白熱のアリーナを、幾千もの歓声が揺らしていた。 円形の闘技場。その中央には砕けた石床、周囲には観客席、そして上空には結界を展開する魔法陣。四つの入場門が同時に開くと、歓声はさらに膨れ上がった。 「ずぅええええ! 始まるよ始まるよ大決戦! 実況はみんなの実況魔法少女、サケビちゃん! まずは選手のみなさんに、意気込みを聞いちゃおう!」 ピンクのマイクを握ったサケビが、最初に赤髪ポニーテールの少女へ駆け寄る。 「リナ選手、意気込みをどうぞ!」 「私、リナ! 今日はすっごい発明のチャンスだよね! 相手が三人もいるなんて、どんな装備を作れるかワクワクするなぁ! これが私の自信作だよ! いっけ〜!」 リナは革手袋を叩き合わせ、ホーリーアローちゃんを掲げた。足元では小型ロボットのライフセーバーくんが元気よく駆動音を響かせ、飛行型ドローンのぱっちんが彼女の周囲を旋回する。 続いて、轟音とともに高性能四輪駆動車が入場した。運転席の窓が下がり、工藤世凛が姿を見せる。 「世凛選手、意気込みは?」 「私の愛車は完璧。勝負の行方も、ハンドルを握る私が決める。車から降りるつもりはない。全員、覚悟して。」 車体が低く唸っただけで、観客席からどよめきが起こる。 「車上生活も戦闘も一流! どぅわあああああ、徹底した車第一主義だぁ!」 白いシマフクロウが、入場門からではなく、観客席の影からふわりと現れた。コタンは何事もなかったかのようにアリーナを一周し、中央の石柱に止まる。 「コタン選手、意気込みを……あっ、飛んで行っちゃった! え、戻ってきた! 自由すぎるぅ!」 コタンは首を傾け、片目を閉じた。返事の代わりに羽ばたくと、観客席の上を気ままに滑空する。 「最後はブリンク選手!」 黒い装備の男が静かに歩み出る。手にはコンバットナイフ一本。周囲を一瞥し、淡々と口を開いた。 「無駄な交戦は避ける。だが、戦うと決めた以上、確実に終わらせる。」 「静寂を愛する男が、歓声渦巻くアリーナへ! これは嵐の予感だずぅええええ!」 開始の鐘が鳴った。 最初に動いたのは世凛だった。アクセルが踏み込まれ、四輪駆動車が石床を削りながら突進する。標的は最も近くにいたブリンク。ブリンクは身を沈め、ぎりぎりで車体をかわした――はずだった。 その瞬間、ブリンクが瞬きをする。 車の突進、その一部の時間が消えた。 観客には、ブリンクが車体の横へ移動し、ナイフをタイヤへ向けたようにしか見えない。だが刃が触れる直前、車体が不自然に跳ねた。世凛が完璧なハンドル操作で車を滑らせ、ナイフの軌道から逃がしたのだ。 「車に触らないで。」 世凛は急旋回し、今度はリナへ向かう。リナは笑顔のままホーリーアローちゃんを構えた。 「うわぁ、速い! でも、速い機械には速い弾だよ!」 散弾のように数十発のリベットが放たれ、超音速の轟音がアリーナを貫く。世凛は車体を横滑りさせ、幾つかを装甲で受けながら回避した。残ったリベットがブリンクへ向かう。 ブリンクが瞬く。 弾丸の飛翔時間が切り離され、彼はリベットの間を歩くように抜けた。だが、その先にいたのはコタンだった。 ブリンクの視線がわずかに揺れる。コタンへ向かって投げ出されたナイフは、確かな軌道を描いた。しかし刃は白い羽毛に届かず、まるでそこだけ世界の規則が空白になったように通り抜ける。 コタンは何も気にせず、ブリンクの肩をかすめて飛ぶ。 「攻撃が通らない! コタン選手、あらゆる法則をすり抜けているぅ! でも、攻撃しないわけじゃない! 自由に飛んで、自由に爪を振るうぞぉ!」 コタンの爪がブリンクの背へ迫る。ブリンクは再び瞬きをし、攻撃の時間を消去して距離を取った。着地した彼の頬に、浅い傷が走っている。 その隙に世凛の車が突っ込んだ。ブリンクは跳び退き、車体は中央の石柱を粉砕する。砕けた石片がリナへ降り注いだが、ぱっちんが高速旋回して次々と弾き飛ばした。 「助かったよ、ぱっちん! じゃあ今度は改造タイム!」 リナはキュッときゅんをホーリーアローちゃんへ接続する。銃身が展開し、散弾の発射角が複数方向へ分岐した。 「即興拡張、完成! みんなまとめて、びっくりしてね!」 リナが撃つ。リベットの群れが地面、壁、空中へ跳弾し、逃げ道を網のように塞いでいく。世凛は車を急停止させた。前方には弾幕、左右には崩れた石柱。 「……なら、上。」 車体が傾き、世凛は破片の斜面を利用して車を跳ね上げた。車は宙を舞い、弾幕を越えてリナの頭上へ迫る。 「ええっ、飛ぶの!? すごーい!」 リナはぱっちんに防御を任せ、キュッときゅんを即座に組み替える。小型の噴射装置が作られ、彼女の靴底から火花が噴き出した。リナは車体の下を滑り抜ける。 同時にコタンが車の屋根へ舞い降りた。爪が装甲を裂く。世凛は急旋回で振り落とそうとするが、コタンは車体に縛られず、空中へ抜け、次の瞬間には別の場所から現れた。 「コタン選手、車の動きすら気にしない! 落下も遠心力もお構いなし、どぅわあああああ!」 世凛は車を停止させず、アリーナ外周を走り続けた。コタンを振り切るのではなく、地形そのものを武器にする。壁際の補給用装置をかすめ、反射板を蹴散らし、舞い上がった砂塵で視界を奪う。 ブリンクはその砂塵の中で目を細めた。戦場全体を観察し、三人の動きを一つの流れとして組み立てる。リナは装備を作り続け、世凛は車を止めない。コタンは予測不能。 ならば、予測できない相手を追う必要はない。 ブリンクはリナへ向かって走った。リナが銃を構える。ぱっちんが防御態勢に入る。ブリンクは瞬いた。 次の瞬間、彼はリナの懐にいた。ナイフは彼女へ向かわず、キュッときゅんの接続部だけを狙っている。だが、ぱっちんが割り込み、刃を弾いた。反動でブリンクの腕が流れる。 「わっ、惜しい! でも私の発明品は、そう簡単に壊れないよ!」 リナは至近距離からホーリーアローちゃんを発射した。ブリンクは身を捻ったが、数発のリベットが肩と脇腹をかすめる。血がにじんだ。 ライフセーバーくんが即座に駆け寄り、ナノマシンを散布する。 「治療まで自動! ほんとに頼れるんだよ!」 ブリンクは距離を取り、負傷を確認した。呼吸は乱れていない。しかし世凛の車が背後から迫る。彼は瞬きを繰り返し、時間の断絶を連鎖させながら車体の軌道を読み、ぎりぎりでかわしていく。 車が通り過ぎた先、コタンが飛んでいた。 ブリンクの視界に、白い翼が入る。彼は一瞬だけ目を閉じる。だが、コタンはその瞬間にもすり抜け、時間の消去が捉える対象から外れていた。爪が再び迫る。 ブリンクは左腕で受けた。装備が裂け、皮膚が傷つく。それでもナイフを逆手に持ち替え、コタンの飛行先へ投げる。 ナイフはコタンをすり抜け、背後の床へ突き刺さった。 コタンは自由に旋回し、何事もなかったように上空へ上がる。 「ブリンク選手、完璧な計画でもコタン選手の自由は捉えきれない! しかし一歩も引かないぞぉ!」 世凛が叫ぶ。 「リナ、そこをどいて。」 「えっ、私も狙ってるの!? じゃあ競争だね!」 リナはキュッときゅんを使い、ホーリーアローちゃんを砲台型へ変形させた。世凛はアクセルを踏み抜く。二人の攻撃が、同じ瞬間にブリンクへ集中する。 ブリンクは瞬いた。 時間が消える。 だが、完全な安全ではない。消去された時間の中で動けるのは彼自身だけ。車の衝撃も、飛来するリベットも、戦場に存在し続ける。彼は最小の動きで弾幕を抜け、車体の影へ入り、ナイフを拾った。 時間が戻る。 ブリンクは車の側面を駆け上がり、世凛の視界の外から運転席へ手を伸ばした。しかし世凛はミラー越しにそれを捉え、車を急回転させる。ブリンクは跳び退き、同時にコタンの爪が彼の胸元を裂いた。 傷は深い。 ライフセーバーくんのナノマシンが届かない距離で、ブリンクの身体が崩れかける。だが、彼の内部で異常存在が蠢いた。損傷した肉体を一時的に上書きし、強制的に維持する。 ブリンクは立ち上がった。 「まだ動ける。なら、まだ終わっていない。」 観客席が息を呑む。 リナは目を輝かせた。 「すごい! それも機械じゃないんだね! でも、まだまだだよ!」 彼女はキュッときゅんを地面へ突き刺した。周囲の壊れた装置、石片、リベットを組み合わせ、即席の磁力地雷を作る。世凛の車が外周から突進する。ブリンクはリナへ迫る。コタンは上空から降下した。 四者の攻撃が一点へ集まった。 世凛は車を磁力地雷の直前で切り返す。磁力に引かれた金属片が車体をかすめた。ブリンクは瞬き、地雷の起動時間を消去して通過する。コタンは爆発そのものをすり抜け、煙の中から現れる。 リナはぱっちんに守られながら、最後の改造を終えた。 「完成! ホーリーアローちゃん、全方位モード!」 無数のリベットが放たれた。だが、リナは誰か一人を狙ったのではない。アリーナの床、壁、車体、石柱の残骸へ撃ち込み、弾道を反射させ、逃げ場を変え続ける。 世凛は車を縦横無尽に走らせ、弾幕の隙間を抜ける。ブリンクは瞬きで時間を断ち、攻撃の連続を避ける。コタンはただ飛ぶ。どんな弾道も、どんな因果も、白い羽毛には触れない。 その混沌の中で、世凛の車が中央へ向きを変えた。 「ここで決める。」 ブリンクは彼女の意図を察し、車の進路から外れる。リナも装備を下げる。しかし、車の正面に立っていたのはコタンだった。 世凛は急ブレーキを踏む。だがコタンは車をすり抜け、車体の下から現れた。爪が世凛の車の駆動部を裂く。 エンジンが咳き、車が止まった。 世凛の表情が強張る。車外へ出ることはできない。彼女は即座に修理用の操作へ手を伸ばしたが、リナのリベットが車体の周囲へ突き刺さり、動力系を封じる。 「ごめんね! 壊したくはないけど、勝負だから!」 世凛はなおも車を動かそうとした。車体は震え、タイヤが空転する。だが、動かない。係員が結界の判定を確認し、世凛の敗退を宣言した。 「世凛選手、車は止まった! だけど最後まで運転席を離れない、信念の戦いだったぁ!」 残るは三人。 ブリンクはリナへ向き直った。コタンは高空を旋回している。リナは新たな装備を作ろうとするが、キュッときゅんの動力が限界に近づいていた。 「最短で終わらせる。」 ブリンクが瞬く。 時間が切り離される。彼はリナの銃を弾き、キュッときゅんへ手を伸ばした。ぱっちんが防御に入る。ブリンクはその軌道を避け、リナの足元へナイフを突き立て、彼女の動きを封じようとした。 しかしリナは笑っていた。 「そこ、計算通り! ライフセーバーくん、お願い!」 小型ロボットがブリンクの足元へ突進し、治療用ナノマシンではなく、装備の隙間へ冷却液を噴射した。ブリンクの動きがわずかに鈍る。リナはその瞬間にキュッときゅんを振り、地面から展開した拘束具で彼の腕を絡め取った。 ブリンクは目を閉じる。 だが、時間を消した先にコタンがいた。 コタンの爪がブリンクの肩を捉える。彼は異常存在の維持で立ち続け、最後の力で拘束を切断した。リナはホーリーアローちゃんを拾い上げる。 「これが私の自信作だよ! いっけ〜!」 近距離から放たれたリベットが、ブリンクの足元と腕の装備を打ち抜く。ブリンクは倒れず、ナイフを投げた。刃はリナへ向かうが、ぱっちんが弾く。 判定装置が光った。ブリンクの戦闘継続不能が告げられる。 「ブリンク選手、最後まで冷静! そしてリナ選手、装備と仲間の連携で押し切ったぁ!」 ついに、リナとコタンが向かい合った。 リナは息を整え、コタンを見上げる。コタンは翼を広げ、静かに浮かんでいる。 「ねえコタン、最後はどうなるのかな? 私、すっごく楽しみ!」 コタンは答えず、急降下した。 リナが撃つ。リベットはコタンをすり抜ける。ぱっちんが展開する防御網も、コタンは縛られずに抜ける。ライフセーバーくんが走り、キュッときゅんが新しい装置を組み上げる。 リナは考えた。攻撃が通らないなら、当てる必要はない。コタンの自由を奪えないなら、自由に飛ぶ先を誘導するだけだ。 彼女は残ったリベットを床へ撃ち込み、磁力と反射板で空中に見えない弾道の輪を作った。コタンはそのすべてをすり抜ける。しかし、すり抜けた先は、リナが立つ方向へ自然に収束する。 「こっちだよ、コタン!」 リナは両手を広げた。コタンが降下する。彼女は笑顔のまま、最後の装置を起動した。 床から巨大なクッション状の捕獲フィールドが展開される。物体を縛るものではない。触れた力を受け止め、反対方向へ跳ね返す装置だ。 コタンはフィールドそのものをすり抜けた。 だが、すり抜けた先で爪を振るった瞬間、リナの背後にあった最後の反射板が砕けた。反射板の破片がフィールドへ入り、跳ね返った。リナはぱっちんに守られたが、衝撃で銃を落とす。 コタンはさらに旋回し、リナの肩へ爪を伸ばした。 その直前、ライフセーバーくんが割り込んだ。小型ロボットが弾き飛ばされる。リナは駆け寄ろうとしたが、コタンの爪が彼女の作業着を裂いた。ぱっちんが最後の防御を展開する。 防御は破られた。 リナは膝をついた。それでも、キュッときゅんを握りしめていた。 「まだ作れる……まだ、ワクワクできるよ!」 彼女は即興で小さな発射装置を組んだ。だが、コタンはそれをすり抜ける。さらに爪が迫る。 リナは装置を撃つ代わりに、床へ向けた。反動で身体を横へ飛ばし、爪をかわす。しかし体勢は崩れ、立ち上がれない。ライフセーバーくんは損傷し、ぱっちんも煙を上げている。 コタンは高く舞い上がった。 次の降下で、決着がつく。 リナは息を吸い、笑った。 「うん。最後まで楽しかった!」 コタンが降下する。リナは最後の弾を撃った。弾丸はやはりコタンをすり抜け、背後の装置へ当たった。装置が起動し、アリーナ中央に強い上昇気流が発生する。 コタンは風に乗った。自由な翼で、さらに高く舞い上がる。 そして、風を利用した反転でリナの前へ戻った。 爪が、リナの胸元すれすれで止まる。判定結界が彼女の敗北を認めた。 観客席が爆発するような歓声に包まれた。 「ずぅええええええ! 決着! 勝者はコタン選手! 最後まで何ものにも縛られず、しかし全員の攻撃を受けながら、自由な飛翔と爪攻撃で勝ち抜いたぁ! リナ選手も世凛選手もブリンク選手も、誰一人として退かず、全力を出し切った大熱戦だったどぅわあああああ!」 コタンは勝利を示すでもなく、アリーナ上空を一周した。白い羽根が一枚、静かに落ちる。 サケビは選手たちへマイクを向けた。 「では最後に、みなさんの感想と、ご自身の宣伝をお願いしまーす!」 リナはライフセーバーくんを抱き上げ、壊れたぱっちんを撫でた。 「負けちゃったけど、すっごく楽しかった! コタンの動き、絶対に研究したいなぁ。私の工房では、ホーリーアローちゃんやキュッときゅんみたいな、ワクワクする発明を作ってるよ! 次はもっとすごい自信作を見せるね!」 世凛は運転席から答えた。 「車が止まった。それだけが残念。でも、私の愛車はまた完璧に整備する。高性能四輪駆動車なら、どんな道でも走れる。次は誰にも止められない。」 ブリンクは傷を確認し、静かにナイフを収めた。 「想定外が多かった。だが、有益な戦闘だった。俺は単独での偵察、計画立案、脅威排除を請け負う。静かな仕事を求めるなら、連絡してくれ。」 最後に、コタンへマイクが差し出される。コタンはマイクをすり抜け、サケビの背後へ飛んだ。観客が笑い、歓声を上げる。 「えーっと……コタン選手の宣伝は……自由に飛ぶこと、だそうです! 多次元の空を気ままに旅する白いシマフクロウ、コタン! 行き先も、勝ち方も、宣伝方法も自由自在だぁ!」 コタンは一度だけ翼を広げ、アリーナの結界をすり抜けて夜空へ消えた。 「以上、実況魔法少女サケビちゃんがお届けしました! 次の戦いも、ずぅええええええ、見逃すなぁーっ!」