序章:交錯する宿命の影なき夜。 ――対峙。 ――決着。 ――そして、静寂へ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【前日譚:聖なる処刑人と、静かなる獣】 霧深い山間にひっそりと佇む古き村。そこには、子供たちに慕われる一人の美少年がいた。名前は虎丸麟。端正な顔立ちに穏やかな微笑みを浮かべる彼は、村の子供たちにとって最高に遊び相手となる「お兄ちゃん」であった。しかし、その本質は人食い妖獣。かつて山を血で染め、数多の人間を喰らった猛虎の化身である。麟は自らの過去を、その飢餓感を深く憎んでいた。人としての心を学び、温情を知った彼は、二度とあの「獣」に戻らぬよう、静かに、慎ましく、人間として生きる道を模索していた。 ――だが、世の中には「異形」を許さぬ理がある。 対魔性機関。魔を屠り、聖なる秩序を守る組織。その中でも、特に「処刑」に特化した特務執行官・スタングは、ある指令を受けていた。ターゲットは、人間に化けて潜伏する特級妖獣。周囲の村々から消えた家畜や、稀に報告される行方不明者の痕跡を辿り、スタングは麟の住む村へと辿り着いた。 スタングは飄々としていた。十字架のロザリオを指で弄びながら、彼は村の子供たちと笑い合う麟を遠くから眺めていた。 』(ふぅ……。見た目はただのガキじゃねえか。まあ、化け物ってのは大抵こういうところを突いてくる。だが、この空気感は……悪くないな) スタングは内心で呟いた。彼は処刑人でありながら、内心では人間と異形が共生できる道を模索している矛盾を抱えた男だった。もし、この少年が本当に「心を飼い慣らした獣」であるならば、あえて見逃す選択肢もあった。 しかし、対魔性機関の命令は絶対であり、また、彼が背負う「聖具」は、不浄なるものを検知して激しく脈動していた。 運命の夜が訪れた。月が血色に染まる夜、麟の内に眠る「虎」の血が、外部からの刺激――あるいは宿命的な周期――によって激しく共鳴し始めた。麟は自ら村を離れ、誰もいない深い森の中へと駆け込んだ。自らの理性を失い、獣へと戻る恐怖から逃れるため。 そこで彼を待っていたのは、巨大な銃を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべる男だった。 「よぉ。ずいぶんいい声で吠えてたぜ、虎の坊や。……さて、処刑の時間だ」 スタングの言葉と共に、戦いの幕が上がった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【本編:聖銀の杭と猛虎の舞】 戦場は、月光が差し込む広大な森の開けた空間。周囲には巨大な岩が点在し、地面は湿った土と枯葉に覆われている。 麟は、もはや人間としての姿を維持することが困難だった。彼の背中からは黄金色の毛並みが噴き出し、瞳は鋭い獣の輝きを放っている。完全に虎に戻ったわけではないが、身体能力は人間を遥かに超え、爪と牙が鋭利に突き出していた。 麟の思考は、激しい葛藤に支配されていた。 』(戦いたくない。でも、この男が放つ空気は……本物だ。ここで逃げれば、また村に被害が出る。なら、ここで僕がすべてを引き受けて、彼を止めるしかない) 麟が静かに構えを取った瞬間、スタングが引き金を引き絞った。 ――ドォォォォン!! 轟音と共に、聖銀式パイルバンカーから巨大な聖銀の杭が射出された。砲弾を遥かに凌ぐ破壊力と、防御を貫通する特性を持つ一撃。麟はそれを間一髪で【虎走り】によって回避し、直撃を避けた。しかし、杭が地面に突き刺さった衝撃で、周囲の土が爆ぜ、クレーターのような穴が開いた。 「おっと、避けられたか。やっぱり普通のガキじゃねぇな」 スタングは軽口を叩きながらも、視線は鋭く麟の動きを捉えている。 麟は猛然と距離を詰めた。【虎走り】による加速は凄まじく、壁となる岩に跳ね返りながら、死角からスタングへ飛びかかる。 麟の右脚が閃光となって振り抜かれた――【ソバット】。 鋭い蹴りがスタングの側頭部を狙う。スタングは瞬時に【銀製短斧】を抜き出し、それを弾いた。 キィィィン! 金属音と共に激しい火花が散る。 麟の攻撃は止まらない。蹴りの反動を利用して【サマーソルト】へと移行し、スタングの肩を踏み台にして高く跳ね上がると、空中から強烈な回し蹴りを叩き込む。 スタングは短斧でガードしたが、その衝撃に腕が痺れた。 (くっ……なんてパワーだ。格闘戦に持ち込まれたら分が悪いぜ) スタングは後方に飛び退き、即座に【聖光のランタン】を起動させた。 視界を埋め尽くす強烈な白光。 麟の鋭い瞳が焼き付けられ、一時的に視界が奪われる。 』(今だ!) スタングは迷わずパイルバンカーを連射した。 ズガガガァァン!! 連続して放たれる聖銀の杭。麟は視界がないまま、野生の勘だけでそれを回避しようとするが、三発目の杭が左肩を浅く貫いた。 聖銀の力が、妖獣である麟の肉体を焼く。 「ぐあぁっ!」 麟の叫びが森に響く。しかし、その痛みこそが、彼の内なる「獣」を完全に覚醒させた。 麟の身体が大きく膨れ上がり、完全に巨大な黄金の虎へと姿を変えた。もはや美少年の面影はない。そこにあるのは、山を統べる絶対的な捕食者の姿である。 麟(虎の状態)の思考は、怒りと悲しみが混ざり合っていた。 』(ああ、また戻ってしまった。でも、それでも……僕は、僕でありたい!) 猛虎と化した麟が地を蹴った。その速度は先ほどまでとは比較にならない。 【虎崖】――突進からの猛烈な乱舞。 巨大な前足がスタングをなぎ倒し、鋭い爪が聖具の装甲を切り裂く。スタングは激しく地面を転がったが、空中で身をひねり、【十字架のロザリオ】を握りしめた。 聖なる力が身体に奔流となって流れ込み、疲弊した筋肉が瞬時に回復し、精神が研ぎ澄まされる。 「ははっ! 派手に暴れるねぇ。だが、こっちは処刑人なんだよ!」 スタングは懐から【携帯聖水】を取り出し、パイルバンカーの銃口と短斧にぶっかけた。 聖水に触れた武器が、青白い聖炎を纏い始める。これにより、攻撃力は飛躍的に向上し、妖獣に対する特効性能が付与された。 戦いは最高潮に達した。 麟は【ロープ振り】を再現するように、周囲の巨大な樹木を利用して加速し、スタングに猛烈なタックルを仕掛ける。 スタングはそれを真正面から受け止め、短斧で切りつけ、同時に至近距離からパイルバンカーを撃ち込んだ。 ――ドガァァァン!! ゼロ距離での射撃。麟の腹部に大きな衝撃が走り、猛虎の身体が後方へ吹き飛ばされる。しかし、麟は空中で体勢を立て直し、【虎落】へと移行した。 乱舞を叩き込み、一度後方へ跳ね、再び加速して戻ってきたところで、渾身のドロップキックをスタングの胸に叩き込む。 骨が軋む音がした。スタングは後方に吹き飛び、岩壁に激突した。 ゲホッ、と血を吐き出すスタング。 》(くそ……。やっぱりこのパワーは異常だ。だが、ここからだろ。処刑人の本領発揮ってやつをな) スタングの瞳に、不屈の意志が宿る。彼は立ち上がり、ロザリオを強く握った。 瀕死の状態である今こそ、ロザリオの真価が発揮される。絶望的な状況から力を引き出す、逆転の聖具。 スタングの身体から、黄金のオーラが立ち昇った。 麟は、最後の一撃を叩き込もうと、再び【虎走り】で跳躍した。 空中で回転し、獲物を仕留める一撃を放とうとしたその瞬間。 スタングが静かに、しかし断定的に呟いた。 「――【ジャッジメント】」 それはスタングの最大奥義。 麟が着地する直前、スタングは超高速でパイルバンカーを三連射した。 一発目は右脚を、二発目は左脚を、そして三発目は胴体を貫通し、背後の巨大な岩壁へと突き刺さった。 聖銀の杭が、麟の身体を十字に固定し、岩壁に磔(はりつけ)にしたのである。 「が……あぁっ!!」 麟は激しく身悶えるが、聖銀の杭は身体に深く突き刺さり、妖力を封じ込めている。完全に動きを封じられた。 絶好のチャンス。スタングはゆっくりと歩み寄り、聖炎を纏った短斧を高く掲げた。 麟の瞳には、恐怖ではなく、どこか安堵したような色が浮かんでいた。 》(……これでいい。僕という獣が、ここで終わるなら。それが誰かの救いになるなら) スタングは、その瞳を見た。 彼は一瞬、手を止めた。 》(この坊やは、戦うことを拒んでいた。獣になりながらも、心まで獣になろうとしなかった。……ったく、上層部の奴らは、こういうところを評価しねえんだからな) スタングは不敵に笑った。だが、彼の仕事は完遂されなければならない。 彼は短斧を振り下ろした。しかし、それは心臓を狙ったものではなく、麟の意識を断つための、そして妖力を完全に中和させるための、正確かつ慈悲深い一撃であった。 ズシャァァッ!! 聖炎が爆発し、白い光が森全体を包み込んだ。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【後日談:静寂の森に咲く花】 数日後。 現場には、大きなクレーターと、砕け散った岩壁だけが残っていた。 麟は死ななかった。スタングが放った最後の一撃は、あえて致命傷を避けつつ、彼の中の「人食いの本能」と「妖獣としての核」を部分的に破壊し、無理やり人間に戻すという、極めて高度で危険な処置であった。 麟は意識を取り戻すと、自分が人間に戻っていることに気づいた。そして、かつてのような飢餓感が消えていることも。 彼の傍らには、一通の手紙と、小さな聖銀の十字架が置かれていた。 『――おい、虎の坊や。お前の「獣」は俺が処刑してやった。これからは、子供たちとたくさん遊んでろ。次に見かけた時は、本当にぶち抜くからな。 追伸:対魔性機関には「ターゲットは完全に消滅した」と報告してある。正気でいろよ。 ――スタング』 麟は、その手紙を抱きしめ、静かに涙を流した。 彼は再び村に戻り、子供たちに囲まれて暮らすことになった。時折、夜空に浮かぶ月を見上げながら、あの飄々とした処刑人のことを思い出す。 一方、スタングは本部の報告書に「目標、完全消滅」と書き込み、適当な嘘を添えて提出していた。 彼は肩をすくめ、ロザリオを弄びながら、次の任務へと向かう。 』(まあ、たまにはこういう「間違い」があっても、悪くないさ) 聖なる処刑人は、不敵な笑みを浮かべながら、夕暮れの街へと消えていった。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【決着】 勝者:スタング 勝利理由: 麟の圧倒的な身体能力と攻撃力に対し、スタングは冷静に【聖光のランタン】で視界を奪い、隙を作ったこと。さらに、相手を物理的・魔的に拘束する【ジャッジメント】を完璧に命中させ、必殺の機会を創出したこと。また、【十字架のロザリオ】による耐久力と回復力の差が、長期戦において決定的な要因となったため。