらなければいけない。」 未来に向けて心を開ける、どうもそうであった。