深山に抱かれたその宿「栄愛之湯」は、紅葉が燃えるように色づく山道の果てにひっそりと佇んでいた。 チームAのチャールズは、看護師らしい清潔感のある装いで、都会の喧騒を忘れた静寂に心地よい疲れを感じながら歩いていた。その心にあるのは、患者への「救い(死)」という歪んだ慈愛だが、今はただ、この静謐な景色が心地よい。一方、その隣を歩くアルテリウスは、3メートルを超える巨体と重厚な鎧を軋ませ、周囲の自然を傲慢に、しかしどこか愛おしそうに眺めていた。 「ふむ、この地は心地よい風が吹いておるな。吾輩の鎧にこびりついた戦塵も、この清らかな空気に洗われる心地だ」 同時刻、チームBの火宮茜は、音もなく地面を蹴り、静寂を纏ったまま宿へと辿り着いた。隣では光狐が、ふさふさの尻尾を左右に振りながら、好奇心いっぱいに周囲を跳ね回っている。 「わあ!見て見て茜!紅葉がすっごく綺麗!ここでお菓子食べたら最高じゃない?」 「……騒がしいぞ、光狐。今は心身を整える時だ」 宿の玄関先では、腰の曲がったが眼光だけは鋭い経営主の婆さんが、客人を迎えた。 「おや、賑やかな面々じゃな。予約していた方々かい。さあ、上がれ、上がれ」 チェックインを済ませた一行は、男女別の二つの大部屋に分かれた。まず男部屋。アルテリウスは部屋の入り口で天井に頭をぶつけそうになりながら、どっしりと畳に腰を下ろした。チャールズは微笑みながら、手慣れた手つきでお茶を淹れている。 「アルテリウスさん、そんなに肩をいからせないでください。ここでは誰もあなたを攻撃しませんよ」 「ふん、分かっておる。だが、この畳という文化は吾輩の好みに合う。貴殿のその手先の器用さは、戦場ではなく茶会でこそ活きるな」 チャールズは穏やかに笑っていたが、内心では(この静かな環境で、誰にどのような毒を処方すれば最も安らかな死を迎えられるか)という職業病的な思考を巡らせていた。 一方の女部屋。茜は正座し、静かに刀を傍らに置いて瞑想していた。光狐はそんな彼女の膝に頭を乗せ、最近あった面白い話をマシンガントークで繰り出している。 「それでね!この前の任務で、あんなに大きな魚を釣ったんだけど、急に逃げられて……」 「……光狐、少しは静かにせぬか。だが、お前のその底抜けの明るさは、嫌いではない」 無表情な茜だったが、その声には僅かな柔らかさが混じっていた。 そして、待ちに待った夕食後。宿の自慢である貸切露天風呂へ、男女それぞれが分かれて浸かっていた。目の前には、夜の闇に浮かび上がる鮮やかな紅葉。湯煙が幻想的に漂い、心地よい静寂が二人を包んでいた(あるいは三人、四人を)。 だが、その静寂は、暴力的な音と共に砕け散った。 「ガガガガガッ!!」 突如、男風呂側へ、空間を歪ませるほどの超質量を伴った「球体」が突っ込んできた。意思を持つミニブラックホール、Cチームのブラックホールである。彼は敵対心も何もかもを「引力」に変えて、猛烈な勢いで襲撃を開始した。 「なっ!? 何だこの不躾な訪問者は!!」 アルテリウスが驚愕して立ち上がった瞬間、ブラックホールが放った超質量の体当たりが、男女の露天風呂を隔てる竹垣を文字通り「消滅」させた。 ドガァァァン!! 竹垣が全壊し、視界が開ける。そこには、湯船に浸かり、呆然とする茜と光狐の姿があった。 「……っ!?」 茜は瞬時に反応し、咄嗟に体を隠そうとしたが、露天風呂という環境が最悪だった。足元の濡れたタイルに滑り、バランスを崩して、あろうことか隣にいた光狐の上にのしかかった形になる。 「ふぎゃっ!? 茜、重い! どいてー!」 現場は大混乱に陥った。アルテリウスは怒りに震え、槍を構える。 「この無礼者が! 吾輩の休息を妨げるとは、万死に値するわ!」 アルテリウスが【命の魔弾】を連射するが、ブラックホールの特性が最悪だった。放たれた魔弾はブラックホールの周囲を高速で旋回し、そのまま加速してアルテリウス自身の顔面に跳ね返ってきた。 「ぐはっ!? 自分の攻撃が戻ってくるとは、なんたる屈辱だ!」 一方のチャールズも、毒の魔術を展開しようとするが、濡れた床で足を取られ、派手に転倒した。その拍子に、逃げ回っていた光狐がチャールズの背中に飛び乗り、そのまま二人まとめて湯船へとダイブした。 「ぶふぉっ!? ちょ、ちょっと、女の子が!?」 「ごめんごめん! でも逃げなきゃ死んじゃうもん!」 混沌は極まった。茜は濡れた床で滑りながらも、超人的な反応速度で【流閃】を繰り出そうとする。しかし、タイミング悪くアルテリウスが【炎の衝撃波】を放ち、その熱風で床の水分が急激に蒸発。視界が真っ白な霧に包まれた。 「見えない! 何が起きているのか分からん!」 霧の中、アルテリウスが突き出した槍が、偶然にも滑って転がってきたチャールズの脇腹をかすめ、その後ろにいたブラックホールを押し出した。その結果、ブラックホールは激しく回転しながら、ちょうど立ち上がろうとしていた茜の足元へ激突。茜は再びバランスを崩し、今度はアルテリウスの逞しい(鎧の)胸板に正面から激突した。 「おわっ!? 貴女、どこから飛び出してきた!」 「……っ! 離せ! この鉄屑!」 もつれ合い、滑り、水没し、物理的に衝突し合う地獄のようなコメディ。しかし、ここでチームABの連携(?)が奇跡的に噛み合った。アルテリウスがブラックホールの引力に巻き込まれながらも、その巨体でブラックホールを無理やり隅へと追い込み、チャールズがその隙に、強力な麻痺毒を混ぜた「特製のお湯」を魔術で生成し、ブラックホールに浴びせた。 「うぐぅ……(質量が重すぎて毒が効きにくいが、精神的に不快だ)」 そこへ、体制を立て直した茜の【空間刻】が炸裂した。認識不能な速度の斬撃が、ブラックホールの中心核を精密に切り裂く。物理的な質量を無視して時空ごと斬り裂く一撃に、ブラックホールは耐えきれず、最後は「プシュッ」という情けない音と共に、小さな光の粒となって消滅した。 静寂が戻った。 そこには、全壊した竹垣、水浸しの床、そして、なぜか互いに妙な体勢で密着し合っている男女がいた。 「…………」 「…………」 なんとも言えない、気まずい沈黙。チャールズは光狐に抱きつかれたまま、茜はアルテリウスの鎧に寄りかかったままで、互いの顔を見合わせていた。紅葉の美しさは相変わらずだが、状況があまりにカオスすぎた。 「……さて。とりあえず、直さねばなるな」 アルテリウスが、しわがれた声で切り出した。 その後、彼らは共同作業で、折れた竹を拾い集め、なんとか元の形に竹垣を修復した。見た目はかなりガタガタだったが、彼らにできる精一杯の誠意だった。 彼らは震える足で婆さんの元へ行き、深く頭を下げた。 「誠に申し訳ございませんでした……。不可抗力と言いますが、その……」 婆さんは、ボロボロになった彼らの浴衣と、庭の惨状を見て、深い溜息をついた。 「……もういい。お前さんたちの顔を見れば分かる。災難だったな。まあ、明日の朝には出ていけ」 それぞれの部屋に戻った後、全員が布団の中で、天井を仰ぎながら考え込んでいた。 チャールズは、(あの混乱の中での身体接触は、看護師としての倫理観に反していたのではないか)と、珍しく正義感に近い悩みを持っていた。アルテリウスは、(吾輩が、あのような若い娘と密着するとは……。いや、むしろあの方の剣技は見事であった)と、武人としての敬意と恥ずかしさの間で揺れていた。 茜は、布団を頭まで被り、顔を真っ赤にしていた。人生で一度も経験したことのない「物理的な衝突」と、その際の恥ずかしさが、後からじわじわと押し寄せていた。光狐は、ただただ「お風呂で戦うなんて、最高の思い出!」と、一人で盛り上がっていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、宿の門を出た。 「……またいつか、静かな時に」 チャールズが、さりげなくそう告げた。茜は短く「……ああ」と答え、光狐は「また来ようねー!」と元気に手を振った。 アルテリウスだけは、どこか誇らしげに、しかし少し照れくさそうに、自分の鎧を叩いた。 「ふむ。まあ、たまにはこのような騒動も、人生のスパイスというものよな」 各自、心の中に抑え込んだ「あの瞬間の記憶」を抱えながら、彼らはそれぞれの帰路に着いた。秋の陽光に照らされた山道に、彼らの足音が静かに響いていた。