静寂に包まれた廃都。コンクリートの骸が並ぶその場所で、紫の髪を持つ少女と、凍てついた制服を纏う少年が対峙していた。 「ねえ、あなたの電子、私にちょうだい?」 【電離の魔女】リヴィア・サエッタは、不敵な笑みを浮かべて指先を鳴らした。対する愛斗は無言。ただ、その瞳には全世界線を守るという冷徹な意志だけが宿っている。 先手を取ったのは愛斗だった。視認不可の神速、居合切り「氷斬」がリヴィアの首を捉える。しかし、刃が触れる直前、リヴィアの周囲の空気が激しく振動した。彼女は自らの周囲に超高密度の電界を展開し、空気分子を電離させて「電磁的なクッション」を形成していたのだ。 「甘いわね。電荷の反発力を利用すれば、物理的な接触さえ拒絶できるのよ」 リヴィアは「紫電の翼」を展開し、イオン風による爆発的な加速で上空へ逃れる。同時に、愛斗に向けて「水氷弾」の雨を降らせる。愛斗はそれを氷の壁で「反射」しようとするが、リヴィアは笑った。 「氷は絶縁体だと思っていた? でも、不純物が混ざった氷は導電体になるわ」 リヴィアは放たれた水氷弾に遠隔から電荷を注入。弾丸が氷に変わる瞬間、内部に蓄積された電位差が臨界点を突破し、氷の弾丸が内部から爆発する。電離による「クーロン爆発」の連鎖。反射した氷の壁さえもが、導電経路となって愛斗を襲った。 しかし、愛斗は動じない。回避率100%という絶対的な直感。彼は爆風の隙間を縫うように「滑走」し、一気に距離を詰める。足元の地面を瞬時に凍らせ、摩擦をゼロにした超高速移動。その軌道は予測不能なジグザグを描き、リヴィアの懐へと潜り込む。 「速いけれど、物質である以上、電荷からは逃げられないわ!」 リヴィアが右手を伸ばし、愛斗の肩に触れる。「奪電葬手」。触れた瞬間に愛斗の体から電子を強制的に剥奪し、多重電離させる。物質を繋ぎ止める電子結合を破壊し、分子レベルで崩壊させる絶技。 だが、愛斗はその瞬間に「神水龍」を起動させた。自らの皮膚表面に極薄の水膜を生成。リヴィアが奪ったのは愛斗自身の電子ではなく、水膜の電子だった。水は瞬時に電解され、水素と酸素に分解されて激しく爆発。その反動を利用して愛斗は後方へ跳び、同時に氷剣「龍氷」を振るう。 「晶氷螺旋斬」 回避不可、防御破壊。凍結の渦がリヴィアを飲み込もうとする。無数の氷刃が空間を埋め尽くし、彼女の逃げ道を完全に塞いだ。 「……ふふ、いいわ。でもね、氷の結晶構造だって、結局は電気的な結合で成り立っているのよ」 絶体絶命の状況。しかしリヴィアは、自身の能力の解釈をさらに広げた。彼女はあえて「絶界雷牢」を内部に向けて展開。半径50mの電界を、外向きではなく「自身の周囲数センチ」という極小範囲に凝縮させた。1GV/mという超高電界を薄膜状に纏うことで、迫り来る氷の刃の電荷を瞬時に反転させる。 プラスとマイナスの反発。氷の刃がリヴィアに触れる直前、凄まじい斥力によって弾き飛ばされた。回避ではなく、物理法則による「拒絶」である。 「これで決まりよ。あなたの『水』、全部電解してあげる」 リヴィアは両手を合わせた。右手で正、左手で負。極限まで加速させた荷電重粒子を衝突させ、電気的に中性とした破壊の光線――「中性重粒子砲」を放つ。 中性粒子は電磁的な反発を受けない。愛斗が展開した氷の壁も、電界の膜も、すべてを透過して突き抜ける。亜光速の質量攻撃が、愛斗の胸を貫こうとした。 愛斗は、自身の能力を最大限に突き詰めた。彼は「神氷龍」により、周囲の温度を絶対零度へと近づける。量子力学的な解釈――温度が極限まで下がれば、物質は「超伝導状態」に近づく。彼は自身の体と周囲に、抵抗ゼロの超伝導水膜を形成した。 超伝導体は外部の磁場を完全に排除する「マイスナー効果」を引き起こす。中性粒子であっても、その加速プロセスで生じる微細な磁場を検知。愛斗は超伝導膜の形状を瞬時に変え、重粒子線の軌道をわずかに屈折させた。 光線は愛斗の肩をかすめ、背後の廃ビルを蒸発させた。しかし、その一瞬の隙こそが、リヴィアの狙いだった。 「気づいた? あなたが超伝導状態になればなるほど、私の電気は『完璧に』流れるわ」 リヴィアは、屈折した光線の残滓に潜ませていた高電圧の電荷を、超伝導膜を通じて愛斗の全身に流し込んだ。抵抗ゼロの回路。電圧は減衰することなく、愛斗の神経系へと直接ダイブする。 「が……っ!」 無口な少年の口から、初めて呻きが漏れた。神経伝達は電気信号である。リヴィアはその信号を完全にジャックし、上書きした。身体の制御権を奪い、筋肉を強制的に硬直させる。「電気的な拘束」。 愛斗は必死に「神氷龍」で自らを凍らせ、回路を遮断しようとする。しかし、リヴィアは逃さない。彼女は愛斗の身体を「正」に、地面を「負」に帯電させた。巨大な電位差による強制的な放電。愛斗の身体が巨大な避雷針となり、天から降り注ぐ自然の雷までもが彼を撃ち抜いた。 激しい閃光。爆鳴。煙が晴れたとき、そこには膝をつき、全身から湯気を上げる愛斗の姿があった。 「経験の差ね。物理法則を操るということは、相手がどう適応してくるか、その先を計算することよ」 リヴィアは余裕の笑みを浮かべ、指先で小さな電弧を弄んでいる。愛斗はまだ戦おうと氷剣を握りしめていたが、その腕は激しい電撃による痙攣で、もはや真っ直ぐに構えることさえできなかった。 電離の魔女は、敗者の前に降り立ち、いたずらっぽく囁いた。 「ねえ、もう一度聞くわよ。あなたの電子、私にちょうだい?」 勝負あり。知略と経験、そして能力の深淵なる解釈によって、魔女が少年を上回った。