【初期位置】 クロネ:渋谷区代々木公園付近(上空) 輝星陽彩:渋谷スクランブル交差点付近 タクティカル・チャリオット・ユニット:渋谷区宇田川町・路地裏 薩見史行:渋谷区恵比寿南エリア・ビル屋上 十四時、渋谷の喧騒は絶頂にあった。人々がひしめき合う街に、互いを知らぬ四つの異質な存在が降り立つ。あるいは、既に潜んでいた。 代々木公園の緑の上空を、一本の傘を差した小さな影がゆったりと漂っていた。二足歩行のネズミ、クロネである。彼女はミサンガを揺らし、雪の結晶のペンダントを光らせながら、眼下に広がるコンクリートのジャングルを好奇心に満ちた目で見下ろしていた。彼女にとって、この状況は一種の演奏会の準備のようなものだった。 一方、スクランブル交差点のど真ん中では、金色のオーラを纏った少女、輝星陽彩が人だかりに囲まれていた。世界的なアイドルである彼女の登場に、周囲の通行人は瞬時に気づき、歓声が沸き起こる。陽彩は天真爛漫な笑顔で手を振り、リズムに合わせて軽くステップを踏んでいた。彼女にとって、日常の延長線上にあるパフォーマンスこそが最強の武器であった。 そこから少し離れた宇田川町の狭い路地裏。エンジンの駆動音とは異なる、生物的な、しかし強靭な鼓動が響いていた。現代技術の粋を集めたハイテク戦車、「タクティカル・チャリオット・ユニット」が待機している。馬の筋肉質な脚力が路面を捉え、特殊ジンバルが車体を完全に水平に保っていた。彼らにとって、この密集地帯は遮蔽物の多い、絶好の狩場に見えていた。 そして、恵比寿南の雑居ビル屋上。風に身を任せ、冷徹な眼差しでスコープを覗く男がいた。薩見史行。対物狙撃銃TAC-50の銃身が、静かに、しかし確実に標的を探していた。彼は既に三キロメートルという超長距離から戦場を俯瞰し、不意打ちによる殲滅を完遂させるための計算を終えていた。 最初に動いたのは薩見だった。彼は軍事施設や要人を抹殺してきた経験から、最も「目立つ」標的を優先的に排除することを定石としていた。スコープの十字線に捉えられたのは、スクランブル交差点で輝く陽彩である。人混みの中にあっても、彼女の放つ光は狙撃手にとって格好の標的だった。 薩見は呼吸を整え、指を絞いた。TAC-50から放たれた超高威力弾は、音速を超えて渋谷の空を切り裂いた。弾丸が陽彩の頭部を貫通するまで、時間はわずかコンマ数秒。しかし、その弾丸が彼女に到達する直前、陽彩は本能的にリズムを感じ取っていた。彼女はカポエイラのしなやかな動きで、不自然な風切り音に反応し、身体を大きく後方に反らせた。弾丸は彼女の頬をかすめ、背後の看板を粉砕した。 陽彩は驚きに目を見開いたが、すぐに笑顔に戻った。彼女は自分に向けて攻撃が飛んできたことを察知し、即座に「輝く笑顔」を展開した。彼女の笑顔から放たれる強烈な魅力が、視覚的に周囲を支配する。しかし、三キロメートル先にいる薩見にとって、その笑顔はスコープの倍率を上げても「単なる光の点」に過ぎず、精神的な拘束効果は届かなかった。 薩見は眉一つ動かさず、次弾を装填した。彼は相手が回避したことをもとに、次なる移動経路を完璧に予測する。陽彩が再びリズムに乗って跳ねた瞬間、二発目の弾丸が放たれた。今度は逃げ場のないタイミングだった。弾丸は陽彩の右肩を捉えようとしたが、その瞬間、空から「シャン!」という軽快な音が響いた。 上空から舞い降りたクロネが、タンバリンを激しく打ち鳴らしていた。彼女の能力「何でもタンバリン」が発動した。物理的な破壊力を持つはずのTAC-50の弾丸が、陽彩に触れる寸前で、心地よいタンバリンの音色へと変換された。弾丸という質量攻撃が、単なる「音」に変わったのである。 陽彩は不思議そうに空を見上げた。そこには傘を差して微笑む小さなネズミがいた。クロネは友好的に手を振り、陽彩に近づいた。陽彩は彼女の可愛らしさに惹かれ、「わあ、可愛いネズミさん!」と声を上げた。しかし、その平和な光景を、路地裏から猛然と突き進む黒い影が切り裂いた。 タクティカル・チャリオット・ユニットが、路地から大通りへと爆走して飛び出してきた。時速85キロという猛烈な速度で加速した車体は、人混みを強引に押し除け、陽彩とクロネに向けて突き進む。車上のジンバルが振動を完全に消し、二本の超硬度炭素槍が、獲物を貫くためになだらかに伸長した。 クロネは慌てて傘を操作し、上空へと逃れようとした。しかし、チャリオットの加速は凄まじかった。槍の一本が、空中にいたクロネの足をかすめ、彼女を地上へと叩き落とした。同時に、もう一本の槍が、地上にいた陽彩の脇腹を狙って突き出される。 陽彩はカポエイラの回転運動で槍を回避したが、衝撃波で後方に吹き飛ばされた。チャリオットはそのまま止まらず、煙幕を展開して視界を遮断し、一撃離脱の戦術に転じようと急旋回した。しかし、その旋回軌道上に、不運にも叩き落とされたクロネがいた。 クロネは咄嗟にタンバリンを鳴らした。しかし、「何でもタンバリン」が変換するのは接近戦以外の攻撃である。車体による物理的な衝突、および槍による刺突は「接近戦」に該当した。クロネの防御力30は、時速85キロの質量と12トンの貫通力を持つ炭素槍の前では無意味だった。槍の先端がクロネの小さな身体を深く貫いた。 だが、クロネは消えなかった。彼女は激痛に顔を歪めながらも、目の前の巨大な鉄の塊に反応した。彼女は絶望的な状況の中で、能力「いきなりの演奏」を発動させた。槍で貫かれたまま、彼女はチャリオットの車体に密着し、至近距離でタンバリンを激しく打ち鳴らし始めた。 「いきなりの演奏」の効果により、チャリオットの操作員たちは強力な拘束状態に陥った。彼らは身動き一つできず、目の前で楽しげに、しかし狂気的にタンバリンを叩くネズミを凝視することになった。拘束された彼らにとって、この状況は極めて不合理で不愉快だった。一人の操作員が、思わず口にした。「うるさい、やめろ!」 その瞬間、能力の条件が満たされた。演奏に文句を言った者は自爆する。車内から凄まじい爆発が起こり、ハイテク戦車は内部から崩壊した。超硬度炭素槍は折れ、衝撃吸収サスペンションは焼け焦げ、タクティカル・チャリオット・ユニットは炎に包まれた残骸へと変わった。 クロネは爆風に飛ばされ、地面に転がった。彼女の身体は槍で貫かれ、ひどい負傷を負っていた。しかし、相手を道連れにしたことで、一旦の静寂が訪れた。 その静寂を、再び TAC-50の銃声が切り裂いた。薩見は、チャリオットの爆発で煙が上がった隙を突き、生存している陽彩を狙った。彼は先ほどの「弾丸が音に変わった」という異常事態を分析していた。あのネズミが何かをした。ならば、まずはあのネズミを排除し、次にアイドルを仕留める。それが合理的判断だった。 薩見は、地面でうずくまるクロネの頭部を正確に狙った。弾丸が放たれる。しかし、クロネは意識を失いかけていたが、反射的にタンバリンを抱え込んでいた。弾丸が彼女に命中する直前、再び「シャン!」という音が鳴った。弾丸は音へと変換され、クロネの耳元で軽やかな音色を奏でた。 薩見は微かに眉をひそめた。物理攻撃を音に変える能力。ならば、接近して射殺するか、あるいは能力が間に合わないほどの連射を行うしかない。彼はTAC-50を捨て、腰のハンドガンを抜いた。超速早撃ちの技術を持つ彼にとって、近接戦もまた得意分野である。彼はビルから飛び降り、屋上から路地へと滑り降り、最短距離でクロネへと肉薄した。 一方、陽彩は立ち上がっていた。彼女は肩の痛みと、目の前で起きた惨劇に戸惑っていたが、アイドルとしての精神力で立ち直った。「みんなを笑顔にするのが私の仕事なのに、こんなに怖いことが起きるなんて……!」彼女の心に、強い危機感と、同時に人々を守りたいという使命感が湧き上がった。 陽彩はクロネを助けようと駆け寄った。しかし、彼女の視界に飛び込んできたのは、冷酷な瞳をした狙撃手、薩見がクロネに銃口を向けている姿だった。陽彩は叫んだ。「やめて!」 薩見は陽彩の叫びに反応せず、クロネの眉間に銃口を押し当てた。接近戦であれば「何でもタンバリン」は効かない。彼は迷わず引き金を引こうとした。だが、その瞬間、陽彩が全力で彼に飛びかかった。柔軟な身体を活かしたカポエイラの回し蹴りが、薩見の側頭部を強打した。 防御力0の薩見にとって、攻撃力30の蹴りは致命的だった。脳震盪を起こし、身体が大きく揺らぐ。銃弾は虚空を撃ち抜いた。薩見はふらつきながらも、経験に裏打ちされた生存本能で後方に跳んだ。彼は即座に距離を取り、再び銃を構えようとした。 しかし、陽彩は止まらなかった。彼女は絶体絶命のピンチに陥ったと感じた瞬間、奥義「瞬輝乱光」を発動させた。彼女の瞳が太陽のように輝き、周囲に猛烈な閃光が放たれた。同時に、心臓の鼓動が180dBという、鼓膜を破裂させるほどの超大音量となって周囲に放射された。 薩見の視界は白く染まり、耳から血が流れた。目眩と激しいショック症状が彼を襲う。超人的な予測能力も、感覚器官が完全に破壊された状態では機能しない。彼は膝から崩れ落ち、激しく嘔吐した。戦闘不能である。 陽彩は激しく息を切らしながら、隣に倒れているクロネを見た。クロネは槍で貫かれた傷が深く、呼吸が浅くなっていた。彼女は弱々しくタンバリンを鳴らした。それは助けを求める音ではなく、陽彩への感謝のような、穏やかなリズムだった。 クロネは、陽彩の温かい手に触れられた瞬間、ふっと微笑んだ。彼女の特性「発狂消滅」は、敵が発狂した時にのみ発動する。しかし、今の状況で彼女の精神を追い詰めていたのは、肉体的な限界だった。クロネは静かに目を閉じ、その小さな身体を光に包まれて消滅していった。彼女にとって、この戦いは最後の一曲を演奏し終えた後の、静かな幕引きだった。 残されたのは、意識を失い、機能停止した薩見と、肩を震わせて泣いている陽彩だけだった。陽彩は、自分が生き残ったことへの恐怖と、消えていった小さな友への悲しみで、しばらくの間その場に座り込んでいた。 渋谷の街に、再びいつもの喧騒が戻ってくる。人々は、焼け焦げた戦車の残骸や、倒れている男を見て騒ぎ始めたが、陽彩はただ静かに空を見上げていた。彼女の瞳に映る空は、クロネが飛んでいた時と同じ、澄み渡る青色だった。 【勝者:輝星 陽彩】