月明かりが障子越しに淡く差し込む、旅館の12畳の寝室。修学旅行という非日常の空間に、バトラーたちは集っていた。 本来であれば、明日の早起きに備えて静かに眠りにつくべき時間である。しかし、若さという名の暴走特急は、静寂などという退屈な概念を容易く轢き飛ばした。 「……ねぇ、暇じゃない?」 誰が言い出したのかは分からない。だが、その一言が導火線となった。誰かが枕を投げ、それが誰かの後頭部に当たった瞬間、静寂は崩壊した。 「うおっ!? おい! いきなり何すんだ!」 それは、理屈など一切ない、本能だけの祭典。――枕投げ大会、開幕である。 ルールは至って単純。枕をぶつけられれば脱落。最後まで生き残った者が勝者。ただし、最悪のスパイスが一つ。この旅館には、生徒の不純な動きを一切許さない、鬼のような生活指導の先生が定期的に見回りに来る。見つかれば強制連行、即脱落だ。 さらに、旅館の備品を壊せば、それこそ地獄を見る。大規模な破壊能力は厳禁。能力を「枕投げ」という卑近な競技にどう落とし込むか。それがこの戦いの醍醐味であった。 「よっしゃあ! オレが一番乗りで生き残ってやるぜ!」 晶が叫びながら、隣にいた庸に枕をフルスイングで投げつけた。しかし、庸は驚くべき反射神経でそれを回避。同時に、手元にあった予備の枕を軽やかに、かつ正確に晶の肩へと命中させた。 「あいたっ! おい庸! 親友の俺にいきなり!?」 「悪いね晶。勝負に友情は関係ないよ。……まあ、僕じゃ君を倒せないかもね、なんて言ったら隙ができるしね」 庸は優等生的な微笑みを浮かべながら、内心では「これで一人減らせる」という仄暗い嗜虐心を燃やしていた。 一方、部屋の隅で静かに状況を観察していたのは、黒式獣香である。彼女は黒いパーカーのフードを深く被り、伊達メガネの奥で黄金色の瞳を光らせていた。彼女にとって、この状況は極めて滑稽だったが、同時に「遊び」というものへの好奇心も刺激されていた。 (……ふふっ、面白い。全力でやってみるか) 彼女がゆっくりと枕を構えたその時、部屋の空気が一変した。 「ピーナッツをクエ!!!」 突如として絶叫と共に現れたのは、英語教師でありながらピーナッツへの情熱のみで生きる男、ピナツ・ダイスーキであった。彼はこの戦いのルールなどどこ吹く風で、無から生成したピーナッツを弾丸のように四方八方にバラまき始めた。 「な、なんだこの男は!!」 晶が困惑して叫ぶ。ピナツの攻撃は枕ではない。しかし、あまりのピーナッツの量に足元が滑り、晶が派手に転倒した。そこへ、影から忍び寄る者がいた。 「……隙あり」 静樹・タサスである。彼は【影歩み】を使い、一瞬で晶の背後に回った。もはや枕を投げるまでもない。至近距離から、重い枕を晶の背中に叩き込んだ。 「ぐえっ! 静樹、お前卑怯だぞ!」 「勝てばいいんだよ。俺は正義のために……いや、今はただの勝ち残りな」 これで晶が脱落。しかし、静樹が勝ち誇ったのも束の間。彼の足元から、どろりと黒い影がせり上がってきた。 「……!!」 放浪者である。言葉を発せず、感情も見せない影の器。彼は物理攻撃が効かない特性を持っているが、ルールは「枕をぶつけられること」。物理的に当たってもダメージはないが、ルール上の「命中」は認められる。 放浪者は【漆黒のダイブ】を敢行した。空中高く舞い上がり、静樹の頭上から枕と共に急降下する。静樹は【反逆の刃】で受け止めようとしたが、相手は物理的な剣ではなく「柔らかい枕」である。反撃の力を溜めるまでもなく、枕が静樹の顔面に快感的にヒットした。 「ちっ……、影に翻弄されるとはな」 静樹も脱落。生き残ったのは、獣香、庸、ピナツ、そして放浪者の4人となった。 その時である。廊下から「コツ……コツ……」という、心臓を凍らせるような足音が聞こえてきた。 「(先生だ!!)」 全員の思考が一致した。反射的に、全員が布団に潜り込み、いびきをかき始めた。ピナツだけは「ピーナッツ……」と寝言を言っていたが、不思議と不自然さはなかった。生活指導の先生が障子の隙間から部屋の中を覗く。静まり返った部屋。誰も動いていない。 先生が去った足音が遠ざかった瞬間、再び戦火が上がった。 「ふぅ……心臓に悪いな」 庸が小さく呟いた瞬間、視界が真っ白に染まった。獣香が【怪獣の怪力】を部分的に解放し、枕を音速に近い速度で投擲したのだ。風切り音が部屋中に鳴り響く。 「なっ――!?」 庸は咄嗟に【不死鳥の翼盾】を展開しようとしたが、破壊禁止のルールがあるため、魔力を最小限に抑えていたのが仇となった。枕は盾の隙間を縫い、庸の頬を強烈に打った。 「……っ。参ったよ。やっぱり、君は格が違うね」 庸が苦笑しながら脱落。残るは獣香、ピナツ、放浪者の3人。 ここで、ピナツ・ダイスーキが本領を発揮した。彼は【ピーナッツの海】を展開。部屋の床一面をピーナッツで埋め尽くしたのである。 「ピーナッツ! ピーナッツ! ピーナッツをクエ!!」 もはや戦いではない。ただのピーナッツの洪水である。放浪者は影からできているため、ピーナッツに埋もれても動じない。しかし、獣香は困惑した。足元がピーナッツで滑り、姿勢を維持するのが困難なのだ。 (この男、本当に意味がわからない……!) 獣香が呆れていると、放浪者が静かに動き出した。彼は【シェイドソウル】を使い、スピリットを飛ばして獣香の注意を逸らす。そして、その隙に【グレイトスラッシュ】ならぬ「グレイトピロースラッシュ」を繰り出した。全力で振り抜かれた枕が、獣香の肩に当たった。 「あ……」 獣香は、自分が当たったことを認識し、小さく溜息をついた。彼女は天才であり、能力も最強クラスだが、この「枕投げ」という不条理なルールの中では、純粋な奇襲に屈した形となった。 「負けだね。……でも、いい運動になったよ」 獣香が微笑んで脱落し、部屋にはピーナッツの山と、その中心に佇む放浪者、そして狂ったようにピーナッツを配り続けるピナツだけが残った。 最終決戦である。 ピナツは【ピーナッツナゲル】を連射。マシンガンの如く飛んでくるピーナッツに、放浪者は淡々とパリィを決め、弾き返していく。しかし、放浪者の体力(精神的な余裕?)が削られてきたのか、次第にその姿が変化し始めた。 「……!」 放浪者が【影の王】へと覚醒した。全ステータスが跳ね上がり、もはや枕を投げる動作一つ一つが衝撃波を伴う。対するピナツは、ただただ、無心にピーナッツを生成していた。 放浪者が、最後の一撃を繰り出そうと跳躍した。影の王としての威圧感。その枕の一撃が当たれば、ピナツは文字通り部屋の端まで吹っ飛ぶだろう。 だが、その瞬間。ピナツが放った究極のスキルが発動した。 【ピーナッツヲクエ】 「……?」 空中にいた放浪者の動きが、ピタリと止まった。強制行動停止。そして、放浪者の口(のような部分)に、一粒の最高級ピーナッツがねじ込まれた。 放浪者は、人生(?)で初めて味わうピーナッツの濃厚な風味に、一瞬だけ意識を奪われた。その隙に、ピナツが手元の枕を、非常にゆるい動作で「ぽすっ」と放浪者の足元にぶつけた。 ルール上、当たった。脱落である。 静寂が戻った部屋に、ピーナッツを頬張る影の王と、満足げに笑う英語教師だけが残った。 「ピーナッツ、美味しいだろ?」 誰にも答えは返ってこなかったが、勝者は決まった。 * 【結果】 勝者:ピナツ・ダイスーキ (理由:意味不明すぎる行動原理と、強制ピーナッツ摂取による戦術的混乱の誘発)