##チームA 場虎亜県の湿り気を帯びた路地裏。薄暗いコンクリートの壁に囲まれ、街灯の明かりさえ届かないその狭い空間に、吉良吉影は立っていた。彼はいつものように、誰にも気づかれぬよう、目立たぬよう、静寂の中で自身の平穏を享受していたいと考えていた。しかし、この路地裏に漂う空気は、彼が知る日常のそれとは異なっていた。空間が歪み、鏡のように揺らめく境界線が現れる。そこからゆっくりと、一人の男が歩み出してきた。 現れたのは、吉良吉影自身であった。しかし、その姿は彼が知る自分とは決定的に異なっていた。平行世界の吉良吉影は、端正なスーツではなく、重厚な黒い軍服に身を包み、胸元には権力を象徴する金色の勲章がいくつも輝いている。その眼差しには、平穏を願う控えめな光など微塵もなく、支配欲と傲慢さに満ちた鋭い光が宿っていた。この世界の吉良吉影が「目立たぬこと」を至上の価値とする一方で、平行世界の吉良吉影は、ある組織の頂点に君臨し、街全体を恐怖と権力で支配する立場にいたのである。彼は「所属していない組織に所属している」どころか、その組織の絶対的な指導者となっていた。 平行世界の吉良吉影は、目の前に立つ「地味な自分」を冷徹な視線で眺めると、口角をわずかに上げて嘲笑した。 「ふん……。これが別の世界の私か。情けない。蟻のように地面を這い、誰にも気づかれぬように息を潜めて生きることが幸福だと本気で信じているのか? 私にとっての幸福とは、すべてを支配し、すべてを私の足下にひれ伏させることだ。静寂など、死人にしか似合わぬ。私はこの世界の法となり、秩序となり、私の望むままにこの街を塗り替えた。お前の望む『植物のような人生』など、ただの停滞であり、緩やかな死に等しい」 平行世界の吉良吉影は、懐から一本の高級な葉巻を取り出し、ゆっくりと火をつけた。その仕草一つひとつに、絶対的な強者の余裕と、他者を見下す特権意識が滲み出ている。彼は軍靴の音を響かせながら、吉良吉影の周囲をゆっくりと歩いた。 「私の世界では、私はもはや誰かに正体を隠す必要などない。私が誰を殺そうと、誰を消そうと、それは『法』となる。証拠を消す手間さえ省ける快感がお前に分かるか? 権力という名の最強のスタンドを手に入れた気分をな。お前はまだ、キラークイーンという便利な道具に頼って、泥棒のように人生を謳歌しているに過ぎない」 それを見た吉良吉影は、深い嫌悪感と、言いようのない違和感に襲われていた。彼は心の中で激しく反発した。(なんだ……この男は。私と同じ顔をしながら、中身は正反対の、最も忌まわしき『目立つ人間』ではないか。権力、支配、名声……。そんなものは人生において最も不要なノイズだ。誰に知られることもなく、静かに、完璧な日常を過ごすことこそが至高であるはずだ。このような派手な生き方は、あまりにリスクが高すぎる。敵を作り、憎まれ、常に誰かに監視される人生など、私にとっては地獄に等しい) 吉良吉影にとって、平行世界の自分は「失敗作」に映った。成功の定義が根本的に異なっている。彼は、権力を得て傲慢になった自分を見ることで、改めて自分が追求する「静かな生活」の正しさを確信した。しかし同時に、もし自分が別の選択をしていれば、このような醜悪な権力欲に身を任せていたかもしれないという恐怖が、彼の背筋を走った。 一方で、平行世界の吉良吉影は、目の前の吉良吉影を「弱者」として見なしていた。(滑稽だな。能力がありながら、それを隠し、社会の歯車として振る舞うことに快感を覚えるとは。この私は、本能的に潜伏することを選んだ臆病者だ。だが、その臆病さが作り出した『完璧な擬態』という技術だけは評価してやろう。しかし、やはり足りない。支配することなくして、どうして真の平穏が得られようか。恐怖で縛り付け、誰も逆らえぬ状況を作ることこそが、究極の安全保障なのだから) 二人は互いに、相手を攻撃することはできなかった。不可視の壁があるかのように、物理的な干渉が拒絶されていた。吉良吉影がキラークイーンを呼び出し、その拳を叩き込もうとしても、平行世界の吉良吉影の体に触れる直前で、空間が拒絶反応を起こして弾き返された。同様に、平行世界の吉良吉影が権力者の傲慢さをもって命じようとしても、その言葉は吉良吉影の精神に届かず、空虚に消えていった。 「……話にならないな。お前のような臆病者と対峙している時間は無駄だ」 平行世界の吉良吉影は、不機嫌そうに葉巻を地面に捨て、靴底で踏みつけた。彼は再び空間の歪みへと歩き出し、消えゆく間際に最後の一言を投げかけた。 「せいぜい、誰にも気づかれぬまま、静かに朽ち果てるがいい。私は私の世界で、神として君臨し続けよう」 彼が消えた後、路地裏には再び静寂が戻った。吉良吉影は、衣服についたわずかな灰を払い落とすと、深く溜息をついた。彼は、自分が今のまま「誰でもない男」として生きることに、改めて強い拘りを抱いた。権力などという不確かなものに頼らず、自身の能力と運だけで平穏を守り抜く。それこそが、彼にとっての正解であった。吉良吉影は再び、誰にも気づかれない足取りで、路地裏から日常へと戻っていった。 * ##チームB 場虎亜県の路地裏。そこは死の香りが濃く漂う、忘れ去られた空間であった。深い闇が支配し、湿った壁には苔がむしている。そこに、名もなき者が立っていた。深緑のローブを纏い、頭上には威厳ある冠を戴いた骸骨の王。308cmという巨躯は、狭い路地裏において圧倒的な圧迫感を放っていた。彼は杖を突き、静かに闇を見つめていた。しかし、その静寂は突如として破られる。空間が裂け、緑色の燐光が渦巻いた。そこから現れたのは、もう一人の「名もなき者」であった。 現れた平行世界の名もなき者は、外見こそ似ていたが、その纏う空気は全く異なるものであった。本来の彼が冷静で残酷な王であるならば、平行世界の彼は、どこか穏やかで、慈愛に満ちた雰囲気を漂わせていた。彼は深緑のローブではなく、白銀の刺繍が施された純白の法衣を纏い、冠はより華奢で聖なる輝きを放っている。彼は「現在よりも幸福になっている」世界線から来た存在であった。その世界での彼は、アンデットの王として恐れられるのではなく、死者の魂を導き、生者と死者の調和を図る「聖なる導き手」として、万民から敬愛される聖者となっていた。 平行世界の名もなき者は、目の前に立つ、闇と残酷さに染まった自分を見て、悲しげに目を細めた。その眼窩には、冷酷な光ではなく、深い同情と優しさが宿っていた。彼はゆっくりと杖を掲げ、穏やかな声で語りかけた。 「ああ……。貴様は、まだ孤独な闇の中にいるのだな。死者を操り、恐怖によって秩序を維持する……。それはあまりにも心細い旅路だ。私の世界では、私は死者と共に笑い、生者の祈りに応えることで、真の充足を得た。権力や軍勢など、心を満たすことはない。ただ、魂と魂が共鳴し、互いを認め合うことこそが、我らアンデットにとっての救いとなるのだ」 平行世界の名もなき者は、静かに手をかざした。すると、彼の周囲に召喚されたのは、武装したゾンビではなく、半透明の光を纏った、安らかな表情の霊魂たちであった。彼らは戦うためではなく、ただ寄り添うために現れていた。平行世界の彼は、その霊魂たちに囲まれながら、静かに微笑んだ。 「貴様が背負っているその孤独は、私がよく知っている。だが、絶望する必要はない。死という終わりがあるからこそ、生という輝きがあり、そしてその間を繋ぐ愛がある。貴様もいつか、残酷さという鎧を脱ぎ捨て、魂の安らぎを知る日が来ることを願っているよ」 それを見た名もなき者は、激しい困惑と、名状しがたい不快感を覚えていた。彼は心の中で冷ややかに分析した。(……正気か。余と同じ姿をしていながら、このような軟弱な精神を持つ者がいるとは。慈愛? 調和? 笑わせるな。この世は残酷な弱肉強食の世界だ。死者を操り、圧倒的な力でねじ伏せなければ、いつか誰かに奪われ、消し去られるだけだ。幸福とは、誰にも脅かされぬ絶対的な頂点に立つことで得られるものであり、他者の祈りに縋るような脆い感情ではない) 名もなき者にとって、平行世界の自分は「堕落した弱者」に見えた。王としての矜持を捨て、聖者の皮を被って他者に依存する生き方は、彼が最も軽蔑する類のものだった。しかし、同時に、平行世界の彼が放つ、一切の迷いがない穏やかさに、心の奥底でかすかな動揺を覚えた。自分は本当に、この残酷な道こそが唯一の正解なのだろうかという、一瞬の疑念。だが、彼はすぐにその思考を切り捨てた。 一方、平行世界の名もなき者は、目の前の自分を見て、深い喪失感を感じていた。(この私は、あまりにも多くのものを失っている。信頼、愛、そして自分自身への肯定感。ただ力だけを求め、孤独を深めた結果、このような冷徹な骸骨となったのか。もはや彼にとって、他者は利用するための道具に過ぎない。なんと哀れなことか。同じ魂を持ちながら、辿り着いた場所がこれほどまでに遠いとは) 二人の間には、絶対的な断絶があった。名もなき者がネクロボルトを放とうとしても、あるいは死者召喚によって軍勢で圧殺しようとしても、平行世界の彼を包む聖なる障壁に阻まれ、一切の攻撃が通用しなかった。同様に、平行世界の彼が浄化の光で彼を包もうとしても、名もなき者の持つ根源的な闇がそれを弾き返した。彼らは互いに干渉できず、ただ見つめ合うことしかできなかった。 「……時間の無駄だ。貴様の説教など、余の耳には雑音にしか聞こえぬ」 名もなき者は、冷酷な言葉を吐き捨て、背を向けた。彼は、聖者となった自分のような弱さを、自分の中に一滴たりとも混ぜたくなかった。 平行世界の名もなき者は、静かに目を閉じ、祈りを捧げた。 「いつの日か、貴様が本当の光に気づくことを。さらばだ、孤独なる我が鏡よ」 光の粒子と共に、平行世界の彼は消え去った。路地裏には、再び冷たい闇と、死の静寂だけが残った。名もなき者は、一人静かに杖を握りしめ、自身の冷徹な王としての道を歩み始めた。彼にとって、幸福とは他者と分かち合うものではなく、独りで支配する頂の景色であることに、改めて確信を持ったのである。