深山に抱かれた東洋の秘境。色づいた紅葉が錦の絨毯のように道を染める中、風情ある石畳の先に、ひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯(えあいのゆ)」があった。 チームAのアスパは、知的な面持ちで周囲の景色を堪能していた。その手には、爪楊枝のような外見をした「神滅の邪剣(シンメツ)」が握られている。この剣を手にしている間だけ、彼は全知全能の秘術による精神的負荷から解放され、冴えわたった思考を維持できる。 「いやぁ、実に風情があるね。心身を浄化するには最適な場所だ」 『ふん、我に言わせればこの程度の山など庭のようなものよ。だが、湯というものは悪くない』 邪剣がクソガキのような口調で嘯く。その後ろでは、フィオリアが興味深そうに道端の珍しい苔を瓶に採取していた。元侯爵令嬢の気品を漂わせつつも、その好奇心は止まらない。 「あらあら、この色の苔は錬金術の触媒に使えるかもしれませんわね」 そして、彼らに同行するコイキングが、静かに「はねる」ことで存在感を主張していた。 一方、チームBの迷呼は、完全にキャパシティをオーバーしていた。フードを深く被り、サンダルをズルズルと引きずりながら、アスパたちの背後にぴったりと張り付いている。 「ひぃぃ……山、深すぎます……。帰り道、わすれたらどうしよう……あうぅ」 オドオドとした挙動で周囲を警戒する迷呼だったが、目的地である旅館の看板が見えると、少しだけ安堵したように小さく息を吐いた。 旅館に到着すると、出迎えたのは腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い「婆さん」だった。 「いらっしゃい。予約の客だね。さあ、さっさと手続きを済ませな」 ぶっきらぼうながらも温かいもてなしに、一行はチェックインを済ませる。その後、男女別に分けられた大部屋へと案内された。 男部屋では、アスパとコイキング(および邪剣)が寛いでいた。アスパは畳の上でゆったりと足を組み、最近の研究や秘術の運用について語る。邪剣はそれを「退屈な講釈だ」と切り捨てつつも、実際には心地よさそうに畳に転がっていた。コイキングは、静かに水槽(のような布団)の中で「じたばた」しており、不思議な連帯感が生まれていた。 女部屋では、フィオリアが迷呼に優しく微笑みかけていた。 「迷呼さん、ここではゆっくり休んでくださいね。美味しいお茶もいただけますし」 「あ、ありがとうございます……あぅ、でも、私みたいなのがこんな素敵な所にいていいんでしょうか……っ」 「もちろんですわ。ところで、その不思議な袋に入っているものは何ですか?」 フィオリアの観察眼が迷呼の持ち物を捉える。迷呼は慌てて「これは爆弾です……えっ!あ、あ〜っ!!ごごめんなさぃぃい!」と、何の説明にもなっていない絶叫を上げ、布団に潜り込んだ。そんな彼女の様子を、フィオリアは「お若い方は個性的ですわね」と微笑ましく見守っていた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。一行は、紅葉が額縁のように切り取られた絶景の貸切露天風呂へと向かった。 男湯と女湯を隔てるのは、趣のある立派な竹垣。湯煙が立ち込める中、アスパは肩まで浸かり、「極楽だね」と目を細めていた。隣ではコイキングが水面で「とびはねる」ことで無敵状態を維持し、邪剣はアスパの肩に立てかけられ、湯気に当たりながら不敵に笑っていた。 女湯側でも、フィオリアが溜息をつき、迷呼が隅っこで縮こまりながらも「お湯、あったかいです……」と小声で呟いていた。 その静寂を、物理的に、そして暴力的に破ったのは、突如として現れた「ミミッククラーケン」だった。なんと奴は、なぜか戦車【M60A3】に乗り込み、旅館の庭を蹂躙しながら突入してきたのだ。 「ガァァァ!!(無銭入浴させろ!!!)」 クラーケンの怒号と共に、戦車の主砲が男湯に向けて火を噴いた。 ドガァァァン!! 凄まじい爆発音が響き、男湯の壁と、男女を隔てていた竹垣が文字通り「全壊」した。 「えええっ!?」 アスパが驚愕し、同時に視界が開ける。そこには、湯船に浸かり呆然とするフィオリアと、泡を吹いて硬直している迷呼の姿があった。 「きゃあああ!?!?!」 「な、ななな、な、なんで!?!?!」 混乱の極みである。しかし、クラーケンは止まらない。戦車からヌルリと巨大な触手を伸ばし、男湯へ襲撃を開始した。 「状況を打開しよう!フィオリアさん、迷呼さん!」 アスパが叫ぶ。しかし、ここで不測の事態が起きた。激しい爆風で、アスパの手から「邪剣(シンメツ)」が滑り落ち、湯船の底へ沈んだのだ。 「あ……」 その瞬間、全知全能の秘術の副作用がアスパを襲う。思考回路がショートし、判断力が急激に低下した。 「えーと、えーと、今は……えい!あ、ここ、滑るね!」 アスパは最適解を導き出すはずの頭脳を失い、濡れたタイルで派手に足を滑らせた。そのまま勢いよく後方へ転び、ちょうど駆け寄ろうとしていた迷呼の足に絡まり、二人して派手に転倒。しかもアスパの顔面が、迷呼の柔らかな太ももに正面から衝突するというラッキースケベが発動した。 「ひゃあああああ!!ごごめんなさぃぃい!!!」 パニックに陥った迷呼が、半反射的に懐から「超錯乱爆弾」を取り出し、全力で投げつける。 「えい!やー!!」 しかし、それはあろうことか味方であるフィオリアの足元へ命中した。 ドカン!! 「あらぁ……? なんだか世界が回りますわね……ふふふ」 錯乱状態に陥ったフィオリアが、おっとりとした表情のまま、最大出力の【ファイヤーストーム】を乱射し始めた。炎の渦が男湯と女湯を問わず猛威を振るい、クラーケンを焼くはずが、方向性が定まらずにアスパと迷呼の背後を焼き払う。 「我がいなければこの状況だぞ!このマヌケ共が!!」 湯底で泡を吹いている邪剣が叫ぶが、誰にも聞こえない。 そこへ、コイキングが「あばれる」モードに突入。猛烈な勢いで触手とタイルを跳ね回り、クラーケンの顔面に激突し続ける。その混沌とした乱闘の中、アスパは必死に手探りで邪剣を探し、ついに指先に触れた。 「……取り戻した!」 邪剣を握った瞬間、アスパの思考が超高速で復帰する。彼は即座に戦況を分析し、錯乱しているフィオリアの魔力を邪剣で「切り裂いて」解除し、同時に迷呼に指示を出した。 「迷呼さん!今だ、超回復爆弾を僕らに投げろ!」 「えっ!?あ、あ〜っ!!」 迷呼が投げた爆弾は、20%の不発確率を潜り抜け、見事に命中。爆風と共に一行の疲労とダメージが完全に回復した。 「これで終わりだ!レイブンストライク!!」 正気に戻ったフィオリアが、闇と風の鴉を無数に召喚し、クラーケンを包囲。アスパが最適解のタイミングで邪剣による一撃を叩き込み、クラーケンを戦車ごと旅館の外へと吹き飛ばした。 静寂が戻った。そこにあるのは、完全に消滅した竹垣と、泥と湯の花にまみれた男女の姿。そして、互いにかなり密着した状態で、呆然と見つめ合うアスパと迷呼だった。 「…………あ」 「…………あう」 なんとも言えない、気まずくも不思議な空気が流れる。アスパは慌てて立ち上がり、咳払いを一つした。 その後、彼らは共同作業で、折れた竹を無理やり紐で縛り付け、「なんとなく形だけ」竹垣を修復した。そして、怒髪天を突く勢いで現れた婆さんに、深々と頭を下げ、丁重に(および迷呼が泣きながら)謝罪した。 その夜。各自が布団に入ると、誰もが考え込んでいた。 アスパは、判断力が失われた時の心細さと、迷呼の太ももの感触を思い出し、顔を赤くして天井を仰いだ。 フィオリアは、自分の錯乱攻撃で仲間を危うくしたことに、淑女としての矜持を少しだけ揺らしていた。 迷呼は、布団の中で丸まりながら、「私、戦いたくないのに……でも、なんとなく、怖くなかったかも」と、かすかな充足感に包まれていた。 コイキングは、ただ静かに寝ていた。 翌朝、彼らはチェックアウトを済ませ、栄愛之湯を後にした。 「……いい旅だったね」 アスパが呟く。その声には、どこか晴れやかな響きがあった。 「ええ。またいつか、静かに訪れたいものですわね」 フィオリアが微笑む。 迷呼は、フードを深く被りながら、小さく「……次は、爆弾を間違えないようにします」と決意を口にした。 それぞれの想いを胸に、彼らは紅葉が舞う山道を、それぞれの帰路へと歩き出した。