空を突き抜けるような歓声と、地響きのような拍手が、巨大な円形闘技場を包み込んでいた。黄金の装飾が施された壁面、数万人の観衆。ここは王位継承権を賭けた最終決戦の地。勝者にはこの国の全権を掌握する王冠が与えられる。 「さあ! 運命の四名が揃った! 誰が次代の王となるのか!」 実況の声が響き渡る中、対峙したのはあまりにも個性の不一致な四人の戦士だった。 一人目は、Tシャツに短パン、サンダルというあまりに不釣り合いな格好をした男、止。彼は緊張しているのか、あるいは演技なのか、既に「お、おう…大丈夫かよここ」と頬を掻いていた。 二人目は、白く小さな体に黄金の首輪を巻いた招き猫。退屈そうに欠伸をしながら、もふもふとした足で地面を弄っている。神と言われる存在だが、その眼差しは至極「面倒くさそう」であった。 三人目は、ジャージ姿で自転車を傍らに置いた少年、ルアン。常に不敵な笑みを浮かべ、菓子をポリポリと食べながら、「ねえ、僕が勝ったらこの国全部お菓子にしていいかな?」と自由奔放なことを口にしている。 そして四人目は、静謐なる剣士、冨岡義勇。半々の羽織を風になびかせ、深い藍色の瞳で静かに戦場を見据えていた。その佇まいは、他の三者とは対照的に、ただひたすらに厳格で、不屈の精神を体現していた。 「それでは……戦い、開始!!」 号砲と共に、静寂を破ったのはルアンだった。彼は予測不能な動きで突如として加速し、自転車を猛スピードで漕いで義勇へと突っ込む。しかし、その軌道は物理法則を無視しており、直前で急激に右へ曲がり、そのまま止の背後に回り込んだ。 「わあ! びっくりした!」 ルアンが止の肩を軽く叩いた瞬間、止の真価が発揮された。 「ぐわああああああ!! 痛い!! 痛すぎる!! 誰か助けてくれー!!」 止は、ただの肩叩きで、あたかも全身の骨が砕けたかのような絶叫を上げ、派手に地面を転がった。演技力100。そのあまりに凄惨な「痛がり方」に、観客席からは「なんて残酷な攻撃を!」という悲鳴が上がる。ルアンはきょとんとした顔をしていた。 「えっ、僕そんなに強く叩いたっけ?」 その隙を逃さず、義勇が動いた。水のような滑らかな足運びで間合いを詰め、鋭い斬撃を繰り出す。 「水の呼吸 参ノ型 流流舞い」 連続して繰り出される斬撃。しかし、その刃が届く直前、招き猫が「ふぁ〜あ」と大きなあくびをした。 「めんどいにゃ」 一言。それだけで、義勇の斬撃という「現象」そのものが、なかったことにされた。空間がわずかに歪み、攻撃が完全に消滅する。義勇の表情に初めて驚きが走った。彼は即座に距離を取り、呼吸を整える。 「……不可思議な力だ。だが、それでも」 義勇の左頬に、うっすらと『痣』が浮かび上がる。身体能力が飛躍的に上昇し、空気の密度が変わった。彼は最大出力で地を蹴り、奥義へと突き進む。 「全てを出し尽くす……強者の立つ場所へ! 水の呼吸 拾ノ型 生生流転!!」 巨大な水龍が舞い、猛烈な回転斬撃が闘技場を飲み込んでいく。その威力は凄まじく、周囲の石畳が砕け散る。狙いは招き猫と、その傍らで「痛い、痛いよお!」と転げ回っている止だ。 だが、ここでルアンが笑った。 「あはは! 面白いね! じゃあ、ここは【自由的権止】!」 ルアンが指をパチンと鳴らした瞬間、世界から「能力」という概念が消えた。義勇の水龍が霧のように消え、止の過剰な演技さえも、単なる「騒がしい男」にまで還元される。完全な能力停止。しかし、ルアン自身は「自由」の権化であり、この停止すらも予測不可能な行動の一部として利用する。 「はい、これで終わり!」 ルアンが万象操作を試みようとしたその時、招き猫がゆっくりと立ち上がった。猫の目の前に、誰が置いたのかわからない小判(50円)が数枚転がっている。それは観客が投げ入れたチップだったのかもしれない。 「……小判、あったにゃ。仕方ないにゃ」 招き猫が、小さく足を踏み出した。その瞬間、猫から黄金色の、圧倒的な絶望感に満ちたオーラが放たれた。それは「近づくだけで気絶させる」神の圧力。能力が停止しているはずの空間において、このオーラは能力ではなく「神の格」として作用した。 「がはっ……!?」 ルアンが、そして転がっていた止が、同時に意識を失い、地面に沈んだ。義勇もまた、その圧力に膝をつく。不屈の精神を持つ彼でさえ、生物としての本能が「ここにいてはいけない」と警鐘を鳴らしていた。 しかし、義勇は折れなかった。彼は血を吐きながらも、最後の一撃を繰り出そうと刀を構える。 「好機──!!」 だが、招き猫はさらに追い打ちをかけた。面倒くさそうに、前脚でひょいと空を掻いた。 「カンペンしてにゃ」 それは、相手の戦意を、存在ごと消し去る一撃。物理的な斬撃ではない。精神と魂への直接的な干渉。義勇の瞳から、鋭い光が消えた。守り抜く決意、友への想い、王への渇望。それら全てが、招き猫の気まぐれな爪の一撃によって、心地よい虚無感へと書き換えられた。 「……あぁ、もういいか」 義勇が静かに刀を収め、そのまま座り込んだ。戦う理由を完全に失ったのだ。 静まり返る闘技場。立っているのは、ただ一匹の白猫だけだった。 「勝者、招き猫にゃ」 実況の声が震えている。誰もが予想しなかった結果。最強の剣士を、予測不能のトリッカーを、そして世界一の演技者を、ただの「面倒くさい神の猫」がなぎ倒したのである。 【称号】『次世代の王』 新国王となった招き猫は、即座に「政務を全て猫に任せる」という前代未聞の体制を敷いた。しかし、それは結果として、人間による権力争いや血塗られた政治を完全に排除することを意味していた。国民はただ、猫が心地よさそうに昼寝をしている姿を眺め、心地よい平和に浸った。 彼が行ったのは、究極の「不干渉」という善政であった。誰もが自由に、そして適当に生きる時代。金への執着があるため、経済のみは異常に活性化し、国は空前の繁栄を極めた。 この「猫王」による治世は、招き猫が「飽きた」と感じてどこかへ消え去るまで、実に150年という長きにわたって続いたという。