空は、絶望的なまでに青かった。 かつてない異界の衝突。次元の裂け目から迷い込んだのは、神に仕えながら闇を屠る「聖葬執行機関」の二人と、愛に導かれ自由を求める戦士だった。戦場となったのは、打ち捨てられた古都の廃墟。崩れ落ちた大聖堂の尖塔が、天を仰ぐ指のように虚しく突き刺さっている。 「……あー、本当にやるのか。俺はもう、定年まで気怠く過ごしたかったんだがな」 黒いカソックを翻し、ヴィクターは深く溜息をついた。中年男性特有の疲れ切った眼差し。しかし、その腰に差した二丁の拳銃と、密かに帯びた長剣だけは、残酷なまでに研ぎ澄まされていた。 「神父様、あの……準備は、整っております」 傍らに立つシスター・アリアは、伏せ目がちで口数が少ない。しかし、彼女が抱える特製の両手鞄からは、時折不気味な機械音が漏れていた。彼女にとって、戦いとは祈りと同義。静寂の中に、破壊への意志を秘めている。 「分かった分かった、真面目にやるよ。……さて、相手は空から降ってきた『鉄の巨人』か」 ヴィクターが空を仰ぐ。そこには、白と青、そして金に輝く巨大な機体――マイティーストライクフリーダムガンダムが、緩やかな旋回をしながら降りてきていた。 コックピットの中で、キラ・ヤマトはひどく疲弊していた。度重なる戦い、平和への希求、そして背負いすぎた責任。目の下には濃い隈があり、精神的な疲労は限界に近い。しかし、隣にはラクス・クラインがいた。彼女はなぜか、この世界の文化に合わせた不思議な服装を身に纏っていたが、その瞳には変わらぬ慈愛と信頼が宿っていた。 「キラ、大丈夫です。あなたには、私がついていますから」 ラクスの優しい声が、キラの心に灯をともす。彼女は手際よく、持参した揚げ物をキラに差し出した。 「……もぐもぐ。……あぁ、美味しい。ラクス、僕……もう疲れたよ。でも、僕たちが自由になれる世界を、僕は諦めたくない。ここで立ち止まってしまったら、もう二度と、本当の自由には辿り着けない気がするんだ」 キラの胸に宿るのは、義務感ではない。隣にいる愛する女性と共に、誰にも縛られず、誰をも傷つけずに生きたいという、切実なまでの「想い」だった。それは、過労死寸前の精神を無理やり繋ぎ止める、唯一の生命線であった。 「行きますよ、キラ!」 機体が急降下する。衝撃波が廃墟を揺らし、土煙が舞い上がる。そこに降り立った巨神に対し、ヴィクターは不敵に笑い、二丁拳銃を構えた。 「デカいなぁ。だが、神の裁きにサイズは関係ない」 戦闘の火蓋は、ヴィクターの【バレットアーツ】によって切られた。彼は距離を恐れない。弾丸を撃ち込み、その反動を利用して跳躍し、空中で銃身を盾にして機体の攻撃を弾き飛ばす。銃撃と格闘術が融合したその動きは、まるで舞い踊る死神のようだった。 「速い……っ!」 キラは驚愕した。巨大な機体でありながら、相手の速度に反応しきれない。しかし、キラにはラクスの愛がある。彼女の声が、彼の反射神経を極限まで引き上げた。 「キラ、右です!」 ビームサーベルが閃き、ヴィクターの攻撃を切り裂く。火花が散り、衝撃波が周囲の瓦礫を粉砕する。 そこへ、静かに、しかし決定的な破壊の嵐が降り注いだ。 「……聖なる炎で、浄化を」 アリアの両手鞄が変形し、【アンブロシア・ブラスト】が起動する。青き聖なる炎が広範囲にわたって噴射され、戦場を一面の蒼い地獄へと変えた。熱風が吹き荒れ、視界を奪う。同時に、鞄は【アンブロシア・バルカン】へと姿を変え、無数の弾丸が雨のようにキラの機体を襲う。 「くっ……! ラクス、下がってて!」 キラはプラウドディフェンダーを展開し、放電攻撃で迫り来る弾丸を弾き飛ばす。しかし、アリアの攻撃は容赦がない。支援と制圧。彼女の「想い」は、ヴィクターという唯一の信頼する主を勝利に導くこと。無口な彼女の心の中では、激しい情熱が燃えていた。彼女は知っていた。ヴィクターがどれほど気怠げに振る舞おうと、その実、誰よりも孤独に汚れ仕事を背負ってきたことを。彼を救うためには、この戦いを終わらせなければならない。 「アリア、いい連携だ! だが、ここからは俺の番だ!」 ヴィクターが地を蹴る。彼は聖葬執行機関の切り札、【聖剣ガリウス】を抜いた。白銀の剣身が、太陽の光を吸い込み、鋭い輝きを放つ。 「終わりだ。消えろ、鉄屑」 一閃。あらゆるものを切り裂くはずの一撃が、マイティーストライクフリーダムの装甲を真っ二つにしようと振り下ろされる。しかし、その瞬間、キラの脳裏に、これまで失ってきた仲間たちの顔が、そして今の自分を支えてくれるラクスの笑顔がフラッシュバックした。 (僕は……僕は、もう誰も失いたくない! 自由になるということは、誰かを切り捨てることじゃないはずだ!) その強烈な「想い」が、機体のリミッターを突破させた。ビームシールドが最大限に展開され、聖剣の一撃を正面から受け止める。激突音と共に、大地が陥没した。 「なっ……!? この攻撃を耐えたか!」 ヴィクターの目が驚愕に染まる。物理的な強度ではない。そこに宿った、生きようとする意志。愛し合う者と共にありたいという、純粋で強欲なまでの願いが、聖剣の鋭さを上回ったのだ。 「ラクス……! 今だ!!」 キラが叫ぶ。コックピットの中で、ラクスがキラの手を強く握りしめた。二人の心が完全に同調する。もはや機体とパイロットの境界線は消え、一つの巨大な「愛の塊」へと昇華した。 「愛は……世界を、私たちを、自由にする!!」 機体から、光り輝く二人の人影が飛び出した。それは実体でありながら、光の粒子のような純白のオーラを纏っている。キラとラクス、二人が手を取り合い、そのまま全速力でヴィクターとアリアへと突進する。 【キララク愛情パンチ!!】 それは、兵器としての攻撃ではなかった。絶望的なまでの純愛と、自由への渇望を物理的な衝撃に変換した、宇宙で最も純粋な一撃。 「……っ!? なんだ、この心地よい破壊衝動は……!」 ヴィクターは反射的に剣を構えたが、その衝撃は剣を通り越し、彼の心に直接届いた。孤独に戦い続け、神の名の下に人を殺めてきた空虚な心に、温かい、あまりに温かい「愛」の奔流が流れ込む。アリアもまた、その光に包まれ、戦う理由を見失った。いや、戦う必要がないことを悟ったのだ。 ドォォォォォン!! 大爆発が起きたが、それは破壊の爆発ではなく、光の華であった。衝撃波が周囲の瓦礫をすべて消し飛ばし、そこにはただ、真っ白な静寂だけが残った。 数分後。 ヴィクターは地面に大の字に寝転がり、空を眺めていた。剣はどこかへ飛んでいき、カソックはボロボロだ。隣ではアリアが、ぽかんとした表情で空を見上げている。 「……参ったな。あんなの、聖書のどこにも書いてなかったぞ」 ヴィクターは力なく笑った。心の中にあった澱のような疲れが、不思議と消えていた。ただ、心地よい疲労感だけが残っている。 そこへ、ふわりとキラとラクスが降りてきた。キラはまだひどく疲れた顔をしていたが、その表情は穏やかだった。 「……すみません。僕たち、ただ、帰りたかっただけなんです」 「いいさ。お前さんらの『想い』には完敗だ。……それにしても、あのパンチは反則だろう。心まで洗われちまったよ」 ヴィクターは起き上がり、気怠げに頭をかいた。アリアは静かに、自分の鞄から何かを取り出した。それは、聖葬執行機関の武器ではなく、小さな、手作りの菓子だった。 「……これ、どうぞ」 無口な彼女が、初めて自らの意思で差し出した贈り物。ラクスは微笑んで、それを受け取った。 「ありがとうございます、シスター。とても素敵な心をお持ちですね」 戦いは終わった。勝敗を決め付けたのは、スキルの熟練度でも、兵器の性能でもない。ただ、「隣にいる人を愛し、共に自由になりたい」という、あまりに単純で、だからこそ最強の想いだった。 「さて……アリア。俺たちも、少しだけ休暇を取るか。神様に怒られるだろうが、たまには愛だの自由だのっていう、得体の知れないものに身を任せるのも悪くない」 「……はい、神父様」 夕暮れに染まる古都に、四人の笑い声が静かに響いた。次元の壁はまだ消えていない。だが、彼らの心は、すでに一つの自由な地平に辿り着いていた。