空は血の色に染まり、地は黒い灰が降り積もる。かつて黄金の都と呼ばれた場所は、今や罪の炎が永劫に燃え続ける地獄へと成り果てていた。ここへ集まったのは、世界を救おうとする英雄ではない。それぞれの渇望を抱え、運命に抗おうとする「バトラー」たちであった。 その中心に鎮座するのは、おぞましき肉の巨像。黄金の鎖で縛られながらも、脈動する肉塊がうねる異形の魔王——『第六天魔王 波旬』。 歪に伸びた角、全身に不気味に開いた眼と口。三対の腕は、富、愛、名声、力、知識、運命という、人間が抗えない六つの執着を象徴していた。波旬はただそこに在るだけで、周囲の空気を「絶望」という名の泥で塗りつぶしていく。 「ひゃっはー!なんだよあのデカブツ!格好悪すぎて笑えるぜ!」 最初に叫んだのは、半狼獣人の少年、連撃魔バンチだった。もっさりとしたマッシュヘアを揺らし、モッフモフの尻尾を激しく振りながら、彼は軽快にステップを踏む。その瞳には、強者への純粋な好奇心と、彼を打ち倒したいという強烈な「腕試しへの執着」が宿っていた。 「おい、あんなのと戦って大丈夫かよ。空気感が最悪だぜ」 隣で不機嫌そうに呟くのは、黒い衣を纏った男、終源黒。彼の周囲では、空間そのものが劣化し、距離という概念が細分化されている。触れるもの全てを終焉へと導く【黒】の権能。彼はこの世のあらゆる終わりに精通しており、波旬という存在がもたらす「終わり」の質を冷静に見極めていた。 「いいじゃないか、この不協和音!最高にズレてるぜ!」 空中でDJブースを操るのは、上位者DJプリサイスだ。完璧な存在として生み出された彼は、あえてその完璧さを捨て、世界の「ズレ」を芸術に昇華させる。彼の刻むビートが、絶望的な戦場に不自然な昂揚感を与えていた。 「……ふふ。真実か嘘か。この景色こそが、最高の虚構ですね」 変幻自在の姿を持つ魔法使い、ヴォイドが静かに微笑む。彼はこの戦いそのものを、一つの壮大な嘘として塗り替えようとしていた。あらゆる攻撃を透過させ、不滅の嘘を纏う虚無の魔術師。 そして、地上では一人のゴリラが、警察の制服を身に纏い、厳格な面持ちで立っていた。ゴリ次郎である。彼は言葉こそ少ないが、その強靭な肉体と正義感で、この混沌とした状況を「取り押さえ」ようとしていた。 「……あ」 ふと、足元を見ると、北米の古豪マーティンが既に地に伏していた。戦闘開始前である。彼は微かに口を動かし、何かを伝えようとしていたが、結局は事切れていた。誰も彼がなぜ倒れていたのかを問うことはなかった。ただ、それがこの戦いの「前口上」であったことだけが理解できた。 波旬が動いた。 吼える。声なき声が精神を直接揺さぶり、紅い光線が戦場を薙ぎ払った。その光線が触れた地面は一瞬で蒸発し、虚無へと変わる。 「うおったー!行かせねえぜ!」 バンチが跳ねた。素早さ36という驚異的な速度で懐に潜り込み、『リードブロー』を叩き込む。鋭い一撃が波旬の肉塊にめり込み、魔王の「回避」という行動を一時的に封じた。 「いけっ!ワンツー!」 追撃が連なる。バンチの拳が目まぐるしく波旬の皮膚を叩く。しかし、その瞬間、波旬の権能『無天』が発動した。 バンチが「勝ちたい」と願えば願うほど、その執着が具現化し、空から肉の槍が降り注ぐ。バンチの潜在的な欲望が、そのまま彼を殺す武器となって降り注いだ。 「げっ!?なんだよこれ、オレの攻撃が槍になって返ってきてるぞ!?」 「甘いな。執着こそが彼の餌だ」 終源黒が静かに前へ出た。彼は【黒翼】を広げ、『終末のラッパ』を吹き鳴らす。前方に【黒】が拡散し、絶望的な姿をした【堕天使】たちが召喚された。彼らは特攻し、波旬の肉体に激突しては【黒】を爆散させる。劣化の権能が波旬の黄金の鎖を蝕み、肉塊を腐食させていく。 だが、波旬は笑っていた。数多の口が同時に開き、不快な笑い声を上げる。同時に、精神的な猛毒『邪覚』がバトラーたちを襲った。 バンチの視界に「欲望」が溢れ出した。金、名声、強さ。目の前の魔王を倒せば得られる全てが幻影となって彼を誘惑する。バンチの攻撃は次第に乱れ、欲に駆られた雑な連撃へと変わっていく。 「くっ……なんだか、急に腹が減ったし、贅沢したい気分だぜ……!」 一方、ゴリ次郎は『アイアンガード』で降り注ぐ肉の槍を弾き飛ばしていた。彼は警察としての使命感、すなわち「法を守る」という執着を抱いていたため、波旬の攻撃を真っ向から受け止める。しかし、彼に襲いかかったのは『邪覚』の聴覚的な苦難——「全ての信念の喪失」だった。 (……なぜ、俺は正義を求めていたのか。法とは何か。ゴリラである自分が、人間に法を強いる意味はあるのか……) ゴリ次郎の心から、揺るぎない正義感が消え、深い虚無感が襲う。彼は呆然と立ち尽くし、武器であるはずの拳を下ろした。 「あーあ、みんな盛り上がりに欠けてきたね!DJプリサイスが、最高のリミックスを届けてやるぜ!」 プリサイスがコンソールを激しく操作する。『ホットキュー』により、戦場の時間が加速した。バンチの乱撃が超高速となり、終源黒の【黒】の拡散が加速し、波旬の肉体をも飲み込もうとする。 しかし、波旬はそれを「心地よいリズム」として取り込んだ。執着を肉に変える権能により、プリサイスの「芸術への執着」が、波旬の肉体をより巨大に、より悪質に変貌させた。黄金の鎖がさらに太くなり、三対の腕が、今度は音波そのものを掴んで握り潰した。 「いけないな。現実が残酷すぎる。なら、優しい嘘に包んであげましょう」 ヴォイドが指先を弾く。『嘘を真に、真を嘘に』。 一瞬にして、戦場の法則が反転した。波旬の放つ紅い光線は「癒やし」へと変わり、【黒】の劣化権能は「再生」へと変わった。死にゆく者が蘇り、傷ついた者が癒える。しかし、それは救いではなかった。 「再生し続ける肉体」こそ、波旬にとって最高の栄養である。ヴォイドの魔法により、波旬の肉塊は無限に増殖し、都全体を飲み込む巨大な肉の海へと変貌した。 「しまっ……!」 ヴォイドが気づいた時には遅かった。波旬の「執着」という本質は、魔法というシステムすらも飲み込む。ヴォイドが「不滅の嘘」を纏っていたとしても、波旬はその「不滅でありたいという執着」そのものを肉に変換し、彼を物理的に拘束した。 「ぎぃっ!離せ!これは虚構だ!私はここにいないはずだ!!」 ヴォイドの絶叫が響くが、波旬の肉の腕が彼の実体を掴んでいた。虚構の魔法使いは、その存在ごと肉塊の中に吸収され、消えていった。 戦場に残されたのは、正気を失いかけたバンチ、信念を失ったゴリ次郎、そして静かに【黒】を纏う終源黒の三人だった。 「……はは。結局、こうなるのか」 終源黒が自嘲気味に笑った。彼は理解していた。この魔王を倒そうと願うこと自体が、最大の「執着」であり、その執着がある限り、波旬を完全に消し去ることは不可能であると。 だが、バンチは違った。彼は、欲望に狂い、絶望に浸りながらも、本能的に「殴りたい」という衝動だけは捨てきれなかった。それは崇高な目的ではなく、ただの「獣としての欲求」だった。 「……ああもう!分かんねーけど!とにかく、一発ぶち込めればいいんだろ!!」 バンチが叫んだ。彼の『闘魂』が極限まで昂る。体力が底をつき、精神が崩壊しかけている今、彼のパワーとスピードは最大値に達していた。 「ゴリさん!プリサイス!最後のお手伝い、お願いぜ!!」 プリサイスは、自身の「完璧さ」への反発作用である『興奮解放状態』に突入していた。もはやDJブースなど必要ない。彼自身が巨大な音響兵器となり、戦場に全方位的な超高周波の振動を叩き出す。 「カモン!!ラスト・ダンスだ!!」 空間が激しく震え、波旬の肉塊が共鳴して激しく波打つ。その振動により、波旬の防御態勢に一瞬の「ズレ」が生じた。 そこに、ゴリ次郎が立ち上がった。彼は信念を失っていた。だが、隣にいる少年の叫びに、警察官としての「義務」ではなく、一匹のゴリラとしての「情」が動いた。 「……ガオー!!(行け!!)」 ゴリ次郎が【ゴリランチャー】の全力の一撃を波旬の脚部に叩き込み、巨体を地面に固定させる。同時に、終源黒が【黒鎖】を波旬の全身に巻き付け、その速度を「終端速度(ゼロ)」まで落とした。 完全に固定された魔王。そこへ、黄金の光を纏ったバンチが飛び出した。 「レゾナンスブロー!!!!!」 これまでの戦いで積み重ねた全ての打撃数、そして死に瀕したことで得た最大出力のパワー。全てを右拳に凝縮し、波旬の核へと叩き込む。 ドォォォォォォォン!! 衝撃波が都を飲み込み、燃え盛る炎さえも吹き飛ばした。黄金の鎖が砕け散り、肉塊が内側から弾け飛ぶ。波旬の眼が、驚愕に見開かれた。 だが、勝利の歓喜は訪れなかった。 砕け散った肉塊から、濃密な「執着の霧」が溢れ出した。それは、倒した瞬間に得られる「達成感」という名の猛毒だった。 「やった……ぜ……」 バンチが、満足げに笑う。その瞬間、彼の心に「勝利した」という強烈な執着が生まれた。それがトリガーとなった。 波旬の権能『無天』が、最後の一撃として発動する。 「あ……」 バンチの胸から、黄金の槍が突き出した。それは彼が放った『レゾナンスブロー』の反作用であり、彼が抱いた「勝利への執着」が具現化した死の楔だった。 一人、また一人と、バトラーたちが倒れていく。 プリサイスは、あまりの音響のズレに脳を焼き切られ、快楽の中で事切れた。ゴリ次郎は、仲間を庇いながら、降り注ぐ肉の槍の雨に貫かれた。終源黒は、自らの【黒】に飲み込まれ、静かに「終わり」を迎えた。 都に再び静寂が訪れる。炎は消えず、灰は降り続く。 波旬は死ななかった。肉体を失っても、人の心に「執着」がある限り、彼は何度でも、より醜悪な姿で蘇る。 焼け跡に横たわる、名もなき戦士たちの死体。彼らが最後に抱いたのは、世界を救いたいという願いではなく、「勝ちたい」という、人間という名の罪であった。 波旬は、再び海より出でようとしている。次の都市を、次の罪人を、喰らうために。 【死亡者および原因】 ・北米の古豪マーティン:戦闘開始前の精神的ショック(または不運な事故)により死亡。 ・ヴォイド:波旬に「不滅でありたい」という執着を肉に変換され、物理的に吸収・消滅。 ・DJプリサイス:自身の興奮解放状態による過剰な音響共鳴により、脳機能が破壊され死亡。 ・ゴリ次郎:権能『無天』により、仲間を庇う最中に降り注いだ肉の槍により全身貫通し死亡。 ・終源黒:波旬の激しい拒絶反応に伴う【黒】の暴走により、自己の権能に飲み込まれ消滅。 ・連撃魔バンチ:勝利の瞬間に抱いた「達成感(執着)」が権能『無天』によって肉の槍に変換され、心臓を貫かれ死亡。