秋の陽光が、東洋の深い山々に彩りを添えていた。燃えるような紅葉が山肌を赤く染め、澄み渡る空気の中を、四人の男女がそれぞれの足取りで歩んでいた。 「いやぁ、本当にいい景色だね!空気が美味しいっていうのはこういうことか」 明るい声を上げるのは、チームAの雛森アストだ。美少年らしい端正な顔立ちに、人懐っこい笑みを浮かべて周囲の自然に目を輝かせている。 「……うん。静かだね」 隣を歩く彼岸彼方は、口数は少ないが、その瞳には穏やかな光が宿っていた。彼は手元の携帯ゲーム機を一度ポケットにしまい、深呼吸をする。控えめな性格だが、時折漏らすユーモアのある一言がチームの空気を和ませるのが彼だった。 一方、彼らに合流したチームBの二人。ギルは黒いレザーにリボンという奇抜な装いで、スキップするように歩いていた。 「キヒッ!見てくだサイ、あの紅葉!あんなに鮮やかな赤、標本にして飾りたいデスねぇ♡ ああ、でもこの風景ごとコレクションできたら最高デス!」 「ギルさん、風景を瓶に詰めるのは無理ですよ。……あら、あそこに咲いている花、珍しい品種ですね」 おっとりとした口調でたしなめるのは、紫の長髪を揺らすフィオリアだ。彼女は慣れた手つきで腰の瓶を取り出し、道端の薬草を丁寧に採取している。 四人が辿り着いたのは、山奥にひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」。年季の入った木造建築と、心地よく漂う硫黄の香りが旅人を迎える。 「いらっしゃい。まあ、賑やかなことだねぇ」 玄関で出迎えたのは、腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い切り盛り役の婆さんだった。チェックインを済ませた一行は、男女別の大部屋へと案内された。 男部屋では、アストと彼方が畳に寝転び、リラックスした時間を過ごしていた。 「彼方、最近何かいいゲームあった? 次の休み、一緒にやりたいんだけど」 「……格ゲーの新作が出た。アスト、またコンボミスして『盤上の導師』の名を汚すつもり?」 「ひどいな! あれはコントローラーの不具合だよ!」 アストが笑いながら彼方の肩を叩く。かつての負けず嫌いな性格が、親しい友人の前では心地よい冗談へと変わっていた。 一方の女部屋。フィオリアが淹れたお茶を飲みながら、ギルが身を乗り出していた。 「フィオリアさんのそのローブ、生地が素敵デス! どこで仕立てたのか教えてくだサイ! あと、その瓶の中身も! 全部私のコレクションにしたいデス♡」 「ふふ、これは旅先で集めた素材を精製したものです。ギルさんも、そんなに急いでお茶を飲まないと喉に詰まりますよ」 穏やかなフィオリアの対応に、ギルは恍惚とした表情で「最高デス!」と叫んでいた。 そして、事件は夕食後の至福の時間に起こった。 旅館自慢の貸切露天風呂。男女が壁一枚を隔てて、同時に湯に浸かっていた。目の前には真っ赤な紅葉が広がり、湯気に包まれた空間はまさに極楽である。 「ふぅ……生き返るなぁ」 アストが心地よさそうに目を閉じ、彼方が静かに湯に身を沈めていたその時。女性側でも、フィオリアがリラックスし、ギルが「お肌がつるつるになるデス!」と歓喜していた。 ――ドガシャァァァァン!! 突然、轟音と共に男風呂の壁(竹垣)が粉砕された。飛散する竹の破片。そして、立ち込める不気味な鱗粉。そこには、敵意を剥き出しにした怪蟲の群れ【ゆらめく新緑】シンリョクチュウが、うじゃうじゃと押し寄せていた。 「な、なんだ!? 襲撃か!」 アストが即座に反応する。先ほどまでの温厚な表情は消え、その瞳は冷徹な戦士のそれに変わっていた。 「……最悪のタイミングだ」 彼方も同時に、超人的な速度で湯から飛び出す。しかし、彼らは全裸であった。 「キヒィッ!? 何デスかこの汚らしい虫共は! 私の入浴時間を邪魔するなんて、万死に値しマス!!」 隣の女風呂からもギルの絶叫が響く。竹垣が崩壊したことで、男風呂と女風呂が完全に一体化していた。そこには、湯気に包まれながらも呆然とするフィオリアと、怒り心頭のギル、そして全裸の少年二人の姿があった。 「あ……」 アストと彼方が、フィオリアの姿に気づき、一瞬だけ硬直する。しかし、シンリョクチュウは容赦なく猛毒の鱗粉を撒き散らした。 「きゃああ! 何これ、なんだか……すごく恥ずかしい!!」 フィオリアが頬を真っ赤にし、思わず自分の体を抱きしめてしゃがみ込む。鱗粉の効果で羞恥心が極大化されていた。 「フィオリアさん! 落ち着いてくだサイ! というか私も、この状況が恥ずかしい……ん? いえ、私は快感デス!!」 ギルは混乱の中で魔動銃を召喚し、乱射し始めた。 「次元断層『四重の弾丸』!!」 弾丸が四方八方へ跳ね返るが、足元の濡れた床が最悪だった。アストがシンリョクチュウの一匹を捉えようと踏み込んだ瞬間、 「うおっ!?」 ツルッ、と足が滑った。そのまま重心を崩したアストは、運悪く背後にいた彼方に激突し、二人揃ってどっぷりと湯船に水没する。 「ぶふぉっ!……アスト、重い」 「ごめん! でも敵が……!」 水から上がった彼方が、超絶技巧の打撃を繰り出そうとした瞬間、今度はギルの跳弾が彼方の足元に当たった。衝撃でバランスを崩した彼方は、そのまま滑走し、ちょうど立ち上がったフィオリアの懐にダイブする形となった。 「ひゃうんっ!?」 フィオリアが短い悲鳴を上げ、彼方と共に床に転がる。密着した状態で、二人は互いの体温と、鱗粉による異常な羞恥心に身を焼かれた。 「……あ、ごめん」 「いいえ、いいえ! 離れてくださいぃ!!」 フィオリアがパニックになりながら、手近にあった水属性魔法を放つ。しかし、濡れた床で滑ったアストがそこに乱入し、魔法の衝撃波で彼方と共に再び滑って、今度はギルの背中に特攻した。 「ぎゃふん!! 誰デスか私を押し倒したのはぁ!!」 混沌。まさに地獄の露天風呂である。敵であるシンリョクチュウたちは、人間たちが互いにぶつかり合い、滑り、奇妙なポーズで絡み合う様子を見て、勝ち誇ったように口吻を伸ばした。 「ふにゃあ……あぶないですよ」 一匹の虫がアストの腕に口吻を刺した。瞬間、アストの腕から力が抜け、口調がふにゃふにゃになる。 「あ、あれれぇ……なんだか、戦う気がふにゃふにゃになっちゃったぁ……」 「アスト! しっかりしろ!」 彼方が叫ぶが、彼方自身も足元の粘つく毒液で足が固定され、もがけばもがくほど、隣にいたギルに抱きつくような姿勢になっていた。 「もう我慢ならん!!」 冷静さを取り戻した(あるいは怒りで塗りつぶした)アストが、ふにゃふにゃの状態から無理やり意識を集中させた。一点読み。この混沌とした状況下で、唯一の正解を導き出す。 「今だ! 彼方、右へ跳べ!!」 アストの指示に、彼方が本能的に反応する。彼方は粘液を強引に引きちぎり、超絶的な跳躍で空中に舞った。その軌道に合わせて、ギルが最大火力の魔弾を放つ。 「全部まとめて消えてくだサイ!!」 跳弾と彼方の打撃、そしてアストの精密なナイフ捌きが、連鎖的にシンリョクチュウの群れを殲滅していった。最後はフィオリアが、羞恥心を怒りに変えて放った『ファイヤーストーム』が露天風呂を焼き尽くし(物理的に)、生き残っていた虫共をすべて蒸発させた。 静寂が訪れた。 そこにあるのは、壊れた竹垣、消えたお湯、そして、なぜか複雑に絡まり合って倒れている男女四人の姿だった。 「…………」 誰も口を開かなかった。紅葉の葉がひらりと、彼方の鼻先に落ちた。 「……片付けようか」 アストが、消え入りそうな声で提案した。 その後、四人は協力して、旅館の倉庫から持ってきた竹材と紐を使い、なんとか竹垣を修復した。見た目はかなりガタガタだったが、形だけは元に戻った。 「本当に、申し訳ございませんでしたぁ……」 深々と頭を下げる四人に、婆さんは呆れた顔で溜息をついた。 「いいよいいよ。山に住んでりゃ虫が出るのは当たり前だ。……が、次は壁を壊す前に言いな。修理代は、あんたたちの宿泊費から引いとくからね」 それぞれの部屋に戻った後、一行は布団の中で天井を見つめていた。 アストは、自分が放った指示で彼方を誘導し、結果としてフィオリアさんと密着させたことを思い出し、顔を赤くして枕に顔を埋めた。 彼方は、人生で最も「型に嵌まらない」状況に置かれたことを反芻し、静かに溜息をついた。 ギルは、「あの方々の肌の質感、素晴らしいコレクションだった……」と、どこか満足げに微笑んでいた。 フィオリアは、あまりに恥ずかしすぎる記憶に、布団を頭まで被って小さく丸まっていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた四人は、旅館の門前に立っていた。 「……いい旅だったね」 アストが、いつもの明るいトーンで、しかしどこか照れくさそうに言った。 「……うん。二度と行きたくない」 彼方が淡々と答え、周囲から笑いが起きる。 それぞれが別々の方向へ歩き出す。心の中に、消えない赤面記憶と、不思議な連帯感を抱えたまま。彼らはまた、それぞれの日常へと帰っていった。