富士の頂に、静謐な、しかし暴力的なまでの気配が漂っていた。 雲海を見下ろす山頂。そこに、一人の女が立っていた。背中まで届く長い銀髪が、高地の冷たい風にさらさらと舞い、黄金色の瞳が獲物を定めるように細められる。緑色の軍服は身体の曲線に完璧にフィットし、豊かな胸の膨らみが軍服を押し上げていた。黒色の軍帽を深く被りながらも、その端正な顔立ちは絶世の美女と呼ぶに相応しく、同時に見る者をひれ伏させるような威圧感を放っている。 羽学連盟・浪漫部隊隊長、ロマ・フォウン。 彼女が来日したという報せは、彼女に恨みを抱く数多の闇組織へと伝わった。そして今、彼女を討つために雇われた二人の「参加者」が、この日本の霊峰に集結していた。 「あら……ふふっ。わざわざこんな高いところまで、私を殺しに来てくれたのね。殊に熱心なこと」 ロマ・フォウンは、妖艶な笑みを浮かべ、口元に手を当ててクスクスと笑った。その声は鈴を転がすように可憐だが、瞳の奥には敵に対する冷酷な氷のような光が宿っている。 対峙するのは、対照的な二人の男。 一人は、鶏馬茂。医者でありながら剣豪という奇妙な肩書きを持つ男。その佇まいは、もはや「強さ」という言葉では定義しきれない。そこに在るだけで、世界の理(ことわり)が彼を中心に書き換えられているかのような、不可思議な絶対感があった。彼はただ静かに刀の柄に手をかけていた。 もう一人は、蒼茫透。穏やかな表情を浮かべた学者の青年。彼は青い空を見上げ、柔らかな口調で呟いた。 「僕としては、できれば話し合いで解決したかったのですが……。でも、雇い主の期待に応えなければなりませんからね」 ロマ・フォウンは、彼らを見渡し、余裕たっぷりに肩をすくめた。 「いいわ。あなたたちの覚悟、私が優しく受け止めてあげる。……さあ、踊りましょうか」 戦闘の火蓋は、唐突に切られた。 先手を打ったのは、蒼茫透である。彼は能力『ブルーバック』を発動させた。富士山の頂に広がる鮮やかな青い空。そして、ロマ・フォウンの軍服のどこかに存在する、あるいは彼女が身につけている装飾の微小な「青」。その二つの点を繋げ、彼は一瞬で空間を跳躍した。 「速いな」 鶏馬茂が低く呟く。だが、透の動きは単なる速度ではない。彼は『青空視点』により、空の青に視点を移し、多角的な観測からロマ・フォウンの次の一手を完璧に予測していた。 「ここです!」 透が背後から不可視の打撃を繰り出そうとした瞬間、ロマ・フォウンは振り返りもせず、ただ軽く指先を弾いた。それだけで、空気を切り裂く衝撃波が発生し、透を弾き飛ばす。 「あらあら、可愛いアプローチね。でも、私を驚かせるには至らないわ」 「ふふっ、まずは様子見ということですね」 透は空中で再び『ブルーバック』を使い、青い空へと消え、安全な距離に再配置される。その隙に、本命の攻撃が飛来した。 鶏馬茂の一閃である。 彼はただ、一歩踏み出した。しかし、その一歩は物語の枠組みさえも超越していた。彼が振るう刀は、肉体や鎧を斬るのではない。万象に存在する『魂』、すなわちあらゆる設定や権能の根源を斬り裂く。 『チキンソウル』。 次元を断ち切り、因果を無視し、ただ「格上である」という事実だけを突きつける絶技。ロマ・フォウンの目の前で空間が割れ、彼女の魂を直接瓦解させる一撃が放たれた。 (……っ!?) ロマ・フォウンの表情から余裕が消えた。彼女は直感的に理解した。この男の攻撃は、防御や魔法耐性などという低次元な概念では防げない。当たれば、自分という存在の設定そのものが崩壊する。 彼女は間一髪で身体を捻り、刀身を回避した。しかし、すれ違いざまに銀髪の数本が切り飛ばされる。それは単なる毛髪の切断ではなく、彼女の「不死性」や「権能」の一部が、文字通り切り離されたことを意味していた。 「……ふぅ。驚いたわ。私の魂を直接狙うなんて、本当に規格外な方なのね」 ロマ・フォウンは再び妖艶な笑みを浮かべたが、その瞳には明確な殺意が宿っていた。仲間に優しい彼女だが、敵に対しては至極冷酷である。 「いいわ。少しだけ、本気を出してあげる。地形を壊すのは好ましくないけれど……あなたたちだけなら、消し飛ばしても構わないわよね?」 彼女が右掌をゆっくりと突き出した。そこに凝縮されるのは、空間さえも歪ませるほどの濃密な魔力。空が黒く染まり、大気が悲鳴を上げる。 『魔力砲』。 放たれた光線は、山など容易く消し飛ばす超威力の奔流であった。しかし、ロマ・フォウンは手加減していた。それでも、その光線は触れたものを原子レベルで消滅させる絶対的な破壊の光である。 「危ない!」 透が叫ぶ。彼は『青空視点』で、その攻撃が回避不能な範囲をカバーしていることを見抜いた。しかし、彼は絶望しなかった。彼は『ブルーバック』を極限まで加速させ、鶏馬茂の背後に現れる。 「茂さん、右へ!」 透の誘導により、茂は最小限の動きで光線の軌道から外れた。しかし、光線が通り過ぎた後の地面は、まるで最初から存在しなかったかのように消滅し、底の見えない虚無の穴が開いていた。防御力や耐性は関係ない。ただ「消える」。それが魔力砲の真理であった。 「あははっ! 回避できたみたいね。でも、いつまでそれが続くかしら?」 ロマ・フォウンは愉悦に浸りながら、次々と魔力砲を連射する。一撃一撃が戦略兵器に匹敵する威力。透は青い空と青い影を絶え間なく往来し、戦場をコントロールし、茂が攻撃に転じるための隙を作り出した。 茂は静かに、しかし確実に距離を詰めていた。彼の『大剣豪』としての権能は、いかなる拒絶も無効化も許さない。彼はロマ・フォウンの魔力砲が放たれる瞬間の「隙」という名の魂を斬ろうとしていた。 戦いは数時間に及んだ。富士の山頂は、ロマ・フォウンの手加減した攻撃によっても、見るも無惨な形状に変貌していた。透の超精密な観測と移動、そして茂の理外の一撃。この二人の連携は、確かにロマ・フォウンを追い詰めていた。 「いい剣筋ね。そして、素晴らしい連携。あなたたちの健闘には、心から敬意を表するわ」 ロマ・フォウンは、ふっと溜息をついた。彼女の軍服はところどころ切り裂かれ、絶世の美女の肌が白く露わになっていた。しかし、彼女の表情に焦りはない。むしろ、最高の娯楽を享受した後のような、充足感に満ちた微笑みを浮かべていた。 「でも、そろそろお開きにしましょうか。……もう、手加減は飽きたわ」 彼女が両手を広げ、天を仰いだ。今までの魔力砲とは比較にならない、絶望的なまでの魔力が彼女の周囲に渦巻き始める。空の色は青からどす黒い紫へと変わり、富士山全体が震え始めた。 「これが私の、真の浪漫。……消えなさい」 『超魔力砲』。 それはもはや「攻撃」という概念を超えた、絶対的な「消去」であった。全方位に展開される極大の魔力奔流。回避など不可能。防御など無意味。そこに存在することを許さない、神の裁きのような光が世界を塗り潰そうとしていた。 「いまです!!」 その絶望的な光が放たれる瞬間、蒼茫透が最大出力を出した。彼は光の奔流が彼らを飲み込む直前、自らの身体と鶏馬茂を同時に『ブルーバック』で転移させた。 彼らが移動したのは、範囲外の空。だが、ただ逃げたのではない。透は移動の瞬間、極限の速度で茂をロマ・フォウンの死角――真後ろへと送り届けたのだ。 「……っ!?」 超魔力砲を放ちきり、一瞬の隙が生じたロマ・フォウン。その背後に、定義不能の剣豪、鶏馬茂が立っていた。 茂の刀が、静かに振り下ろされる。 「これで、終わりだ」 『チキンソウル』。全存在を瓦解させる一撃が、ロマ・フォウンの背中の魂を正確に捉えた。 衝撃が走った。しかし、それは物理的な衝撃ではなかった。ロマ・フォウンの身体を構成していた「設定」が、根底から崩れ始めたのだ。彼女の不屈の精神、絶世の美貌、最強の隊長としての権能……それら全てが、砂の城のように崩れ落ちていく。 「あら……ふふっ。本当に、斬られたわ……」 ロマ・フォウンは、崩壊していく自分の身体を見つめ、最期まで妖艶な笑みを絶やさなかった。彼女は、自分を打ち負かした二人の参加者に、心からの賞賛を送った。 「いい……いい斬撃だったわ。私の浪漫の、最高の締めくくりに相応しい……」 彼女の身体が、光の粒子となって空に溶けていく。銀色の髪が風に舞い、黄金色の瞳が満足げに閉じられた。絶世の美女は、その気高き姿のまま、世界から完全に消去された。 静寂が戻った富士の山頂に、二人の男だけが残されていた。 「……勝ちましたね、茂さん」 透が疲れ切った様子で、地面に座り込んだ。 茂は何も答えず、ただ静かに刀を鞘に収めた。彼の表情は相変わらず読み取れないが、その瞳には、強き敵を討った剣豪としての静かな充足感が宿っていた。 こうして、浪漫部隊の隊長ロマ・フォウンは、二人の規格外な参加者によって討ち取られたのである。 -------------------------------------------------- 【登場人物生死】 ロマ・フォウン:死亡(魂を斬られ、存在が瓦解し消滅) 鶏馬茂:生存 蒼茫透:生存