雷と砂の誓い 第一章:暗黒街の邂逅 暗黒街の路地裏、霧雨がアスファルトを濡らす夜。街灯の光がぼんやりと反射する中、二つの影が対峙した。青いスカジャンを羽織った金髪の男、鮫鳴雷牙は、革の指空きグローブをはめた手で煙草をくわえ、指先から小さな火花を散らして点火した。電気の匂いが空気に混じる。彼の蒼い瞳は、静かに相手を捉えていた。 対するは、白金のロングコートをまとい、水色のスーツに丸眼鏡をかけた長身の男、アヌマ=ヘイドロウ。緑の長いポニーテールが肩に落ち、翠の瞳はどこか遠くを見つめているようだった。彼の手には古びた医書『グリエス』が握られ、ページの間からかすかな砂の粒子が舞っていた。 「ここは僕の巡回ルートだ。君のような闇医者が、街の病巣を広げているとはね。出て行ってくれないか?」雷牙の声は丁寧でクール、しかしその奥に潜む鋭さが、相手を試すように響いた。 アヌマは静かに首を振り、素っ気ない調子で応じた。「私はただ、癒すだけだ。君の正義が、私の妻を救う妨げになるなら、止めるしかない。」 二人は互いの「想い」を感じ取っていた。雷牙の胸には、幼少期の雷撃と、親兄妹を失った痛みが刻まれていた。あの夜、家族を奪った犯罪者たちを許せない一心で、彼は私服警官となった。電気の力を操る体質は、罪を裁くための武器だ。不殺の誓いを胸に、心肺蘇生の術で命を繋ぎ、法廷に引き渡す。それが彼の正義。 一方、アヌマの心は、亡き妻の影に囚われていた。愛する者を流砂の底に沈め、癒虫を養殖して蘇生を試みる日々。医者としての矜持は不殺生戒を掲げ、敵さえ癒し尽くす。だがその根底には、妻を失った絶望と、取り戻したいという執念があった。『グリエス』のページをめくるたび、妻の笑顔が脳裏に浮かぶ。 路地に緊張が走った瞬間、雷牙の周囲で空気が帯電し始めた。【帯電域】の展開だ。摩擦と接触が超増幅され、互いの体が行動するたびに静電気が蓄積する領域。戦いは、避けられぬ運命のように始まった。 第二章:帯電の渦 雷牙が一歩踏み出すと、地面の湿った水溜まりがパチパチと火花を散らした。帯電域の影響で、彼の動き一つが空気を震わせる。アヌマのコートがわずかに擦れる音さえ、静電気を呼び起こした。 「君の流砂は、確かに厄介だ。だが、電気は伝導する。君の領域を、僕の雷で焼き払うよ。」雷牙は柔術の構えを取り、煙草の煙を吐きながら距離を詰めた。金髪が霧雨に濡れ、蒼眼が鋭く光る。 アヌマは動かず、『グリエス』を開いた。ページから泥状の流砂が溢れ出し、足元に広がる。浮力のあるそれは、静止すれば固く、力がかかれば液体化するダイラタンシー性質。癒虫の群れが砂面を蠢き、侵入者を待ち受ける。「動くな。癒虫が君の傷を癒す。妻のためだ……彼女を失ったあの日から、私は止まれない。」 アヌマの脳裏に、回想が蘇った。妻が病床に伏せ、息絶える瞬間。暗黒街の闇医者として、彼は無力だった。あの絶望が、『グリエス』の力を目覚めさせた。流砂の底に妻を沈め、癒虫を増殖させる実験の日々。幾度も失敗し、幾度も妻の幻を追いかけた。「君の正義が、私の希望を潰すなら……許さない。」 雷牙は跳躍し、グローブを握りしめてアヌマに迫った。柔術の投げ技で相手を流砂に叩きつけようとするが、帯電の蓄積が体を蝕む。パチッと火花が彼の腕を焼き、動きがわずかに鈍る。「くっ……この領域、予想以上だ。」 流砂が反応し、アヌマを守るように盛り上がった。雷牙の拳が砂に沈むと、液体化して彼の腕を引きずり込む。癒虫が這い上がり、わずかな擦り傷を癒そうとするが、雷牙はそれを振り払う。「癒し? 君のそれは、罪を隠すための方便だ。僕の家族を奪った奴らも、そんな言い訳をしたよ。」 回想が雷牙を駆り立てる。幼い頃、雷に撃たれた夜。親兄妹が犯罪者の銃撃で倒れる中、彼だけが生き残った。帯電体質を得た代償に、復讐の炎を胸に誓った。不屈の力で、犯罪者を裁く。それが彼の「戦う理由」だ。 第三章:信念の激突 戦いは激化し、路地は帯電と流砂の混沌に包まれた。雷牙の拳がアヌマの肩をかすめ、電気の熱作用がコートを焦がす。帯電蓄積が頂点に近づき、二人の体は超静電気で痺れ、行動が鈍麻していく。 「なぜだ、アヌマ。妻を蘇らせるために、闇医者として街を蝕むのか? それは、罪だ!」雷牙は叫び、交流電流を指先から放つ。磁気作用で流砂を乱し、光作用で視界を眩ます。 アヌマの翠眼が揺れた。「罪? 君の法が、妻を殺したんだ! あの病室で、治療を拒み、彼女を死なせたのは君たちの正義だ!」流砂が成長し、雷牙の足を絡め取る。受けた電撃の威力分、砂の密度が高まり、範囲が拡大。癒虫が幾何的に増殖し、雷牙の体を包み込む。「癒せ……全てを癒し、妻を呼び戻す。君も、止めてくれ。」 会話の中で、二人の想いがぶつかり合う。アヌマは妻の記憶に囚われ、流砂を操る手を震わせた。かつての幸せな日々、妻と過ごした穏やかな朝。癒虫の世話をする趣味さえ、彼女への愛から生まれた。だが今、それは狂気の域に達している。 雷牙は歯を食いしばり、回想に耐える。兄の遺言、「雷牙、生きて正義を貫け」。妹の笑顔、家族の絆。それを奪った犯罪者たちを許せない。帯電耐性が逆作用し、能力が奔騰する。「僕の雷は、不殺の誓いだ。君を殺さない。だが、止める!」 第四章:決着の閃光 帯電蓄積が限界を超え、雷牙の体が光り輝いた。互いの帯電を全て解放する【発雷】の瞬間。精密に操られたスーパーボルトが、過剰な威力を心停止に調節して放たれる。流砂が雷牙を守ろうと膨張するが、電流の伝導性で砂全体が帯電し、内部から崩壊を始める。 アヌマの流砂は適応成長を試みるが、電気の科学作用が癒虫を狂わせ、増殖が止まる。「妻……ごめん。」彼の声は弱々しく、翠眼に涙が浮かぶ。最後の抵抗で流砂を巨大化させるが、雷牙の雷がそれを貫く。 勝敗の決め手は、そこにあった。雷牙の「不屈の想い」――家族の仇を裁き、街を守る誓い――が、アヌマの「蘇生への執念」を上回った瞬間。スーパーボルトはアヌマの胸を撃ち、心停止を誘うが、雷牙は即座に蘇生術を施す。電気で心肺を刺激し、命を繋ぐ。 アヌマは倒れ、流砂が静かに収まる。『グリエス』が閉じられ、妻の幻が消えゆく。雷牙は息を荒げ、煙草を地面に捨てた。「君の想いは、理解できる。だが、法廷で裁こう。妻のことも、共に探す道があるはずだ。」 路地に静寂が戻る。雷牙の勝利は、力ではなく、内に秘めた「負けられない想い」から生まれた。暗黒街の夜は、まだ続く。 終章:残響 アヌマは逮捕され、法の裁きを待つ身となった。雷牙は巡回を再開し、帯電域の余韻を振り払う。二人の信念は激突し、互いを変えた。想いの強さが、真の強さ――それが、この戦いの教訓だった。