喫茶店Dallas――「注文は、事件より複雑?」の巻 昼下がりの喫茶店Dallas。窓辺ではライムちゃんがギャグ漫画を読み、スマホのソシャゲを片手で操作していた。緑のツインテールが、ゲームの演出に合わせてぴょこぴょこ揺れている。 「この漫画、喫茶店で注文するだけなのに、毎回なぜかテーブルが宇宙まで飛ぶんだよね。にゃー、うちも負けずに平和な日常を盛り上げるにゃん!」 「飛ばさなくていいからね、お姉ちゃん」 金髪の巻き毛を揺らして、レモンちゃんがトレイを抱えて登場。制服姿の上に魔法少女風の小さなリボンをつけている。 「本日はお姉ちゃんの読書を邪魔しないよう、静かに接客します!」 「それは頼もしいね。じゃあ注文を――」 カラン、とドアベルが鳴った。入ってきたのは、黒髪に赤いメッシュを入れた赤平菜水。落ち着いた目つきで店内を見渡し、空いている席へ向かう。 「こんにちは。仕事の休憩で寄らせてもらいました。赤平菜水です。今日はコード096じゃなくて、ただのお客さんとしてお願いします」 「もちろんです。いらっしゃいませ!」レモンちゃんがにこやかに頭を下げる。「お仕事の合間なら、食べやすいものがいいですか?」 「そうね。サンドイッチと、アイスコーヒーをお願いします」 菜水は座ると、テーブルの上に手帳を置いた。几帳面にそろったペンや小物を見て、ライムちゃんの目がきらりと光る。 「わっ、持ち物がきれいにまとまってる! パッキング上手なんだね。旅行用の荷造りも得意?」 「得意よ。限られたスペースに必要なものを収めるのが好きなの」 「じゃあ、うちの虹のペンも収納できるかな?」 ライムちゃんは虹色のペンを取り出した。ペン先から、ちいさなグミの絵がふわりと浮かび上がる。描いたものを実体化する不思議なペンだ。 「お姉ちゃん、商品を出す前に確認! それはお店の注文に入れるの?」 「えっ、グミを描いたらグミが出るよ? 便利でしょ?」 「便利だけど、お会計が困るでしょ!」 レモンちゃんの手に、花びら模様のフラワーハリセンがぽんっと現れた。ライムちゃんがペンで伝票に巨大グミの絵を描き足そうとした瞬間――。 ぱしんっ。 「注文票を漫画の付録にしない!」 「にゃん! いいツッコミ!」 カウンターの奥から、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが、丸眼鏡をくいっと直しながら顔を出した。 「おやおや、今日も店内は平和だね。レモンちゃん、サンドイッチとアイスコーヒーを一つ。ライムちゃんには、いつものグミ付きクリームソーダかな?」 「わーい! マスターD、話がわかるにゃー!」 「ただしグミは一袋までね。会計が混乱するから」 「さすが経営のプロ……」菜水が感心する。「注文と在庫の管理がきちんとしているんですね」 「えへへ、マスターDは頭脳明晰だからね。頭の魚も、たぶん会計を見守ってるんだよ」 「魚に会計監査をさせないの」レモンちゃんが即座に返した。 そのやり取りを、黒革のジャケットを着たごついおっさんが、カウンター席でコーヒーを飲みながら聞いていた。立派なあごひげと筋肉質な腕が、昔は王宮に仕えた剣士だったことを物語っている。とはいえ、今はすっかり平和な常連客だ。 「ふむ……注文ひとつで、店の経営、魔法の道具、魚の監査まで話が広がる。喫茶店の日常とは奥が深いな」 「おっさん、独り言のつもりでも、だいたいみんなに聞こえてるよ」ライムちゃんが漫画から顔を上げる。 「聞こえるように言っているんだ。会話が弾むからな」 「それ、独り言じゃなくて参加表明!」レモンちゃんがまたもやツッコむ。 菜水がくすっと笑った。「みなさん、仲がいいんですね。私は職場だと、どうしても情報の確認や報告が中心になってしまって」 「じゃあ今日は、情報じゃなくて甘いものの確認をしよう!」ライムちゃんがスマホを掲げる。「このソシャゲ、今ちょうど猫カフェイベント中なんだ。マスターDにそっくりな猫が出てくるよ!」 マスターDが画面をのぞき込む。 「ほほう。魚を頭に載せた猫がいるのかい?」 「いないよ! そこまで本人そっくりじゃないよ!」 「では、魚を載せた猫の新作メニューを考えるのはどうだろう」 「マスター、商売の話に戻るのが早い!」ごついおっさんが笑う。「だが、悪くない案だ」 レモンちゃんがサンドイッチとアイスコーヒーを運んできた。テーブルに置く直前、ライムちゃんの虹色のペンがころころ転がり、サンドイッチの絵を描きかけのメモに触れた。 ぽんっ。 メモの上に、実物そっくりの小さなサンドイッチが出現した。 全員が一斉にメモを見つめる。 「……これはサービス?」菜水が尋ねる。 「ううん、ペンのうっかり!」ライムちゃんが胸を張る。「でも食べられるよ。にゃん!」 「お姉ちゃん、商品を増やしたならマスターに申告!」 「はいっ」 マスターDは小さなサンドイッチを眺め、眼鏡を直した。「これは会計に含めず、試作品として記録しよう。食材費は……ライムちゃんのペンの魔法だから、ゼロ円かな?」 「やったー!」 「ただし次からは、描く前にお店の許可を取ること」 「はーい。✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 菜水はアイスコーヒーを一口飲んだ。「魔法が使える喫茶店、というのも珍しいですね。けれど、みなさんのやり取りを見ていると、ここでは何が起きても最後はお茶の時間に戻るんだな、と感じます」 「それがDallasのいいところだよ!」ライムちゃんはクリームソーダのグミをひとつつまむ。「何か起きても、漫画みたいに楽しくするの!」 「何か起きても、まずは落ち着いて注文を確認するの!」レモンちゃんが伝票を掲げた。 「どちらも正しいな」ごついおっさんがうなずく。「若い頃は、どんな状況でも冷静さが大事だと学んだものだ。今はコーヒーが冷めないうちに飲むことのほうが大事だが」 「剣士の教訓が平和すぎる!」 店内に笑い声が広がる。菜水はサンドイッチを食べ終えると、手帳をしまい、伝票を受け取った。 「ごちそうさまでした。仕事の休憩なのに、ずいぶん気分が軽くなりました」 「またいつでも来てくださいね!」レモンちゃんが明るく言う。 「次は猫カフェイベントの攻略も一緒にやろう!」ライムちゃんがスマホを振る。「菜水さん、パッキングのコツも教えてね。にゃー!」 「ええ、喜んで」 菜水が店を出ると、ドアベルが軽やかに鳴った。 「さて、今日の売上は――」マスターDが伝票を手に取る。 「マスター、試作品の小さいサンドイッチは売上に入れないんでしょ?」レモンちゃんが確認する。 「もちろん。ところでライムちゃん、グミ付きクリームソーダのグミを二つ食べたね?」 「えっ」 「伝票には一袋って書いてあるぞ」と、ごついおっさん。 「にゃ、にゃん! これは漫画でよくある、食べたものが勝手に減る現象……!」 「現象じゃなくて、ライムちゃんが食べたの!」 また笑い声が上がる。Dallasの午後は、今日も平和に、そして少しだけ漫画みたいに過ぎていった。 菜水の注文・お会計 - サンドイッチ:600円 - アイスコーヒー:400円 - 支払金額:1,000円