第一章:地響きと緑の悪夢 空を覆うほどの高い草が、風に波打つ見渡す限りの草原。中世の風景を彷彿とさせるその静寂を切り裂いたのは、不釣り合いなエンジンの爆音だった。ベーリンガー製ウニモグが、草をなぎ倒しながら猛進する。運転席のカールが陽気に笑い、助手席のアウグストが丸眼鏡を指で押し上げた。 「おいアウグスト!見てみろよ、この草原!最高のピクニック日和じゃねえか!」 「カール、仕事に集中しろ。依頼された『異常生物』の反応はこの辺りにあるはずだ」 彼らの後方には、およそ相容れない同行者がいた。聖職者の装束に身を包み、半面ガスマスクで顔を隠した男、VeN.X。彼は不気味な静寂を纏い、身の丈ほどもある緑青色の銅鎌を杖のように突き、淡々と歩を進めていた。そしてもう一人。あるいは「一つ」。色彩の乱れた砂嵐のような姿をした、厚みのない二次元の異形――バグ。それは空間を文字通り「切り貼り」するように移動し、時折ノイズのような不快な音を撒き散らしている。 さらに彼らの周囲を固めるのは、無機質なタクティカルアーマーに身を包んだEmily L White。TAG.スケルトンズの個体である彼女は、感情を排した動作でML-3軽機関銃を構え、周囲を警戒していた。生きた人間ではない彼女にとって、この異様なパーティに違和感はない。ただ命令に従い、標的に銃口を向けるのみである。 その時だった。突然、大地が激しく震えた。ウニモグの車体が大きく跳ね、カールがハンドルを必死に抑える。 「うおっ!?地震か!?」 地響きは次第に大きくなり、やがて彼らの目の前の地面が、巨大な盛り上がりを見せた。ドロリとした粘土質の土が弾け飛び、そこから「それ」が姿を現した。 山のような巨躯。不気味にうねる節くれだった皮膚。芋虫のような姿をした大いなる飢餓、――『大芽食らい』。その巨体は、彼らが遮蔽物にしようとした高い草を、まるで絨毯のように踏み潰して這い出してきた。生物としての威圧感というよりも、歩く災害に近い。その複眼のような器官が、獲物を定めるように彼らを捉えた。 「……神も仏もいないか。こんな醜悪なものを地に放つとはな」 VeN.Xが冷酷な声を漏らす。彼はガスマスクの下で、嘲笑するように口角を上げた。彼にとって、この怪物の出現さえも、信仰という幻想を打ち砕くための材料に過ぎない。 『大芽食らい』は咆哮さえ上げなかった。ただ、獲物を認識した瞬間、その巨体に似合わぬ爆発的な加速で地面を蹴った。目標は、最も騒がしい音を立てていたウニモグと、その周囲にいる者たちだ。 「うわあああ!速い!速すぎるぞ!!」 カールの悲鳴が上がる。正面から突き進んでくる肉の壁。回避するにはあまりに速く、あまりに巨大だった。Emilyが即座に軽機関銃を乱射し、火線が怪物の皮膚を叩く。しかし、弾丸は厚い皮下に弾かれ、ほとんど効果を成していない。金属音が虚しく響き、弾丸は潰れて地面に転がった。 「チッ、硬すぎるな!」 カールが慌てて車から飛び降り、愛用のパイプレンチを振り回す。同時にアウグストが後方から支援の叫びを上げた。だが、突進の衝撃は避けられなかった。凄まじい衝撃波と共に、ウニモグの車体が横転し、参加者たちは四方へと弾き飛ばされる。 砂塵が舞う中、バグが不気味に点滅した。文字化けした言語が空間に浮かび上がり、彼らの視界を乱す。だが、そのバグさえも、目前に迫る巨体の質量には抗えない。大芽食らいは、ただひたすらに、目の前のすべてを喰らい尽くさんと、その身をうねらせていた。 第二章:絶望の肉壁と共闘の火花 転がった体を引きずりながら、カールが口から出た土を吐き出した。 「あいたたた……!なんて馬力だ、あのアマ!車がボコボコじゃねえか!」 「文句を言うなカール!生きていることを喜べ!」 アウグストが素早く立ち上がり、既に次なる策を講じていた。彼は懐から小型の起爆装置を取り出し、周囲の草むらに仕込んだ解体用爆薬の起爆スイッチに指をかける。一方、VeN.Xは静かに銅鎌を構えていた。彼の周囲には、どろりとした死の気配が漂っている。 「祈りを止めよ。既に貴様は見放された」 VeN.Xが低く、冷徹に呟く。彼は一気に距離を詰めると、銅鎌を天高く振り上げた。その軌道は物理法則を無視した異様な曲線を描き、鋭い一閃が『大芽食らい』の側面に叩き込まれた。――【 神嗤う死神の大鎌 】。空間を断絶するような一撃が怪物の肉を切り裂く。しかし、返ってきたのは手応えのなさと、驚異的な回復力だった。深く切り裂かれたはずの傷口が、盛り上がった肉によって瞬時に塞がっていく。 「……なるほど。肉が厚すぎるな」 VeN.Xの瞳に、わずかな苛立ちが混じる。そこに、Emilyの銃撃が再び降り注いだ。DAOセミオート拳銃への切り替え、至近距離からの連射。しかし、それでも決定打にはならない。すると、不意にバグが動いた。バグは一瞬にしてEmilyの背後に「消失」し、そのまま彼女の意識へと「寄生」した。Emilyの動きが急変し、機械的な動作から、不自然にカクついた、まるでコマ送りのような挙動へと変わる。 「おい!あのアンドロイドが変な動きをしてるぞ!」 カールの指摘通り、寄生されたEmilyは、軽機関銃を地面に向けて乱射し、その反動を利用して空中に跳ね上がった。バグはEmilyの身体を媒介に、怪物の頭上へと飛び移る。そして、「バグらせる」能力を発動させた。怪物の挙動が一瞬、不自然に停止し、空間的に「座標」がずれる。その隙を、アウグストが見逃さなかった。 「今だ!食らえ!!」 轟音と共に、地面に仕掛けられたダイナマイトが一斉に爆発した。土柱が上がり、火炎が『大芽食らい』の腹部を包み込む。凄まじい爆風に、巨体が大きくのけぞった。しかし、この攻撃ですら、怪物を完全に沈めるには至らない。むしろ、攻撃を受けたことで怪物の本能に火がついたようだった。 激痛に耐えかねた『大芽食らい』が、狂ったように周囲を暴れ始めた。巨体を左右に振り回し、近くにいたカールとアウグストを押し潰そうとする。草むらがなぎ倒され、大地が陥没する。 「うわああ!こっちに来るな!!」 カールが必死に逃げ惑うが、怪物のリーチは意外に長い。絶体絶命の瞬間、VeN.Xがその間に割って入り、銅鎌で巨体の突進を強引に受け止めた。金属と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。VeN.Xの足元の土が深く抉れるが、彼は表情一つ変えない。 「貴様の飢えなど、私の絶望に比べれば瑣末なものだ」 そのとき、バグが再び「消失」し、元の姿に戻って現れた。バグは文字化けした言語を高速で出力し、まるで笑っているかのように激しく明滅している。この混沌とした戦いの中で、唯一、この状況を楽しんでいる者がいるとしたら、この不気味な二次元の存在だけだろう。 第三章:暴食の嵐、そして静寂へ 戦いは数時間に及んだ。参加者たちは疲労困憊していた。カールはもはや陽気さを失い、ボロボロになったツナギで肩で息をしている。アウグストの爆薬も底をつきかけ、Emilyはバグの寄生によって装甲にいくつもの亀裂が入っていた。対して、『大芽食らい』は、皮膚に無数の傷を負いながらも、その生命力で無理やり体を動かしていた。 そして、怪物が「最終段階」に入った。これまでの突進とは比較にならない、禍々しい気配が漂い始める。 「……来るぞ。今までとは違う」 VeN.Xが鎌を強く握りしめた。怪物が低く身構えたかと思うと、周囲の草をすべてなぎ倒しながら、猛烈な勢いで暴れ散らかし始めた。――《暴食の突進》。それはもはや誰か一人を狙った攻撃ではなく、戦場にいるすべてを粉砕し、蹴散らそうとする破壊の嵐だった。 「逃げろ!避けるしかねえ!!」 カールの叫びと共に、一行は散開する。しかし、その速度と範囲に逃げ場はない。アウグストが必死に設置した最後の罠を起動させるが、怪物はそれを無視して突き進み、爆炎を突き破って現れた。衝撃波だけで、参加者たちは木の葉のように吹き飛ばされる。 バグが必死に「消失」と「復活」を繰り返し、仲間たちの被害を最小限に抑えようとするが、あまりの暴走ぶりに、その操作さえも追いつかなくなる。Emilyは衝撃で地面に深く埋まり、カールはスレッジハンマーを構えて全力で迎え撃とうとしたが、巨体の質量に押し流され、草原の彼方まで転がっていった。 「ならば、私が手を下そう」 最後に立ち上がったのは、VeN.Xだった。彼の聖職者の装束は泥と血に汚れ、ガスマスクの一部が割れている。だが、その瞳には、神を捨てた者特有の、澄み切った狂気が宿っていた。彼は全神経を銅鎌に集中させ、最後の一撃を叩き込むために踏み出した。 しかし、その瞬間だった。 暴れ狂っていた『大芽食らい』が、突如として動きを止めた。激しい呼吸を繰り返し、周囲を見渡した怪物は、満足したのか、あるいは戦いに飽きたのか、ゆっくりとその巨体を地面へと沈め始めた。 「……何?逃げるのか?」 アウグストが呆然と呟く。怪物は抵抗なく、泥のような土の中へと潜り込んでいく。一度、二度と、地表に現れる気配はない。つい先ほどまでそこにあったはずの巨大な質量が、嘘のように消え去り、後に残されたのは、無残に抉られた大地と、なぎ倒された草原だけだった。 静寂が戻った。 カールがゆっくりと起き上がり、空を見上げた。雲ひとつない青空が広がっている。 「……なんだよ、あいつ。結局、食い足りなかったってことか?」 アウグストが溜息をつきながら、壊れた眼鏡を直した。Emilyは無感情に銃の手入れを始め、バグは再び文字化けしたノイズを出しながら、どこかへ消えていった。 VeN.Xは、静かに銅鎌を収めた。彼は地中のどこかへ消えた怪物の気配を感じながら、独りごちた。 「救いなど、どこにもない。あるのはただ、空腹と絶望だけだ」 彼らは互いに言葉を交わすことなく、それぞれの方向へ歩き出した。戦いは決着しなかった。だが、彼らの心には、あの得体の知れない巨大な飢餓の記憶が、消えない傷跡のように深く刻まれていた。 合計与ダメージ量:742ダメージ