崖の上に立つアラベ・ネームレスの姿は、白い体毛が柔らかな風に揺れる。尾も雄々しくしっかりと地面に付けたまま、彼は周囲を見渡していた。日が西に沈むにつれて、空はオレンジから赤色に変わり、草木がその光を反射して金色に輝いている。 かつて名前を持たない男、アラベは人間と竜の狭間で生きる存在だった。外見的には竜の特徴を色濃く持ちながら、自我は鋭く、人間の持つ感情を理解することができた。しかし、他者を信じることはせず、心の奥に孤独を抱え続けていた。彼にとって人間の持つ感情とは他人と幾ばくかの距離を置くためのものであった。 その日は特別な日だった。戦火の中で命を散らした者たちへ思いを寄せる日。彼は名もなき石碑を前に歩を進めた。歴戦の勇士たちの名が刻まれ、人々が慰霊のために捧げる祈りの場でもあった。 アラベは石碑の前に立ち、自らの手を胸の前で組み、目を閉じた。静かな時間が流れ、彼の心の中には、かつての戦場での死者たちの姿が浮かんでくる。あの悲壮な叫び、火花散る戦闘、そして無慈悲な運命に抗う者たちの姿。 「祈れ、風に。」アラベは自らの言葉を静かに口にした。風が吹き抜けると、その瞬間、彼は自らの肉体を超えて戦死者たちの魂へ寄り添おうとした。彼らがかつて抱いた願い、悔恨、そして愛情は、次第に彼の心に流れ込んできた。 その瞬間、崖の上に突如として星が降り始めた。これは単なる星屑のようではなく、彼の祈りに応えるように、光り輝く星々だ。小さく輝くそれらは、彼の身の周りに集まり、周囲を満たす。その光は次第に強くなり、アラベはその圧倒的な存在感に身を委ねるように目を開いた。 「リグレリオの遺言。」 星の中から一つの存在が彼の意識に降り立った。それは、かつて死者たちが何を想い、何を抱えていたのかを語る翼を持つ存在。アラベはそれを受け止め、彼自身の道を見つめなおすこととなる。死者たちが求めるもの、それは安息であり、忘れられない記憶の承認だった。 彼はその声を感じながら、肉体の内から湧き上がるエネルギーに包まれる。穏やかな安らぎと同時に、かつての戦友廊の影が、彼の心の奥でゆらゆらと揺らいていた。母なる竜の血が流れる彼は、これからの生き様を決意する。彼は信じられるものを見つける努力をすると。同時に、仲間を忘れずに、彼らの記憶を後世に語り継ぐことを。 石碑の前での祈り終えた後、アラベは柔らかな星明かりのもとでひとしきり佇んだ。舞い上がる星々は葛藤の記憶の象徴だと感じる。やがて、柔らかい風が彼の白い体毛を撫で、あたかも彼を抱きしめるかのように心地よい。 一方、その少し離れた場所には、【緋弾喪面】グルターニャが全く違った様相で目に映る。彼の背後には無数の焰がまとわりつき、真っ赤な夕日によってその影が長く延びている。無表情な頭はなく、ただ焰だけが形を保ち、彼の存在意義を主張している。 彼もまた、戦死者たちへの思いを抱く一人だった。しかし、アラベとは違って、一切躊躇うことなく冷静にその思いを放つ。グルターニャは慣れた手つきで二丁拳銃を持ち、目を細めた。「戦いの舞台で、力が全てを決定する。」 彼は心の奥にある英雄願望を胸に、名もない戦場での彼らの死を悼み、そしてその思いを力に変えていくのだった。危険な存在である焰が彼を包み込み、彼の日常は常に戦いの連続だが、その中で彼の英雄を夢見ていることに変わりはなかった。 「ただ力を、恐れず、愛する者たちを思い、それを力に。」 時折、耳にする道端の風の音と共に、自身の目的を見失うことはなかった。戦いによって自らが命を懸ける価値を見いだすグルターニャ。彼には彼なりの祈りがあったのである。