夜の帳が降りた都市の屋上。対峙するのは、フリルとリボンの魔法衣装に身を包みながらも、鋭いボクシングの構えを見せる少女。そして、疲れ切った表情をしながらも、その眼光だけは静かに燃える一人のサラリーマン、田村であった。 「なんで私が『ふたご座』なのよ! 双子じゃないし、人格も一つしかないのに!」 少女が叫びながら踏み込む。彼女の拳は魔法少女としての魔力と、鍛え上げられたボクシングの技術が融合した超高速のストレートだった。 ドォォォン! しかし、田村は微動だにしない。彼のスキル『常に田村の居場所は安定して揺るがない』が発動していた。物理的な衝撃のみならず、空間的な座標さえも固定する絶対的な安定感。少女の拳は、まるで巨大な岩壁に当たったかのように弾かれた。 「……なるほど。安定感があるな」 田村が呟く。彼は即座に『底なしの引き出し』から最適な経験を抽出した。現在の状況は【近接格闘戦】。かつての転職先である【格闘家】としての記憶が、彼の筋肉に同期する。 「受け流し」 少女の次なる猛攻、鋭いアッパーカットを、田村は最小限の動きで回避し、同時に彼女の腕をいなした。それは単なる格闘技ではなく、社会人として数多の理不尽な要求を「適当に受け流してきた」処世術の極致であった。 「っ! 速い! でも、私はまだ『ふたご座』の意味を理解してないだけよ!」 少女は叫ぶ。彼女は自身の違和感を、能力の「解釈」へと転換し始めた。双子ではないのにふたご座であること。それは【本来あるべき姿と、今の姿の乖離】。彼女は「そこにいないはずのもう一人の自分」を概念的に具現化させた。 ――『擬似的な双子(パラレル・セルフ)』 少女の背後に、実体を持たない半透明の影が現れる。影は少女と完全に同期し、同時に拳を繰り出した。一人で打つ拳が、二人分になる。ボクシングのコンビネーションが、単独でありながら完璧な連携攻撃となって田村を襲う。 「想定外か……だが、適応できる」 田村の『優れた適応力』が火を噴く。彼は瞬時に【自衛隊】と【呪言師】の経験をミックスさせた。周囲の空気の流れを読み、不可視の防壁を構築しつつ、短い呟きを放つ。 「定時退社(オーバータイム・カット)」 言葉に力が宿り、少女の攻撃の「時間軸」を強制的に切り離した。拳が届く直前で、攻撃という「業務」が終了させられ、ダメージが霧散する。 「なっ!? 魔法じゃないのに、概念的に攻撃を消した!?」 激昂した少女は、さらに解釈を広げる。彼女はもともと「乗馬」が得意だった。馬に乗るということは、自分とは異なる生命体と意識を同期させ、一体となること。それを今の『擬似的な双子』に応用する。 「私と影を、一つの生き物として同期させる! 超加速・騎乗ボクシング!」 彼女は実体のない影に「乗り」、それを加速装置として利用した。視認不可能な速度での突進。もはやそれは拳ではなく、弾丸のような衝撃波となって田村を襲う。 ドガガガガガッ!! 田村の『安定』が軋む。しかし、彼は不敵に笑った。彼は今、極限のストレス状態に置かれている。それは彼にとって、かつてのパワハラ上司に囲まれていた頃の心地よい緊張感に似ていた。 「……昇格(プロモーション)」 田村のオーラが激変した。精神的な負荷をエネルギーに変換し、能力を爆発的に向上させる。彼の階級が【平社員】から【執行役員】へ、そして【CEO】へと瞬時に駆け上がる。 「【魔王】の威圧、【勇者】の剛腕、【パラディン】の加護……全てを同時に展開する」 田村の右拳に、過去に就いたあらゆる「最強の職業」の経験値が集約される。彼はもはや一人のサラリーマンではなく、全職能を統合した『究極の汎用人間』へと昇華していた。 「これで、クビだ」 田村の正拳突き。それは『倫理の守り』により一般人を排除できない制約を、あえて「相手を社会的に(概念的に)抹消する」という攻撃へと転換した一撃だった。 少女は回避しようとしたが、田村の『安定』が空間を固定し、逃げ場を奪っていた。逃げられない絶望の中、少女は最後の賭けに出る。ふたご座の真の意味を、究極まで拡大解釈した。 「私は、一人だけど二人! つまり、攻撃と防御を同時に、完璧にこなせるってことよ!!」 彼女は自分を「攻撃する自分」と「防御する自分」に完全分離し、田村の一撃を正面から受け止めつつ、同時に心臓へのカウンターを叩き込んだ。 激突。光が弾け、屋上のコンクリートが粉砕される。 だが、そこには田村が立っていた。彼はボロボロになりながらも、不屈の精神力で耐えていた。そして、彼のスキル『残業』が発動する。どれだけ追い詰められても、彼は終盤まで残り続ける。 「……まだ、仕事は終わっていない」 田村の体から光が溢れ出す。HPがゼロになった瞬間、究極のスキルが発動した。 「転生(リインカーネーション)」 彼は今までの全ての転職履歴を統合し、この世に存在しない究極の職――【宇宙の管理者(コスミック・マネージャー)】へと転生した。もはや魔法も、物理的な速度も意味をなさない。彼はただ、指をパチンと鳴らした。 「適正部署への異動を命じる」 世界が書き換えられた。少女の「ふたご座への違和感」という根源的な悩み。田村はその権限で、彼女に「ふたご座」に相応しい【最高の相棒(パートナー)】という概念を付与し、同時に戦意を喪失させるほどの精神的な充足感を与えた。 「え……? なんか、急に納得した……。私、このままでもいいかも」 戦意を喪失し、ぽかんとする少女。田村は静かにネクタイを締め直し、深い溜息をついた。 「ふぅ。……さて、帰って報告書を書くか」 勝者:サラリーマン・田村。 決まり手:究極の職への転生による概念的統治。