【七夕特例:交通法規遵守型・超次元公道レース】 夜空には、吸い込まれるような深い紺色に、白銀の天の川が美しく横たわっていた。今日は七夕。本来であれば恋人たちが願いを込める静かな夜であるはずだが、今夜の一般道(全長5㎞)は、およそ静寂とは程遠い狂乱の渦に包まれていた。 道端には、文字通り「所狭し」と警察官たちが並んでいる。彼らの目は血走り、装備はフルスペック。彼らに与えられた指令はただ一つ。「交通ルールに違反した参加者を、絶命覚悟で捕縛せよ」。そしてその最前線に立つのが、対能力者精鋭部隊《ж》の二人――愛羅とラフザである。 --- 【開幕宣言と参加者紹介】 実況席では、ハイテンションすぎるお姉さんと、不機嫌そうな中年男性がマイクを握っていた。 「はーーーい!!みなさーーーん!!お待たせしました!!今夜のメインイベント、『七夕・交通ルール厳守(建前)爆走レース』の時間ですよーー!!ルールは簡単!5㎞先のゴールまで、交通法規を守って走り抜ければ勝ち!でも、守らなきゃ警察さんが全力で捕まえに来ます!もう最高にエキサイティングじゃないですか!!」 「……おい、誰がこんな馬鹿げた企画を考えた。一般道だぞ。信号があるんだぞ。いいか、俺は見てるだけでいい。事故が起きて誰かが吹っ飛ぶのを特等席で眺めてやるよ」 実況のお姉さんが強引に、参加者たちの意気込みと機体紹介を始めた。 1. 漢女の中年魔法少女「権造」 「ガハハハ!ルールだか何だか知らんが、俺の筋肉が『突き進め』と言っておる!優勝して美味い酒を飲むぞ!」 【機体:運営提供・特製超重量級三輪車】 見た目は幼児向けのような三輪車だが、フレームは超硬質チタン製。権造が乗るとミシミシと悲鳴を上げるが、彼の脚力があれば時速200㎞など余裕である。背中には鉄球数十個を積んだ特製ラックが装備されている。 2. 穏山 シルカ 「ふふっ、ルールを守ることは大切です。安全運転で、静かにゴールまで辿り着きたいと思いますね」 【機体:車型タイムマシン『デロリアン』】 説明不要の超性能機。音速飛行、時間跳躍、絶対防御。もはやレースに参加している意味がないレベルのチートマシン。彼女は上品に微笑みながらハンドルを握る。 3. 岳 「……あー、面倒くさい。適当に走って終わらせていい? 早く寝たいし」 【機体:運営提供・超低燃費電動キックボード】 あまりにやる気のない岳に、運営が用意したのは「お散歩用キックボード」。しかし、彼には「真実を嘘にする」という宇宙規模の能力があるため、機体の性能など関係ない。 4. 【孤独な世界】影利 水夏 (魔力探知による意思疎通:『……頑張ります。リハビリの一環だと思って』) 【機体:運営提供・超高性能ホバー車椅子】 水夏の車椅子に、反重力ユニットと念動波増幅器を搭載。地面から数センチ浮いた状態で高速移動が可能。彼にとってはこのレースが、感覚を取り戻すための大きな挑戦となる。 そして、コースの至る所に配置された「壁」――警察側。 愛羅 「ふふっ、皆さん、ルールは守ってくださいね? 違反した瞬間……『おやすみなさい』ですよ」 ギターケースから覗くのは、因果律を操作する特製魔弾銃。彼女の瞳は冷静だが、獲物を待つ捕食者のそれに近い。 ラフザ 「(あー……早く終わらせて家でポテチ食べたい……)……ええい、仕事です。一人も逃しませんよ」 白衣をなびかせ、指先に不可視の細糸を操る。彼女が本気を出せば、3㎞範囲の意識を断絶させる。まさに絶望の捕縛術師である。 --- 【レース詳細:混沌の5㎞】 「レディー……ゴー!!!」 号砲と共に、静寂は粉砕された。 スタート直後、先陣を切ったのは権造である。彼は三輪車のペダルを全力で漕ぎ、凄まじい脚力で地面を爆砕させながら加速した。「ガハハハ!まずはこの俺が先に行くぞ!」と叫び、三輪車は物理法則を無視して垂直に近い角度で加速。しかし、そこで最初の「罠」が待っていた。 ――最初の信号機。赤である。 シルカはデロリアンをピタリと停止させた。「ルールですからね」と微笑む。一方、水夏もホバー車椅子を静かに停止させ、魔力探知で周囲を伺う。岳はキックボードに乗ったまま、「止まるの面倒くさいな」と呟き、そのまま赤信号を突破しようとした。 その瞬間、道端の草むらから愛羅が静かに立ち上がった。 「あら、赤信号無視ですね。不合格です」 ドンッ!! 愛羅が放った【魔弾:絶対命中】が、岳の足元の地面を正確に撃ち抜いた。因果が逆転し、「当たった」という結果から逆算された弾丸は、岳のキックボードの車輪を正確に破壊する。しかし、岳は欠伸をしながら呟いた。 「……今の攻撃、嘘」 パチン、と指を鳴らした瞬間、破壊された車輪が「最初から壊れていなかったこと」になり、攻撃自体が消滅した。愛羅は少しだけ眉をひそめる。「あら、面白い方ですね」 その時、後方から地響きのような音が聞こえてきた。権造である。彼は赤信号など視界に入っていない様子で、時速150㎞で突っ込んできた。三輪車が悲鳴を上げ、タイヤから火を噴いている。 「どけどけーーー!!ガハハハ!!」 「あーっ!!権造さん、赤信号ですよ!!」実況のお姉さんが絶叫する。 「あいつ、完全に無視してやがる!逮捕しろ!今すぐ捕まえろ!!」おっさんが怒鳴る。 道端に潜伏していた一般警察官たちが、絶命覚悟で権造に飛びかかった。十数人の警官がタックルし、手錠をかけようとするが、権造の筋肉は鋼鉄を超えていた。警官たちが跳ね返され、ボウリングのピンのように四方八方に飛んでいく。 「おっと、失礼!ガハハハ!」 ここで《ж》のラフザが動いた。彼女は面倒そうに白衣のポケットに手を突っ込みながら、指先を軽く弾いた。 「【瞬九流捕縛術壱式:無能無肢】」 目に見えないほどの超高強度細糸が、権造の四肢と三輪車の車軸を瞬時に絡め取る。物理的な力では引きちぎれない特製の糸だ。権造の巨体が空中でガクンと止まり、そのまま地面に叩きつけられた。 「ぬおっ!? 何だこの糸は!!」 「ルール違反です。大人しくしてください」 ラフザが淡々と権造を縛り上げる。しかし、権造は拘束されたままでもポジティブだった。「ガハハハ!いい技だ!だが、俺の筋肉がまだ唸っておるぞ!」と言いながら、なんと拘束されたままの状態で、筋肉の膨張だけで糸を無理やり引き伸ばそうとする。その光景はもはや人間ではなく、巨大なゴムボールが暴れているようだった。 一方、レースの中盤。シルカはデロリアンで優雅に走行していた。しかし、背後から水夏の「念動波」による妨害が飛んでくる。水夏はリハビリの一環として、全力で他者を妨害することに決めていたらしい。空気の壁がデロリアンの前に現れ、猛烈な圧力がかかる。 「あらあら、激しいですね」 シルカは微笑みながらスイッチを押した。【超時間跳躍】。デロリアンが一瞬で消え、水夏の遥か後方に現れる。時間と空間を飛び越えた超回避である。 「……速すぎる」水夏は冷静に分析し、今度は周囲の粒子を操作して巨大な真空地帯を作り出した。走行中の車にとって、酸素と空気抵抗の喪失は致命的だ。しかし、デロリアンの「歪曲空間防壁」がそれを完璧に遮断する。 「もう、意地悪はいけませんよ」 シルカがデロリアンを加速させ、水夏のホバー車椅子に向かって「優しく」体当たりを仕掛けた。絶対的防御を持つデロリアンによる突撃は、もはや天災である。水夏は念動波で衝撃を逃がそうとしたが、あまりの質量に弾き飛ばされ、コース脇の植え込みへと突っ込んだ。 「(……痛くない。けど、悔しい)」 水夏が起き上がろうとした瞬間、上空から愛羅の声が聞こえた。 「水夏さん、今の突撃に巻き込まれて、コースを大幅に逸脱しましたね。それは『コースアウト』、つまりルール違反です」 「えっ」 愛羅の【魔弾:能力封じ】が炸裂した。水夏の周囲に能力封じの空間が展開され、念動波が使えなくなる。パニックになる間もなく、待機していた一般警察官たちが、網を被せて水夏を捕縛した。 レースは終盤へ。残るは岳と、拘束されながらも筋肉で強引に前進し続ける権造、そして完璧な走行を続けるシルカである。 岳は面倒くさそうにキックボードを漕いでいたが、ついに警察の限界が来た。道端に並んでいた警察官たちが、もはや法規などどうでもいいという顔で、一斉に岳に向かって突撃した。数百人の警官による人間壁である。 「あー……やっぱり面倒くさい。全員、嘘になればいいのに」 岳がそう呟いた瞬間、彼を取り囲んでいた警察官たちが、忽然と「透明な風船」に変わった。彼らは空へふわふわと舞い上がり、もはや捕縛の意思すら持たない物体へと変貌した。 「ガハハハ!俺も行くぞーー!!」 権造が、ラフザの糸を筋肉の爆発力で無理やり引きちぎり(ラフザはここで「あー、もう無理。定時で帰りたい」と白旗を上げた)、三輪車ごと猛突進してきた。その速度はもはや音速に近く、背後の道路が衝撃波で消し飛んでいる。 「あーっ!!権造さん!今、完全に車線変更の合図を出してません!!違反です!!」 実況のお姉さんが叫ぶ。ラフザはため息をつき、最後の手を打った。 「【瞬九流捕縛術弐式:識絶之陣】」 直径3㎞に及ぶ超巨大な法陣が展開される。範囲内にいた全ての参加者の意識が、一瞬にして断絶した。権造は「ガハ……」と笑ったまま深い眠りに落ち、そのまま慣性でコース外の森へと突き刺さった。 残ったのは、一切のルールを守り、一切の妨害を回避し、静かに走り続けたシルカのみであった。 「ふふっ、安全運転が一番ですね」 デロリアンが静かにゴールラインを通過した。その瞬間、警察の追跡は完全に停止した。ゴール後の参加者には不干渉。それがこの狂ったレースの絶対ルールであった。 --- 【結末と順位】 レース終了後、夜空には相変わらず綺麗な天の川が広がっていた。ゴール地点では、ボロボロになった参加者たちが集まっていた。 1位:穏山 シルカ 【結末:逃走成功(完勝)】 「皆さん、お疲れ様でした。次はもっとゆっくり走りましょうね」 感想:非常に心地よいドライブだった。ルールを守る快感を再確認した。 2位:岳 【結末:逃走成功(屁理屈)】 「……あー、疲れた。もう寝ていい?」 感想:警察が風船になったのが一番面白かった。でもやっぱり面倒くさい。 3位:影利 水夏 【結末:捕縛(能力封じにより連行)】 「(……次は、もっとうまく波を操ります)」 感想:味覚以外を取り戻すには、まだ時間がかかりそうだ。でも、風の心地よさは少しだけ分かった気がする。 4位:権造 【結末:捕縛(意識断絶により強制連行)】 「ガハハハ!負けたが、いい筋肉を鍛えられたぞ!!」 感想:魔法の杖(鈍器)で道路を叩きすぎたかもしれないが、後悔はない! そして、彼らは最後に、七夕の短冊にそれぞれの願いを書き込んだ。 シルカ:『これからも、穏やかな時間が続きますように』 岳:『明日から一週間、仕事も学校も全部嘘になりますように』 水夏:『いつか、自分の足で、誰の手も借りずに歩けますように』 権造:『もっとデカい鉄球が手に入りますように!ガハハハ!!』 愛羅とラフザは、連行される捕虜たちを眺めながら、夜空を見上げた。 「ふふっ、賑やかな七夕でしたね、ラフザさん」 「……もう二度と、こんなレースの警備はやりません。絶対です」 二人の会話を乗せて、天の川は静かに、そして美しく輝き続けていた。 【完】