富士の頂に、静寂と殺気が同居していた。 雲海を眼下に、日本の象徴たる霊峰の山頂。そこには、およそこの世のものとは思えない美貌を持つ女が立っていた。背中まで届く輝くような銀髪が、冷たい山風に舞い、黄金色の瞳は、獲物を見据える捕食者のように鋭く、そして妖艶に細められている。緑色の軍服に身を包み、頭には黒色の軍帽。可憐さとスタイリッシュさが同居したその姿は、戦場に咲いた毒花のような絶世の美女――羽学連盟・浪漫部隊隊長、ロマ・フォウンであった。 「あら……ふふ。わざわざ私を討つためにここまで登ってきてくれたなんて。嬉しいわね、可愛らしい子猫ちゃんたち」 ロマ・フォウンは、余裕たっぷりに口端を吊り上げ、扇子で口元を隠しながらクスクスと笑った。その声は甘く、聞く者の精神を蕩けさせる魔力を持っている。しかし、その内側に秘められたのは、数多の闇の組織を壊滅させてきた冷酷な破壊神の片鱗であった。 彼女の対面に立つのは、二人の異能なる参加者。一人、緑色の髪に特異な制御装置を頭に付けた少年、楠雄。そしてもう一人、その肩にちょこんと乗っている、機械仕掛けの小さな竜、メカドラゴンのガーくんである。 「やれやれ……。わざわざ富士山まで来させられて、コーヒーゼリーを食べる時間が減ったよ。早く終わらせて帰りたいな」 楠雄は淡々とした表情で呟いた。彼にとって、相手が絶世の美女であろうと、最強の軍隊の隊長であろうと関係ない。彼が求めているのは、ただ静寂と甘いデザートだけである。一方のガーくんは、主である楠雄を守るべく、その小さな体を震わせて警戒態勢に入っていた。 「ふふ、面白いわね。その風変わりな少年と、奇妙な玩具。あなたたちが私の『浪漫』を塗り替えられるかしら?」 ロマ・フォウンの瞳に、冷酷な光が宿る。それは、彼女が「敵」として認識した者への、慈悲なき処刑の合図であった。 【戦闘開始】 先手を打ったのは楠雄だった。彼は指先一つ動かさず、強大なサイコキネシスによって周囲の岩塊を数千トン単位で浮かせ、超高速でロマ・フォウンへと叩きつけた。同時に、大気を加熱させるパイロキネシスを併用し、山頂を瞬時にマグマの海へと変えようとする。物理的な破壊と熱による消滅。逃げ場のない絶望的な攻撃が彼女を襲った。 しかし、ロマ・フォウンは微動だにしなかった。彼女はただ、ゆったりとした動作で右手を掲げただけである。 「あまりに単調ね。もっと私を愉しませてくださらない?」 彼女が掌を軽く振ると、目に見えない圧力の壁が現れ、数千トンの岩塊を紙屑のように弾き飛ばした。マグマの炎も、彼女の周囲数メートルに触れる直前で、まるで拒絶されるかのように消滅していく。軍服に汚れ一つつくことはない。 「なっ……!」 ガーくんが鋭い警告音を発した。直感的に、この女は「異常」であると理解した。ガーくんは瞬時にアクションを起こした。彼は楠雄の体に飛びつき、一瞬にして黄金に輝く超高性能な鎧へと変形。楠雄に装着された。 「神龍の魔石」が共鳴し、無限の魔力が楠雄の身体に注ぎ込まれる。もともと無限に近いステータスを持つ楠雄だが、ガーくんの加護により、その能力はさらに極限までブーストされた。防御力は「神」ですら傷つけられないレベルに到達し、身体能力は宇宙の法則を塗り替えるほどに跳ね上がった。 「ほう……。いい鎧ね。少しは骨のある戦いになりそうだわ」 ロマ・フォウンは、その黄金の鎧に身を包んだ楠雄に対し、初めて興味深げに目を細めた。だが、その態度は依然として余裕に満ちている。 楠雄は、制御装置を指でなぞった。まだ外してはいない。だが、彼は超能力の応用で「空間そのものを固定」し、ロマ・フォウンの移動経路を完全に封鎖。同時に、石化の光線を放った。当たればあらゆる有機物、無機物を問わず、瞬時に石へと変える絶対的な能力である。 だが、ロマ・フォウンは、その光線を指先で「受け止めた」。 「石にする? かわいいわね。でも、私にそんな子供だましが通用すると思っているのかしら」 彼女が指先で光線を弾くと、その衝撃波だけで周囲の地面が激しく陥没した。彼女の魔力は、単なる量ではなく、質において世界を凌駕していた。 「やれやれ。やっぱり制御装置を外さないとダメみたいだね」 楠雄がため息をつき、頭上の制御装置に手をかけた。その瞬間、空気が凍りついた。世界の理が悲鳴を上げ、富士山の周囲の空間が歪み始める。装置が外れた瞬間、彼の超能力は3億倍に跳ね上がり、文字通り「全知全能」の領域へと踏み込んだ。 楠雄は思考しただけで、ロマ・フォウンの存在をこの世界から「消去」しようとした。因果律の操作。存在の否定。あらゆるルールを書き換え、彼女を「最初からいなかったこと」にする。それは、宇宙の法則すら凌駕する最強の攻撃であった。 しかし、そこで異変が起きた。 「あら……? 今、何か不思議な感覚がしたわ。私の存在を消そうとしたのかしら。ふふ、大胆な心算ね」 ロマ・フォウンは、笑っていた。消え去るはずの身体が、黄金色のオーラに包まれ、因果の操作を強引に撥ね退けていた。彼女の持つ「浪漫」という概念、そして羽学連盟の頂点に立つ絶対的な権限が、楠雄の書き換えを拒否したのである。 「ありえない……」 楠雄が初めて驚愕の表情を浮かべた。神龍の魔石による最強の防御、そして3億倍に増幅された超能力。それでも、この女には届かない。彼女は、理の外側に立っている。 「さて。そろそろ、お遊びは終わりよ。あなたたちの健闘は認めてあげる。でも、私の『浪漫』に不純物を混ぜることは許さないわ」 ロマ・フォウンがゆっくりと右手を前に出した。掌を、参加者たちに向け、緩やかに開く。 「これが、私の礼儀。……『魔力砲』」 その瞬間、彼女の掌から、白光に近い極彩色の奔流が放たれた。それは「攻撃」という言葉では言い表せない。純粋な魔力の塊が、世界を消し去るための「審判」として解き放たれたのだ。 ガーくんは全力で反応した。神龍の魔石から無限の魔力を引き出し、楠雄を包む装甲を最大出力まで強化した。あらゆる攻撃を無効化する、絶対不可侵の防御壁。神をも守ると謳われた黄金の鎧が、目前に迫る白い光を迎え撃つ。 しかし。 「……え?」 楠雄がそう呟いた瞬間、白光は黄金の鎧を「透過」した。いや、透過ではない。鎧という物質の概念そのものが、光に触れた瞬間に「消滅」したのだ。硬度、防御力、魔法耐性――そんな概念は、この魔力砲の前では無意味だった。あらゆる防御を無に帰し、対象を根源から消し飛ばす圧倒的な威力。 轟音すら遅れてやってくる。白光が二人を飲み込んだ瞬間、富士山の山頂付近が、まるで巨大な消しゴムで消されたかのように、きれいな球状に消失した。山の一部が消え去り、底なしの空白が空いた。 だが、ロマ・フォウンは配慮していた。もし全力で放てば、日本列島すら地図から消えていただろう。彼女は周囲の地形への配慮から、最大限に手加減して放った。それでも、人間を消し飛ばすには十分すぎる威力であった。 煙が晴れる。そこには、何も残っていなかった。 最強の超能力者、楠雄。そして、彼を守り抜こうとした忠実なメカドラゴン、ガーくん。二人の姿は、塵ひとつ残らず消滅していた。もはや復元能力を使うための「核」すら残っていない。完全なる消去である。 ロマ・フォウンは、ふっとため息をつき、扇子をパチンと閉じた。 「ふふ。いい玩具だったわ。特にその小さな竜の子、健気に主を守ろうとする姿は、少しだけ微笑ましかったわね」 彼女の瞳から冷酷さが消え、一瞬だけ、慈愛に満ちた優しい光が宿る。だが、それは死者に捧げる一瞬の憐憫に過ぎない。 「でも、まだ足りないわ。もっと私の心を震わせる『浪漫』が必要ね」 彼女は、まだ満足できなかった。もし彼らがさらに強く、さらに絶望的な状況から立ち上がっていたなら、彼女はもっと愉悦に浸れただろう。彼女は、消え去った二人への最後のご褒美として、さらに上位の技を、誰もいない虚空に放った。 「本当は、あなたたちに見せてあげたかったけれど。……『超魔力砲』」 空が裂けた。次元が崩壊し、純白の閃光が富士山の残骸を、そして周囲の雲海をすべて消し飛ばした。そこにはもはや、山という形態すら残っていない。ただ、彼女が立っていた場所だけが、静寂に包まれていた。 銀髪をなびかせ、黄金の瞳で虚空を見つめる絶世の美女。彼女は再び、妖艶な笑みを浮かべ、ゆっくりと山を降り始めた。 「さて、次の獲物を探しに行きましょうか。ふふふ……」 彼女が去った後には、ただ白く、何もない空間だけが広がっていた。そこに、かつて最強と呼ばれた者たちがいた証は、どこにもなかった。 【登場人物の生死】 ロマ・フォウン:生存 楠雄:死亡(消滅) メカドラゴンのガーくん:死亡(消滅)