「……あー、美味しかったなぁ」 休憩室のソファに深く腰掛け、大妖狐スズナリは満足げに口の端を拭いました。彼女の目の前には、空になった菓子皿と、いくつも空いた包み紙が散らばっています。 「あのお菓子、どこの店のやろ。お塩気が効いてて、お酒が進む味やわぁ」 天然な彼女は、それが自分のものではなく、隣のテーブルに置かれていた「チームB」のホウジロウの分であったことに、まだ気づいていませんでした。彼女は鼻歌を歌いながら、最後の一粒を口に放り込みました。 しかし、その背後に、冷え切った空気が立ち込めます。 「…………」 いつの間にか、そこには巨躯のサメ亜人、ホウジロウが立っていました。腕を組み、鋭い眼光でスズナリを見下ろしています。彼の視線は、空っぽになった自分の菓子皿に向けられていました。 「……スズナリ」 低く、地を這うような声。スズナリはびくっと肩を揺らし、ゆっくりと振り返りました。 「あら、ホウジロウさん! お帰りやす。今ちょうどおやつタイムやったところや。一緒にどうどすか?」 「……俺の菓子は、どうなった」 「えっ?」 スズナリはキョトンとした顔をしましたが、すぐに目の前の空皿と、ホウジロウの怒りに満ちた表情を繋ぎ合わせました。あ、これ、自分のじゃなかった。という衝撃が彼女を襲います。 「あ……あぁっ! これ、ホウジロウさんのやったんか!?」 「……正座しろ」 「えぇっ!?」 殺し屋としての威圧感。拒否権などないことを悟ったスズナリは、慌てて畳の上に正座しました。ガタイのいい彼女が正座すると、それだけで畳がみしみしと鳴ります。 ホウジロウは彼女の前にどっしりと腰を下ろし、厳しい表情で問い詰め始めました。 「なぜ食べた。そこに自分の分があっただろう」 「い、いやぁ! だからそれは、その、色の見え方が似てたんやわ! 私はただ、ええ色やなぁと思って、つい手が……!」 「似ている? あの塩味のナッツと、お前の甘い金平糖がどうして似ている」 「な、なるほど! 視覚的な情報が混濁して、脳が『これは私のものだ』と誤認した可能性が高うございます! 現代医学ではこれをどう呼ぶんでっしゃろねぇ」 必死にごまかそうとするスズナリ。しかし、ホウジロウの目は据わっています。彼は寡黙ですが、一度怒ると静かに、そして徹底的に追い詰めるタイプです。 「言い訳をするな。お前はいつもそうだ。天然を装って、都合よく責任を回避しようとする」 「ひぇぇ……! ごめんやす! ほんまにごめんなさい! 悪気はなかったんや! 次は、次はお返しに最高に美味しいお菓子を京都から取り寄せますさかい! ほら、お願いや、そんな怖い顔せんといてぇな」 スズナリは涙目で、手を合わせて必死に謝ります。巫女服の袖を振り、すがりつくような仕草。普段は大妖怪として恐れられる彼女ですが、恋人の前ではただの「うっかり屋」です。 「……反省しているのか」 「していまっせ! 心から反省して、今、胃袋の中でナッツたちが謝っておりますわ!」 「……ふん」 ホウジロウの怒りは完全には収まっていません。彼は深いため息をつき、再び説教を始めようと口を開きました。このままあと一時間は説教される。スズナリは(あかん、今日はもうお終いや)と絶望し、頭を垂れて震えていました。 ところが、その時。ホウジロウの視界に、スズナリがもともと置いていたはずの「お菓子皿」が入りました。 そこには、彼が「つい」口にした、甘い金平糖の残骸が転がっています。 ホウジロウは、自分の口の中に残っている、強烈な甘みを思い出しました。……そういえば、自分もさっき、喉が渇いた時に隣の皿にあったものを適当に口にした記憶がありました。 沈黙が流れます。 スズナリが恐る恐る顔を上げると、ホウジロウはひどく複雑そうな顔をして、自分の口元を拭っていました。 「……お前」 「はいっ!」 「……俺も、お前の金平糖を食べた」 「…………えっ?」 二人は同時に、テーブルの上に並んだ「空の皿」を交互に見ました。 スズナリがホウジロウのナッツを食べ、ホウジロウがスズナリの金平糖を食べた。 完全に、等価交換が成立していたのです。 「……あはは!」 突然、スズナリが噴き出しました。緊張が解け、お腹を抱えて笑い転げます。 「なんや! 結局お互い様やったんやなぁ! ホウジロウさんも、私の金平糖、美味しかったやろ?」 ホウジロウは呆れたようにため息をつきましたが、その表情からは険しさが消え、わずかに口角が上がっていました。 「……甘すぎた」 「ひどいなぁ! あれは京都の銘菓なんやで!」 「……まあいい。チャラだ」 「やったぁ! ほな、正座終了やね!」 スズナリは勢いよく立ち上がると、ホウジロウに抱きつきました。ガタイのいい二人による激しい抱擁に、休憩室の床が少しだけ軋みました。 「次は一緒に、どっちが美味しいか競い合うでお菓子パーティーやりましょか!」 「……好きにしろ」 こうして、チームAとBの激しい(?)対立は、甘くてしょっぱい、お互い様の結果に終わったのでした。