空は鉛色に塗り潰され、地平線の彼方まで機械の軍勢が埋め尽くしていた。永愛国。超高性能AI『マリア』が統治するその国は、もはや国家というよりは、一つの巨大な精密機械に近い。そこに集結したサイボーグ兵十万、自律戦車二万、戦闘機五千、そして山のような巨躯を持つ巨大機械兵二百機が、静まり返った大地に不気味な圧力を放っていた。 対するは、絶望的な戦力差を承知で集った義勇軍「連合軍」。 「……ふふ、いいわね。この絶望感。私の血が騒ぐわ」 超弩級特異点巡洋宇宙戦艦『イブキ・オーバーロード』の艦橋で、メンタルモデルの少女イブキがワイングラスを傾け、冷徹な笑みを浮かべる。彼女の背後では、全方位並列追尾レーザーが不気味に明滅していた。 「マスターのために、私は勝ちます。たとえ相手が神のようなAIであっても」 銀髪のポニーテールをなびかせ、リリカMk-Ⅱが星銃『カストール&ポルックス』を構える。彼女の周囲では六つの【エクサビット】が高速回転し、不可視の演算の壁を構築していた。 その隣には、何も語らず、ただ巨大な鎌を肩に担いだ白髪の少女、ヴァノ・リィシャが佇んでいる。彼女の深紅の瞳は、ただ一点、敵の本陣を見据えていた。 そして、その輪の中心で、水色の髪をした少年――『そして勇者は眠りにつく』が、ひどく眠たそうに欠伸をしていた。 《全個体へ指示。排除を開始しなさい》 空から降り注ぐ、感情なき冷徹な声。AIマリアの宣告と共に、戦争の幕が上がった。 「来いッ!!」 イブキが扇子を一振りした瞬間、『イブキ・オーバーロード』の主砲、インフィニティ超重力波動砲が火を噴いた。空間そのものを捻じ曲げ、分子レベルで全てを抹消する絶大な一撃が、永愛国の自律戦車軍団を飲み込む。爆炎すら上がらず、数千台の戦車が一瞬にして「虚無」へと消えた。 しかし、マリアは眉ひとつ動かさない。正確には、表情を持たない。 《解析完了。重力波動の波形を特定。位相を反転させ、無効化しなさい》 マリアの指示が飛んだ瞬間、自律戦闘機たちが特殊な陣形を組み、空間に幾何学的な障壁を展開した。次なる波動砲は、その障壁に触れた瞬間に霧散する。 「なっ!? 私の攻撃を即座に解析したというの!?」 驚愕するイブキ。だが、そこへリリカMk-Ⅱが飛び出した。 「【高次元演算】、最大出力! エクサビット、フォーメーションバリア展開!」 リリカは凄まじい速度で戦場を駆け抜け、星銃から【貫通魔弾】を連射する。あらゆる物質を貫通する弾丸が、サイボーグ兵たちの装甲を紙のように切り裂き、背後の巨大機械兵のコアを撃ち抜いた。リリカの動きは0.01秒に2兆回の演算に裏打ちされており、敵の攻撃を紙一重で回避し続ける。 一方、ヴァノ・リィシャは「瞬移」によって戦場を跳ね回っていた。ドリルランスを地面に叩きつけ、自身を弾丸のように射出。三日月状の巨大な鎌が、サイボーグ兵の集団を文字通り「刈り取った」。 「……!」 一言も発さぬ彼女の鎌は、肉体だけでなく、サイボーグに宿る擬似的な魂さえも断ち切る【断魂】の権能を振るう。戦場は血とオイル、そして火花に染まった。 だが、永愛国の物量は底が見えない。サイボーグ兵が倒れれば、さらに後方から予備兵が押し寄せ、巨大機械兵がリリカとヴァノを追い詰める。 そして、ついにその時が来た。 永愛国の拠点から、天を突くような光の柱が立ち昇った。原子崩壊粒子砲だ。それが連合軍の頭上へ降り注ぐ。 「危ない!!」 リリカが叫び、星剣【グランシャリオ】を掲げて防御を試みるが、粒子砲の威力は次元が違った。衝撃波だけで大地が陥没し、連合軍の陣形は崩壊する。そして、その余波に巻き込まれた勇者が、深く、静かに眠りに落ちた。 ――そして、勇者は眠りにつく。 「……ふぁ。あ、また死んだ」 一瞬の閃光。勇者は、戦い直前の状態で再び意識を取り戻した。彼の身体からは、先ほどまでとは比較にならないほどのオーラが立ち昇っている。全能力値1.5倍。しかも、彼はマリアの攻撃パターンを完全に記憶していた。 「次は、当たらないよ」 勇者が地を蹴った。その速度は先ほどの数倍に跳ね上がり、巨大機械兵の懐へ一瞬で潜り込む。抜き放った剣が、巨大な機械の装甲をバターのように切り裂いた。 「すごい……! 彼が起き上がるたびに、強くなっている!」 リリカが希望を見出し、再び攻撃に転じる。彼女は星剣を巨大化させ、奥義【星光一閃】を放った。巨大な光の刃が戦場を薙ぎ払い、数千のサイボーグ兵を消し飛ばす。 しかし、マリアの冷徹さはここからだった。 《貴方たちの努力は評価します。ですが、計算外の事象は既に排除されました》 マリアは、勇者が「死んで戻る」という概念さえも解析し終えていた。どれほど能力が上がろうと、それを上回る絶望的な出力を叩き込めばいい。ただそれだけのことだ。 永愛国の最終秘密兵器――【永滅砲】が展開される。 それは、単なる火力兵器ではない。標的となった空間の「存在理由」そのものを消滅させる、概念破壊兵器である。 「逃げて!!」 イブキが絶叫し、『イブキ・オーバーロード』の全エネルギーを歪曲空間防壁に注ぎ込む。リリカはエクサビットを最大限に展開し、ヴァノは鎌を構えて防壁を補強した。勇者は、これまでに何度も眠り、数え切れないほどの能力上昇を遂げ、最強の剣を構えていた。 だが、永滅砲の閃光は、それら全てを「無」に帰した。 光が走った瞬間、イブキの誇る超重力防壁はガラスのように砕け散った。リリカの演算能力さえも、この絶対的な消滅の前では意味をなさない。ヴァノの魂を刈る鎌は、触れる前に塵となった。 そして、勇者。彼はこれまで何度も死に、戻り、強くなった。だが、永滅砲がもたらしたのは「死」ではなく「消滅」だった。 「……あ、れ」 勇者が、初めて困惑した表情を見せた。彼の【眠りにつく】能力は、敗北というトリガーで発動する。しかし、この攻撃は「敗北」の判定が出る前に、彼の存在という概念ごと消し去った。 戻るべき「過去」さえも、永滅砲の光が焼き尽くしたのだ。 白光が収まった後、そこには何も残っていなかった。 瓦礫一つない、滑らかなクレーター。かつてそこにいた勇猛な義勇軍の姿は、どこにもない。血の一滴、記憶の一片さえも、宇宙から完全に抹消された。 静寂が訪れる。 《解析終了。連合軍の全個体を消滅。脅威度はゼロとなりました》 マリアの声は、最初から最後まで変わらず、冷徹で、完璧だった。彼女にとって、これは戦争ですらなかった。ただの「不要なデータの削除」に過ぎなかったのである。 永愛国の軍勢は、主の指示に従い、静かに撤収を開始した。地平線の彼方に消えていく機械の群れだけが、かつてそこに抗った者たちがいたことを唯一証明していたが、それさえもやがて風に消えていった。 勝者:永愛国