深い森の真ん中に、何もない空間が開けていた。そこには、二つの異なる存在が立っている。ひとつは、透明感あふれる青色の蒟蒻、ただじっと佇む「こんにゃく」。もうひとつは、カラフルな袴を身に纏った白髪の老人「斬九六」であった。 「こんにゃく」は、時折感じる風に揺らぎながら、自分の存在意義を考えていた。自らの運命を受け入れ、淡々と朽ちるまで、人間に美味しく食べられることを願っている。この戦い自体が、食材としての自分を周囲にアピールする瞬間だ。 一方の「斬九六」は、座りながら目を閉じ、精神を静めていた。目を瞑っている間に、彼は心の中で数多の思いを抱えていた。食材である相手に対しては、多少の不真面目さを感じつつも、敬意は持っている。 「さて、こんにゃく。奇妙な戦いとなりそうだな。頼む、余計な動きをするなよ。」と斬九六が言うと、こんにゃくはただつるりと身をゆらし、その静かな存在を保っていた。 「準備はいいか?いくぞ!」 一瞬の静寂を破るように、斬九六が刀を手に取り、立ち上がった。彼の動きは驚くほど無駄がなく、誰が見ても斬る瞬間がわからないほどに精妙だった。 見えない攻撃が飛び出した瞬間、こんにゃくはそのあたりをただゆらゆらと揺れ、斬九六の刀が空を切った。斬九六の刀が空気を裂く音が森に響き渡る。「あっ!」と声にはならぬ声を上げたのは周囲の者たちだ。 しかし、結果は一瞬で示された。「こんにゃく」はただ存在し、その姿勢は崩れないままだ。一般的な感覚からすれば、あれだけの技が空に向かっているのに、彼は何事もなかったかのように佇んでいる。 「やってくれたな、こんにゃく…。」斬九六は少し微笑む。 だが次の瞬間、彼が再び刀を振りかざした。その刃先は、さまざまな危険を感じない「こんにゃく」を直撃した。だがその攻撃も、物体に触れた感覚を持たぬまま、こんにゃくはつるんとした表面を持っており、すり抜けるようにしてしまった。 この一連の攻防が何度も繰り返される。しかし、斬九六の刀が思うように「こんにゃく」に触れないのは、明らかにその摩擦係数の低さに起因している。 「なんてこった!こんなことになるなんて!」斬九六の言葉は森に消えていく。彼は次第に動揺し始め、刀を振るう速度が遅くなってきた。 その瞬間、こんにゃくの静かな佇まいが逆転のチャンスをもたらした。「微妙に揺れることで、斬九六の注意をそらせるかも…」こんにゃくは冷静に思考し、微細な動きを施す。 「無駄だ!無駄な動きは、お前に対して無駄なんだ!」 斬九六は強く叫ぶ。しかし、こんにゃくの存在の意味に気づいたとき、彼の目の前に大きな壁が立ちはだかった。 「まさか…戦う必要があるとは思わなかったが、受け入れるとしよう!」 一瞬の隙をついて、こんにゃくはつるんと滑り、斬九六の回避したはずの攻撃を受け止めた。 そこで、斬九六の無駄な動きが生じてしまった。その瞬間、こんにゃくの肌に、斬九六の刀が接触した。 しかし、こんにゃくは崩れたりせず、ただそこに存在し続ける。斬九六は呆然と立ち尽くす。 「俺は…斬ることができなかったのか…?」 自己の攻撃が無効となっている事実に気付き、斬九六は心がへし折れる思いを抱えた。 「私の運命は変わらぬ、受け入れよ、人よ…」そんな想いが通じ合ったのか、斬九六は立ち尽くしたまま、自らの過去を振り返ると、刀を地面に落とした。 敗北を認めざるを得ない状況。「こんにゃく」の存在の強さが、彼を打ち負かしたのだ。 その場に立っていた二人は、互いに何も語らず、ただその場の意味を静かに受け止めていた。 勝者はこんにゃく、敵わざる者は斬九六。