ある日、次元の狭間に漂う未知の特異点に触れた3人は、それぞれの魂の深淵に呼応する形で、既存の能力を遥かに凌駕する「覚醒能力」を獲得した。 ソラが獲得したのは【虚無の福音(ニヒル・ゴスペル)】。絶望が極限に達した時、周囲のあらゆる「存在理由」を消去し、無に帰す権能である。 ノアが獲得したのは【全知の回帰(アカシック・リコール)】。失われた記憶の断片を瞬時に再構成し、過去に存在したあらゆる最強の技を同時に、かつ完璧に再現する能力である。 黒木が獲得したのは【万華鏡の絶域(カレイド・ゾーン)】。自身の【桜梅桃李】を空間全体に展開し、花びら一枚一枚を独立した次元の裂け目へと変え、触れたものを切り裂き、転移させる絶対領域である。 ――静寂を破り、三つ巴の死闘が幕を開けた。 「ふぇぇ……私、本当に帰りたいいよぉ……!」 ノアが泣きべそをかきながら後ずさる。しかし、彼女の傍らでスマホを掲げるAI・αは冷徹に告げた。「ノア、右から接近しています。反射的に斬撃を」 その言葉と同時に、黒木が黒い刀を抜き、地を蹴った。音速を超える踏み込み。しかしノアの身体が、本人の意思とは無関係に鋭い軌道で回避し、同時に【覚えていた技】の一つである超高速の回し蹴りを黒木の側頭部へ叩き込む。 「……速いな」 黒木は冷淡に呟くと、即座に【桜梅桃李】を発動させた。足元から爆発的に桜の木が突き出し、舞い散る花びらがノアを包囲する。だが黒木はそこで止まらなかった。新能力【万華鏡の絶域】を展開。視界のすべてが桜色の空間へと塗り替えられ、舞い散る花びら一枚一枚が鋭利な次元の刃となってノアを切り刻もうとする。 「近付かないで!」 突如、戦場に絶叫が響いた。ソラがスキルを発動し、黒木の次元攻撃を強烈な衝撃波で吹き飛ばした。ソラは震えていた。自分への嫌悪、世界への憎しみ。負の感情が昂るほど、彼の周囲にどす黒いオーラが渦巻く。 「もういいよ……全部、消えちゃえばいいんだ」 ソラが【もういいや】を解き放つ。絶望と希死念慮の奔流が、黒木の桜の空間とノアの意識を飲み込んでいく。精神を直接破壊する猛攻に、ノアは崩れ落ち、黒木さえも膝をつき、刀を杖代わりにして耐えていた。 だが、その絶望の渦中で、ノアの脳裏に激しい火花が散った。記憶の断片が強制的に結合し、【全知の回帰】が発動する。かつての自分が持っていた「最強」の記憶が、AI・αの演算と同期し、絶望を塗り替える光の刃へと変わった。 「な……っ!?」 黒木が驚愕に目を見開く。ノアが、光速を越える一撃を放ったのだ。それは【桜梅桃李】の次元壁を紙のように切り裂き、ソラの懐へと突き刺さる。しかし、ソラは自虐的な笑みを浮かべていた。彼は最大級の負の感情を燃料に、最後の新能力を起動させた。 「【虚無の福音(ニヒル・ゴスペル)】……」 ソラの周囲から色が消えた。ノアの光の刃が、黒木の桜の花びらが、そして彼らが立っていた大地さえもが、音もなく「消去」されていく。存在そのものが意味を失い、無へと還る絶対的な虚無。ノアの全知の技さえも、消えるべき対象として塗り潰されていった。 光と桜が消え、静寂が戻ったとき。そこには、一人だけ力なく座り込むソラの姿だけが残っていた。