紅葉が山肌を鮮やかな朱色に染め上げる季節。東洋の深い山奥、迷い込んだ者だけが辿り着けるという老舗旅館「栄愛之湯」へ、奇妙な一行が訪れていた。 チームAの堀さんは、使い古されたビジネスバッグを手に、溜息をつきながら山道を歩いていた。熟年離婚し、認知症の母を介護しながら送る日々。彼にとってこの旅は、久々の休息であるはずだった。「いやぁ、空気が綺麗ですねぇ」と独り言を漏らすが、足元がおぼつかず、何度も石に躓いては「おっとっと」と情けない声を上げる。その後ろを、なぜか同行している「一般人」が、至って普通の歩調で、至って普通の顔でついてきていた。 一方、チームBの琴羽みずほは、眼鏡をクイと押し上げながら、古地図を凝視していた。「理論上の最短ルートはこちらですが……あら、道が消えていますね」と天然に呟く。彼女の隣では、薄水色の長い髪をなびかせた商人、マテリアルが四次元鞄を揺らして笑っていた。「いいじゃんみずほ!迷うのも旅の醍醐味だよ。ま、あたしが適当に『道』を引っ張ってくればいいんだけどね!」 こうして、互いに異なる経緯で、彼らは小さな宿「栄愛之湯」の暖簾をくぐった。 「いらっしゃい。よく来たねぇ」 迎え入れたのは、深い皺に刻まれた慈愛と、どこか全てを見透かしたような眼光を持つ経営主の婆さんだった。チェックインを済ませた一行は、男女別の二つの大部屋に分かれた。 男部屋では、堀さんが一般人と共に畳の上にどっしりと座っていた。「いやぁ、最近の若い方はすごいですね。マテリアルさんなんて、あんな鞄から何でも出すし。私の時代は、領収書の整理に追われるだけでしたよ」と自虐的に笑う。一般人は「そうですね」と、至って一般的に相槌を打っていた。 女部屋では、みずほが丁寧にお茶を啜っていた。「マテリアルさん、先程の『道』の概念的操作は非常に興味深いです。学問的に言えば……」と知的な分析を始めるが、マテリアルは「もー!せっかくの旅行なんだから難しい話はナシ!それより見てよ、この布団のふかふか感!最高じゃない?あたし、ここで一週間くらい寝てたいわ」と、ベッドのように布団にダイブしていた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。宿の自慢である、紅葉を一望できる貸切露天風呂に、男女それぞれが浸かっていた。 湯気に包まれ、心身ともに弛緩しきった至福のひととき。男風呂では、堀さんが「あぁ……生き返る……」と、完全に脱力して湯船に沈んでいた。一方、女風呂では、みずほが「温泉というものは、心身の浄化に寄与する極めて効率的なシステムですね」と、裸になってもなお理屈をこねていた。 だが、その静寂は最悪の形で破られた。 「ヒャッハー!!絶景の裸を撮らせろーーー!!」 突如、男風呂の壁を突き破り、パンツ一丁にゴーグルという、正視に耐えない姿の男――タクティカルボーイが乱入してきた。彼の手には超高性能カメラと、禍々しく光る「羞恥増幅器」が握られている。 「な、ななな、何だこの変態はー!!」堀さんが叫ぶ。だが、タクティカルボーイは止まらない。「撮らせろ!その中年サラリーマンの情けない顔を!!」 ガシャン!! タクティカルボーイが激しく跳ね回った拍子に、男風呂と女風呂を隔てていた竹垣が、派手な音を立てて全壊した。 「えっ」 「あ」 視界が開けた。そこには、湯気に包まれ、呆然とこちらを見るみずほとマテリアルの姿があった。一瞬の静寂の後、現場は大混乱に陥る。 「きゃあああ!!」 「この変質者!!許せません!!」 みずほが顔を真っ赤にして叫ぶ。マテリアルは瞬時に反応し、四次元鞄から「重力」という概念を物理的な鎖のように取り出し、タクティカルボーイに投げつけた。「このエロ変態!あたしの客(みずほ)に何してくれてんのよ!!」 しかし、タクティカルボーイは「タクティカル」な身のこなしでそれを回避。さらに羞恥増幅器をフルパワーで起動させた。「食らえ!究極の恥じらいタイムだ!!」 強烈な羞恥波が襲う。堀さんは突然、「ああっ!今、お尻の穴が丸見えだった気がする!!」という根拠のない恥ずかしさに襲われ、その場にうずくまった。一般人も「……恥ずかしいな」と、至って一般的に縮こまった。 「いい加減にしてください!」みずほが怒りに任せて叫ぶ。「言霊現象化:『足がもつれる』!!」 その言葉が現実となった瞬間、タクティカルボーイの足が、まるで不可視の紐で結ばれたかのように絡まり、彼は派手に転倒した。しかし、ここが露天風呂である。濡れたタイル床は最悪の滑りやすさだった。 「ああっ、滑る!!」 助けに入ろうとした堀さんが、勢いよく足を踏み外し、そのままマテリアルの方へダイブした。運悪く、堀さんの顔面はマテリアルの豊かな胸元に深く埋まった。 「ぶふぉっ!?」 「ちょっと!!何してんのよこのおじさん!!」 もがけばもがくほど、濡れた床で二人とも制御不能となり、回転しながら湯船にドボンと水没。さらに、パニックになった一般人が状況を打開しようと駆け寄ったが、足を滑らせて堀さんの背中を強く押し、結果的に堀さんが再びマテリアルに覆いかぶさるという、混沌としたラッキースケベの連鎖が発動した。 「もう、めちゃくちゃよ!!」マテリアルが怒鳴りながら、今度は「雷」を道具のように掴み取り、タクティカルボーイへ叩きつけた。「これで黙りなさい!!」 バリバリバリ!!と激しい電撃が走る。だが、その余波で、再び足元を滑らせた堀さんが、運悪くタクティカルボーイの上に落下。その衝撃で、タクティカルボーイのカメラが破壊され、羞恥増幅器も粉砕された。 さらに、堀さんが混乱の中で無意識に呟いた。「あぁ……もう、全部群青になればいいのに……」 その瞬間、堀さんの「スキル」が発動した。彼自身のポンコツさゆえにコントロール不能な、絶対的な理。周囲の空間が、急速に深い群青色に塗りつぶされていく。 「な、なんだこの色は!?体が動か……」 タクティカルボーイが驚愕する。彼は「タクティカル」に回避しようとしたが、群青の領域において【回避】という概念は上書きされる。群青に染められた彼は、もはや群青のことしか考えられなくなり、戦意を完全に喪失。そのまま呆然と、群青色の世界に飲み込まれて敗北した。 ……嵐が去った後の露天風呂には、壊れた竹垣と、疲れ果てた男女、そして群青色に染まったまま気絶しているパンツ一丁の男が転がっていた。 なんとも言えない、気まずい沈黙が流れる。堀さんはマテリアルの肩に手をかけたまま、ゆっくりと離れた。「……申し訳ありませんでした」 「……いいわよ。あんたも被害者だし」マテリアルは溜息をつき、顔を赤らめながらも、呆れたように笑った。 一行は、協力して竹垣を修復した。マテリアルが「物」を固定する能力を使い、堀さんが(ポンコツながらも)一生懸命に竹を支え、みずほが指示を出す。完成した竹垣は、もともとのものより少し歪んでいたが、十分な強度を持っていた。 「婆さん、本当にごめんなさい!!」 宿の婆さんに深々と頭を下げた彼らは、それぞれの部屋に戻った。 布団の中で、堀さんは天井を見つめていた。「人生、何が起きるか分からないですね……」 みずほは、眼鏡を外して静かに目を閉じた。「言葉の力、そして……想定外の事態。勉強になりました」 マテリアルは、四次元鞄の中で何か美味しいお菓子を探しながら、「ま、たまにはこういう騒動も悪くないかな」と独りごちた。 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、朝靄に包まれた「栄愛之湯」を後にした。 「またいつか、来ましょうか」みずほが提案すると、堀さんは「次は、もっと静かに過ごしたいですね」と苦笑いした。一般人は「そうですね」とだけ言い、それぞれの帰路につく。 山を下りながら、彼らは心の中に、あの混沌とした露天風呂の景色と、不思議な一体感を、静かに刻んでいた。特に堀さんは、自分の「群青」が誰かを救った(?)ことに、密かな自信を抱きながら、またいつものポンコツな歩調で、家路へと向かったのである。