太陽が天頂に達し、巨大な円形闘技場は熱狂の渦に包まれていた。世界中から集まった数万の観客が、いまにも弾けそうな歓声を上げ、砂塵の舞う舞台を見つめている。ここで行われるのは殺し合いではない。最強を競い、武の極みを証明するための、敬意に満ちた真剣勝負である。 東の門から現れたのは、およそ戦士とは言い難い風貌の男だった。三度笠を深く被り、地味な縞模様の股旅着物に藍色の脚絆。市松模様の道中合羽を肩にかけ、口には竹串を咥えてニヒルに笑う。風来坊のガマ。腰に結ばれた瓢箪からは、ふわりと薬酒の香りが漂っていた。 対する西の門から現れたのは、静寂を纏った悪夢だった。返り血でどす黒く染まった幽鬼のような甲冑に身を包んだ、無名の騎士。彼は言葉を発せず、ただ狂気に染まった瞳を揺らし、聞き取れない譫言を絶えず呟いている。その手には、所々に白い塩の結晶が不気味に突き出した大剣と大槌が握られていた。 観客の歓声が最高潮に達した瞬間、審判の合図が響く。 「……あァ? 俺かい。見ての通り、しがねぇ根無し草さ。まあ、適当に遊ぼうぜ」 ガマは肩をすくめ、飄々とした態度で腰の鎖鎌『蝦蟇』を解いた。対する無名の騎士は、不気味な呟きを加速させると、突如として地を蹴った。 「推進の焼印」――。騎士の足元に不可視の衝撃が走り、彼は文字通り空中を駆け抜ける。凄まじい速度で肉薄した騎士が大剣を振り下ろす。「大切断」の一撃が、砂塵を巻き上げながらガマの頭上へ降り注いだ。 ガキンッ! 鋭い金属音が響く。ガマは間一髪、鎖鎌の分銅で大剣の腹を弾き飛ばしていた。しかし、騎士の攻撃は止まらない。空中で「光石の焼印」を展開し、青い煙のような足場を蹴って多角的に襲いかかる。 「おっと、せっかちなことだねぇ」 ガマは軽快な身のこなしで攻撃を回避しつつ、鎖を大きく旋回させた。「暖簾討ち」だ。円を描く鎖が騎士の鋭い斬撃を絡め取り、その勢いを利用して騎士のバランスを崩させる。そこへ、ガマは鎖を鋭く突き出した。 「詫び落とし!」 分銅がまるで頭を下げるように急降下し、騎士の兜を真っ向から捉える。鈍い音が響き、騎士の体が地面に叩きつけられた。観客から大歓声が上がる。しかし、ガマの表情は変わらなかった。 (……こいつ、ただの化け物じゃねぇな) 騎士はゆっくりと起き上がった。その瞳に宿る狂気が、わずかに理性に変わったように見えた。彼はガマの「暖簾討ち」による軌道を学習していた。再び飛び上がった騎士は、今度は鎖の回転を読み切り、空中で「反転の焼印」を発動。重力を反転させ、ガマの死角から大槌による「叩き潰し」を繰り出す。 「げっ!?」 ガマは反射的に横に跳んだが、同時に騎士が投げつけた「穢れのフラスコ」が彼の肩に命中した。不気味な液体が染み込むと、ガマの身体を覆っていた気合のような防御力が大幅に低下し、皮膚が剥き出しになったかのような無防備な感覚に襲われる。 そこから騎士の猛攻が始まった。大剣と大槌を交互に使い分け、容赦のない連撃がガマを追い詰める。ガマは「女々縋り」で騎士の腕を拘束しようと試みたが、騎士はそれを力づくで引きちぎり、さらに激しく攻め立てる。 ついに、決定的な一撃が訪れた。大槌がガマの脇腹を捉え、彼は高く舞い上がった。砂塵の中に転がり、激しく咳き込むガマ。しかし、彼は口の竹串を転がし、不敵に笑った。 「……へへっ。いいぜ、いいぜ。旅の道中、こんなに熱くなれる相手は久しぶりだ」 ガマは跳ね起きると、鎖を半ばで握りしめた。「武士殺し」の構えだ。鎌と分銅を同時に繰り出し、騎士のガードを挟撃する。同時に、鎖のしなりを最大限に利用して騎士の脚を絡め取った。 「これで、ちょっとはおとなしくなりな!」 強烈な負荷をかけた拘束に、騎士の動きが止まる。ガマはそのまま分銅をフルスイングし、騎士の胸甲を粉砕した。衝撃で騎士は後方へ吹き飛び、ついにその動きが止まった。静寂が闘技場を包む。 だが、絶望はそこからだった。 「……ガガ……ギギ……」 騎士の体から白い光が溢れ出した。「ソルトボーンの命」。力尽きたことで全能力が強化され、騎士が復活したのだ。しかも一度ではなく、二度、三度と。ガマが必死の策で打ち倒すたび、騎士はより速く、より強く、より残酷な精度で復活して戻ってくる。 三度目の復活を遂げた騎士は、もはや理性を捨てた破壊の権化となっていた。その全身から禍々しい赤いオーラが立ち昇る。 「妄執の連撃」――。 騎士が叫びにも似た譫言を上げ、大剣と大槌による嵐のような攻撃を開始した。もはや回避は不可能に近い。ガマは「紅の層の焼印」によって展開された赤い壁に弾かれ、至る所に切り傷と打撲を負う。もはや逃げ場はない。背後は闘技場の壁だ。 (……ったく。しつこいねぇ、この騎士さんは) ガマは意識が遠のく中で、ふと腰の瓢箪を思い出した。彼は最後の一喝と共に、瓢箪の中の薬酒を豪快に飲み干した。アルコールが全身を駆け巡り、一時的に痛覚を麻痺させ、集中力を極限まで高める。 「最後だ。……根無し草の、全力、見せてやるよ!」 騎士の最後の一撃、「大切断」が振り下ろされる。その速度は光に近く、逃れる術はない。しかし、ガマはあえて避けなかった。彼は鎖鎌『蝦蟇』の鎖を、自分自身の体に複雑に巻き付け、究極の「女々縋り」を自分と相手の両方に仕掛けたのだ。 ガキィィィン!! 大剣がガマの肩口を浅く切り裂いたが、同時に鎖が騎士の手首と大剣の柄を完璧に拘束していた。もつれ合った二人の距離は、わずか数センチ。 「……あばよ」 ガマは拘束した鎖を全力で引き寄せ、至近距離から鎌を騎士の甲冑の隙間――首元へと突き立てた。同時に、分銅をその急所に叩き込む。衝撃波が二人を包み込み、激しい砂煙が舞った。 煙が晴れたとき、そこには静かに膝をつく二人の姿があった。 騎士の大剣は地面に突き刺さり、その手首は鎖で固く縛られたままであった。首元に深く突き刺さった鎌が、騎士の動きを完全に止めていた。騎士はもはや復活の兆しを見せず、静かに、満足げな溜息のような譫言を漏らして、その意識を閉じた。 ガマもまた、肩から血を流し、肩で息をしながら、三度笠を深く被り直した。 「……ふぅ。死ぬかと思ったぜ。本当にな」 勝敗が決した。審判がガマの手を取り、高く掲げる。 勝者:風来坊のガマ。 観客席からは、地鳴りのような拍手と喝采が巻き起こった。ガマはゆっくりと立ち上がり、意識を失った騎士の傍らに歩み寄った。彼は丁寧に鎖を解き、騎士の武器を整えると、深く頭を下げた。 「あんたの執念には脱帽だ。いい戦いだったよ、名もなき騎士さん」 騎士の指先が、かすかにガマの裾を掴み、それから静かに離れた。それは言葉なき敬意の表明であった。 ガマは再び竹串を口に咥え、飄々とした足取りで闘技場を後にする。背後には、世界最強の一角を争った二人の戦士への称賛が、いつまでも鳴り響いていた。