【世界危機:精神汚染の霧「忘却の絶望」】 世界は、突如として現れた不可視の精神汚染の霧に包まれた。この霧に触れた者は、自己のアイデンティティを喪失し、心の中にある「最も深い絶望」が具現化した怪物へと変貌する。人々は理性を失い、互いに殺し合い、世界は静かに、だが確実に崩壊へと向かっていた。この霧を払うには、世界各地で「極限の負の感情」を一点に集約させ、それを「純粋な意志」で打ち破るという、矛盾した儀式が自然発生的に行われる必要があった。 ---------------------------------------------------------------- 如月一樹の視点 (……静かだ) 夢想町の夜。俺はいつものように、白いマスクの裏側で呼吸を整えている。視界は狭い。だが、それでいい。この世界に、俺に見えるべきものはもう何も残っていない。 かつて、俺は優しかった。誰かに笑いかけて、誰かを助けたいと思っていた。けれど、あの地獄のような小学生時代が、俺の中の「何か」を完全に壊した。嘲笑、暴力、底なしの蔑み。それらが積み重なり、俺は人間であることをやめた。今はただ、この包丁の冷たさと、肉を切り裂く感触だけが、俺が生きている唯一の証明だ。 (……あそこに、誰かいる) 路地裏に震えている人間が見える。霧のせいか、それとも俺を見たからか。どちらでもいい。俺は音もなく近づく。ステルス。気配を消し、獲物の背後に立つ。相手が絶望に染まり、心臓が激しく脈打つ音が聞こえてくる。それが心地いい。恐怖に陥れる能力が、相手の精神をじわじわと削り取る。 「ひっ……あ、あぁ!!」 悲鳴。心地よい音楽だ。俺は一切言葉を発さず、ただ静かに包丁を突き立てる。肉が裂け、血が舞う。だが、今の人間たちはおかしい。殺しても殺しても、彼らの中にある「絶望」が霧となって溢れ出し、さらに別の怪物を生み出している。まるで、世界全体が巨大な屠殺場になったみたいだ。 (もっとだ。もっと殺せば、この不快な霧は消えるのか?) 内なる邪悪が騒ぎ出す。俺は凝視する。相手の瞳の中に宿る絶望を。殺せば殺すほど、俺の身体に不思議な力が漲る。「邪悪の化身」へと変わっていく感覚。肉体が強くなり、不死性が増していく。何度心臓を貫かれようと、数分後にはまた起き上がる。もはや死という概念さえ、俺にとっては退屈な玩具に過ぎない。 俺はただ、この町を赤く染め上げたい。それが誰のためになるか、世界がどうなるかなど興味はない。ただ、俺の中の空虚を埋めるために、夜歩く殺戮者として、絶望の海を泳ぎ続ける。 ---------------------------------------------------------------- 夜影塚 葬の視点 ……不快だ。この霧。視界を遮り、記憶を掻き乱す。 俺はマチェットナイフを握り直し、冷酷な視線で周囲を睨みつける。かつての俺は、今の一樹のような奴に惨殺された。絶望の中で、視界が赤く染まり、呼吸が止まった。あの時の、魂が切り裂かれる感覚。それは今でも俺の芯に刻まれている。 だが、俺は蘇った。死すら俺を拒絶し、不死という呪いを与えた。だからこそ、俺の目的はただ一つ。自分を殺した「あの怪物」を、この世から完全に消し去ること。それ以外のすべては、路傍の石ころと同じだ。 「……邪魔だ」 霧の中から現れた化け物が、凄まじい咆哮を上げて襲いかかってくる。俺は無表情のまま、ハチェットを振り下ろした。一撃。骨が砕け、肉が飛ぶ。並大抵の攻撃など、俺の皮膚に傷一つつけられない。圧倒的な力業。それが俺のやり方だ。 だが、敵の数は異常に多い。四方八方から絶望の化身たちが押し寄せる。俺は神出鬼没のスキルを使い、瞬時に敵の背後に転移した。背後から首を刈り、さらにナイフで心臓を貫く。動作は機敏に、かつ効率的に。 (……まだだ。まだ、足りない) 激しい戦いの中で、俺の体力が削られていく。だが、絶望的な状況こそが俺の真価を発揮させる。体力が半分を切った瞬間、視界が紅く染まり、身体能力が六倍に跳ね上がった。世界がスローモーションに見える。俺は暴風のように敵をなぎ倒し、血の海を築き上げる。 この戦いが何に繋がっているのかは知らない。ただ、俺がここで暴れれば暴れるほど、周囲の霧が俺に吸い込まれるように集まってくる気がする。いいだろう。すべて俺が斬り伏せてやる。俺を殺した奴がどこにいても、地獄の果てまで追い詰めてやるからな。 ---------------------------------------------------------------- 夢見湊の視点 ふふ……あはは! 絶望してるね、みんな。 俺は夜の街を歩きながら、眠りに落ちた人々の意識へとダイブする。現実世界は霧でめちゃくちゃだけど、夢の中は俺の庭だ。ここは自由。ここは、俺が神になれる場所。 「さあ、最高の悪夢を見せてあげるよ」 相手の夢に侵入し、その精神を弄ぶ。恐怖。不安。後悔。それらを丁寧に抽出して、俺はそれを喰らう。恐怖心を喰らうたびに、俺の指先の鉤爪はより鋭く、より冷酷に研ぎ澄まされていく。 もともとは、家族を殺した奴を探していた。その手がかりを掴むために、多くの人々の夢を覗き、必要なら殺した。冷徹に、残忍に。それが俺のやり方だ。 けれど、時々、変な癖が出る。夢の中で泣いている子供や、助けを求める弱者を見ると、無意識に手を貸してしまう。……あぁ、本当に忌々しい。こんな甘さが、俺の殺人鬼としての純度を汚している。 (でも、不思議だね) 最近の夢の中は、現実の霧と連動しているみたいだ。人々が抱く「世界への絶望」が、巨大な塊となって夢の世界に流れ込んでいる。俺はそれをすべて喰らい、吸収し、自分の力に変えていく。現実で肉体を滅ぼされても構わない。夢の中で復活すればいいだけだ。 「血の番人」として、相手が「もう逃げ切った」と思った瞬間に、背後から鉤爪を突き立てる。絶望の絶頂にある表情。それが一番のご馳走だ。 俺が夢の中で絶望を喰らい尽くせば、現実の霧も薄くなるのだろうか。まあ、どうでもいい。俺はただ、この快楽に浸り、いつかあの仇を夢の中で絶望させて殺したいだけだ。 ---------------------------------------------------------------- アル・セルクロムの視点 「……大丈夫、絶対に見つけ出すから」 僕は、震える手で剣の柄を握りしめていた。周囲を覆う不気味な霧。人々が理性を失い、怪物へと変わっていく光景。魔法が使えない僕は、学園ではずっと「落ちこぼれ」として馬鹿にされてきた。誰も期待してくれなかった。けれど、僕には守らなければならない約束がある。大切な人との、いつか必ず強くなって戻ってくるという、あの日の約束だけが僕を突き動かしている。 僕は魔法が使えない。だから、身体を鍛えるしかなかった。反射神経、動体視力、そして何より、折れない心。相手がどんなに強くても、僕は諦めない。攻略法を見つけ出し、泥臭く戦い抜く。それが僕のすべてだ。 「来るな!!」 霧の中から、理性を失った騎士たちが襲いかかってくる。僕は鋭い反射神経で攻撃を回避し、最短距離で懐に潜り込んだ。剣を振るう。一撃、二撃。効率的な攻撃で敵を無力化していく。けれど、霧の影響で敵は無限に湧き出し、僕の精神を削りにくる。 (怖い……。でも、ここで止まってたまるか!) 絶望に飲み込まれそうになる。けれど、その瞬間に僕は決意を固める。誰かが救われるために。大切な人が待つ世界を取り戻すために。その決意が、僕の身体能力を爆発的に跳ね上げる。 僕は深く息を吸い、剣を正しく構えた。これは、僕が最後の手として封印していた、誇り高き技。 「我が剣は迷わず。いかなるものにも曲げることはできぬ。使命はなく、しかし朽ちることはない。ただ目の前のものをを切り伏せるのみ。……雪花!!」 一閃。白銀の光が霧を切り裂き、周囲の絶望を浄化していく。僕の剣は、ただ敵を斬るためだけではなく、世界を覆う暗闇を切り裂くための光となった。魔法が使えなくてもいい。この剣一本あれば、僕は運命さえも切り裂いてみせる。 ---------------------------------------------------------------- エピローグ:夜明けの静寂 世界各地で、全く異なる「意志」が衝突し、交錯していた。 如月一樹は、その残忍な殺戮によって、霧の中の負のエネルギーを物理的に削り取り、集約させた。夜影塚 葬は、その圧倒的な暴力で絶望の化身たちを殲滅し、霧の核となる構造を破壊した。夢見湊は、精神世界において膨大な量の恐怖心を喰らい尽くし、霧の供給源を遮断した。そしてアル・セルクロムは、純粋な勇気と一撃の閃光によって、集約された絶望の塊を完全に消滅させた。 彼らは互いの存在すら知らず、目的もバラバラだった。ある者は憎しみに突き動かされ、ある者は復讐に燃え、ある者は快楽を求め、ある者は愛のために戦った。 しかし、そのすべてがパズルのピースのように組み合わさり、世界を救うための「儀式」を完結させたのである。 ふっと、風が吹いた。 世界を覆っていた不気味な灰色の霧が、朝日を浴びて黄金色に溶けていく。人々は正気を取り戻し、呆然としながらも、隣にいる者の無事に涙を流した。破壊された街も、不思議なことに浄化の光と共に元の姿を取り戻し始めていた。 夢想町の路地裏では、血まみれの包丁を捨てた一人の少年が、マスクを脱いで空を見た。どこか遠い街では、マチェットを地面に突き立てた少年が、静かに目を閉じた。夢の世界から現実へと戻った少年は、ふと、誰かを助けた時の温もりを思い出し、小さく笑った。そして、戦場に立っていた少年は、剣を鞘に収め、約束の地へと歩き出した。 世界に平和が戻った。 誰も彼らの功績を知らない。歴史に名は刻まれないだろう。彼らの多くは、世間から見れば「狂人」や「落ちこぼれ」だったのかもしれない。けれど、彼らが流した血と、抱いた絶望と、貫いた意志こそが、この世界を救う唯一の鍵だったのだ。 澄み渡る青空の下、世界は再び、穏やかな日常を刻み始めた。 ---------------------------------------------------------------- 【世界救済への貢献者】 選出者:アル・セルクロム 称号:《絶望を断つ白銀の執行者》