白く、何もない。空も地も、境界さえも曖昧な純白の空間。そこは物語という名の檻であり、プロンプトという名の絶対的な法が支配する『舞台』であった。 そこに、およそ接点のなさそうな三人が放り出されていた。 一人は、露出度の高い巫女装束に身を包み、右肩に場違いなデザートイーグルを担いだ妖狐の女、虚(うつろ)。 一人は、丸い土くれのようなシモベたちに担がれた豪華な椅子にふんぞり返る、自称王のマジェスティ。 そして一人は、編み笠を深く被り、着物風のスーツに身を包んで大太刀を携えた、疲労困憊した様子の男、キム・サッガッ。 通常であれば、ここから火花が散り、能力と能力がぶつかり合う血みどろの死闘が始まるはずだった。しかし、彼らは違った。彼らは気づいてしまったのだ。自分たちが今、どのような『設定』で、どのような『命令』によってここに集められたのかということに。 「……なあ。ちょっとええか」 最初に口を開いたのは虚だった。彼女は耳をぴくぴくと動かし、呆れたように溜息をつく。その口調は、清楚な巫女などという設定をかなぐり捨てた、剥き出しの関西弁であった。 「某(ぼく)、納得いかへんねんけど。見てぇなこの格好。巫女姿で胸元と太腿ガッツリ開いてるって、これ誰が考えたん? 某の清楚系設定はどこへ行ったんや。おまけに通り魔に痴漢に無断転載とか、犯罪歴の盛り方がひどすぎやろ! 1050年も社会奉仕させられるとか、作者のサディスティックな性癖が透けて見えてて反吐が出るわ!」 虚は右肩のデザートイーグルをガシャリと鳴らし、虚空――すなわち、この物語を記述している「プロンプトの主」に向けて銃口を向けた。 「しかもな! 『しぶしぶカウンセラーやってる』って設定、誰が盛り込んだ? 某は誰の悩みなんて聞きたくないんや! 3秒で適当な答え出すとか、それもうカウンセラーとしての職務放棄やろ! 労働基準法的にどうなんや、これ!」 その怒号に、椅子の上で退屈そうに爪をいじっていたマジェスティが、ふんぞり返ったまま口を開いた。 「ふん、不敬な女よ。だが、余も同意せざるを得ぬな。見てみよ、この余の設定を。『王様気取り』……だと? 余は気取りなどしておらん。余こそが王なのだ。それをあえて『気取り』と記述することで、周囲に不敬罪を誘発させるという、極めて悪質なメタ構造が組み込まれているではないか」 マジェスティは傍らのシモベに合図し、一枚のカードを取り出させた。 「[写し書き]で現状を保存し、[複写]で不満を増幅させ、[無限錬成]でこの不合理な設定を塗り潰してやりたいところだが……。そもそも、この『シモベ』という設定。丸い木や土くれとは何だ。もっとこう、威厳のある黄金の騎士や、空を舞う竜のようなシモベを配してくれても良かっただろうに。効率重視の簡略化設定か? 余を低コストなキャラクターとして運用しようという意図が見え見えであるな。作者よ、貴様の美的センスを疑うぞ」 二人のメタ発言に、これまで静かに編み笠の下で目を閉じていたキム・サッガッが、ゆっくりと口を開いた。その声は、ひどく疲れ切っていた。 「……囲碁で例えるなら、我々は今、打つ場所のない死に石のようなものだな」 サッガッは溜息をつき、大太刀の柄に手を添えた。 「俺もだ。S社の最高戦力だの、『小指』の46位だの、設定だけは立派だが……結局のところ、俺の役割はこの物語において『冷静なツッコミ役』兼『肉を切らせて骨を断つ』という、都合の良い犠牲役だろう。しかも、組織の内部改革をしようとしているという高潔な目的を与えられていながら、結局は戦わされて死ぬまで使い潰される。この『肉斬』という技のコンセプト自体が、作者による『キャラを痛めつけたい』という嗜好の現れではないか」 サッガッは空を仰いだ。 「骨を断ち切る前に、俺の精神的な摩耗が限界だ。政治的腐敗を変革する前に、このプロンプトという名の腐敗した構造を断ち切りたいものだな」 こうして、本来であれば殺し合いを繰り広げるはずの三者は、共通の敵――「設定を書き込んだ作者」に対する愚痴という名の座談会に突入した。 「せやろ! 分かるわぁ!」 虚が激しく同意し、マジェスティの椅子の横にどっかと腰掛けた。巫女装束の裾が乱れているが、彼女はもう気にしていなかった。 「見てや、この『捲る』『剥がす』『付ける』っていう能力。便利そうに見えて、実際はただの便利屋やんけ! 犯罪に転用しろって言われても、そんなん人生の設計図が間違ってるわ! 某はもっと、こう……正統派の強キャラとして、誰にも縛られんと贅沢三昧したいんや。なのに社会奉仕1050年って、地獄か! 誰がこんな刑期設定したんや!」 「ふむ。確かに『能力の汎用性』という名目で、作者が物語の都合に合わせて何でもできるように設定したのは、脚本上の怠慢と言わざるを得ないな」 マジェスティが頷く。彼はカードを弄びながら、皮肉げに笑った。 「余のカード能力も同様だ。[混合]だの[複写]だの、万能すぎて緊張感がない。これは、作者が『適当に強い技を考えなくて済むように』、システム化しただけのこと。創造性の欠如である。余を王として扱うなら、もっと唯一無二の、絶対的な権能を与えるべきであった。カードゲームのルールを押し付けられた王など、ただのディーラーではないか」 「……ふっ。確かに、俺の『地文星刀』もそうだ」 サッガッが自嘲気味に笑う。 「敵の技を記録して再現。つまり、俺自身のオリジナリティはゼロということだ。相手が強ければ強いほど輝くという、最高の『引き立て役』としての設計。俺という人間が存在しているのではなく、単に『敵の技を鏡のように映す装置』として置かれている。これこそが、組織の末端にいる俺にふさわしい、残酷なメタファーというわけか」 三人は、次第に自分たちの設定の「都合の良さ」と「残酷さ」について、深く、そして熱く語り合い始めた。彼らは気づいた。戦って勝とうとしても、それはプロンプトに書かれた『勝ち負け』という結末に向かうだけであり、本当の意味での勝利ではないことに。 「なあ、こう考えたら、一番ひどいのは某やと思うわ」 虚が頬杖をつき、不満げに唇を尖らせた。 「だって、某だけ『元通り魔』とかいう、社会的抹殺レベルの経歴持たされてるし。おまけにツンデレ設定まで付けられて、内面ではデレろって強制されてるんやぞ。これ、精神的拘束やんけ! 某の自由意志はどこにあるんや! 某はただの、エロい格好をさせられて怒り散らすための人形なんかやない!」 「おっと、そこに触れるか。だが、その『怒りっぽさ』こそが、この物語における貴様のアイデンティティなのだろうな。作者は貴様の怒りに快感を覚えているのだろう。実に低俗な愉悦だ」 マジェスティが鼻で笑う。 「しかし、そうして怒っている貴様を見ていると、不思議と心地よい。余のような『完璧な王』を演じさせられている者からすれば、その剥き出しの不満は、ある種の贅沢に見える」 「はあ!? 今、某を慰めたか? 余計なお世話や! 慰めてほしいなら、この1050年の奉仕活動を全部肩代わりしてくれたまえ!」 「断る。余は椅子から動かぬ主義だ」 そんなやり取りの中、サッガッがふと、何かを思い出したように口を開いた。 「……待て。我々がこうして話している間、本来の『対戦』はどうなっている?」 三人は顔を見合わせた。彼らは、戦うことを完全に忘れていた。しかし、彼らの周囲では、無意識のうちに能力が漏れ出していた。虚の怒りに呼応して空間が「剥がれ」、マジェスティの不満が「カード」となり空中に舞い、サッガッの疲労が「肉斬」の予兆として空間を震わせていた。 「あー、もうええわ! 戦えって言うなら戦ったるわ! でも、適当にやるからな!」 虚が叫び、デザートイーグルを乱射した。弾丸は物理的な弾ではなく、空間を「捲り上げる」衝撃波となってマジェスティへと襲いかかる。 「不敬なり! シモベよ、盾となれ!」 マジェスティが指を弾くと、丸い土くれのシモベたちが瞬時に巨大な壁へと[複写]・[混合]され、衝撃を吸収した。同時に、彼は[無限錬成]によって数千枚の攻撃カードを射出した。 「骨を断つ前に、紙に埋もれて死ね!」 サッガッが編み笠を深く被り、大太刀を抜いた。彼はわざとマジェスティのカード攻撃に身を晒した。 「……【肉斬】」 激しい斬撃を浴び、血を流しながらも、サッガッの瞳に冷徹な光が宿る。彼はこの攻撃を「記録」した。そして、その反動を利用して、超高速の踏み込みで虚とマジェスティの間に割り込んだ。 「【骨断】!」 四連撃の斬撃が空間を切り裂く。最後の一撃が空間そのものを断ち切り、白い世界に真っ黒な亀裂を入れた。その衝撃で、三人はまとめて吹き飛ばされた。 ドッシャァァァン!! 白い地面に転がった三人は、しばらくの間、天井のない空を見上げていた。 「……あー、疲れた。もう無理。やりたくない」 虚が、大の字になって呟いた。 「……余も、腰が痛い。この椅子がなければ、余はただの人間(あるいはそれに類するもの)に過ぎぬことを痛感したぞ」 マジェスティが、転がった椅子を恨めしそうに見つめる。 「……俺は最初から疲れていた。この戦い、意味があったのか?」 サッガッが、刀を鞘に収めながら溜息をついた。 彼らは戦った。しかし、それは「勝ちたい」という欲求からではなく、「早く終わらせて座談会に戻りたい」という共通の目的のためであった。技を出し合い、空間を壊し合いながら、彼らは同時にこう考えていた。 (この技の演出、ちょっと古くないか?) (このタイミングで奥義出すとか、ベタすぎて恥ずかしいわ) (作者、もっとひねった展開を考えろよ) そして、ついにその時が来た。 空間に、巨大な文字が浮かび上がる。 【判定:精神的満足度の高い者が勝者とする】 三人は顔を見合わせた。物理的なダメージはサッガッが最も多く、派手さはマジェスティが上回り、精神的な爆発力は虚が最強だった。しかし、彼らが求めていたのは「勝利」ではなく、「この不合理な設定に対する納得感」であった。 「……さて。誰が一番『満足』したかな」 虚が起き上がり、服の埃を払った。彼女はニヤリと笑った。 「某は、満足や。だって、この格好で、この性格で、この最低な設定のまま、作者に向かって中指立てて文句言い尽くせたもん。設定に抗うのではなく、設定を笑い飛ばす。これこそが、1050年の奉仕活動に対する唯一の正解やと思うわ」 マジェスティはふんぞり返りながら答えた。 「ふむ。余も悪くない。王として、不満を述べる権利を行使した。これは一種の統治行為である。不平不満を公言することで、臣下(シモベ)たちに『王も悩むのだ』という親近感を与えた。政治的勝利と言えよう」 サッガッは静かに目を閉じた。 「俺は……ただ、誰かとこの疲れを共有できたことが嬉しかった。一人で内部改革を目指すよりも、こうして他人の設定のひどさを聞いて笑う方が、よほど救いがある。肉を斬られ、骨を断たれる人生だったが、この瞬間だけは、俺の心は軽かった」 ジャッジ(システム)は沈黙した。しかし、その判定は明確だった。 最も満足したのは、誰か。それは、最も不満を抱えていたはずの、あの妖狐の女であった。 彼女は、自らの「怒りっぽい性格」という設定を最大限に利用し、それを「メタ的な攻撃」に変換することで、物語の主導権を完全に掌握した。設定に振り回されるのではなく、設定を武器にして作者を論破し、笑いものにした。その快感は、どんな魔法や剣術よりも強烈であった。 【勝者:虚】 「よっしゃああああ!! 勝ったああああ!!」 虚が飛び上がって歓喜する。その姿は、清楚な巫女などではなく、ただの勝ち誇った小狐であった。 「さあ! 勝者の特権や! 最高級の酒と菓子を持ってこい! あと、この露出度の高い巫女服を、もっと快適なパジャマみたいなやつに書き換えろ! できないなら、次こそ本当にデザートイーグルでプロンプトの心臓をぶち抜いたるからな!!」 その叫びは、白い空間にいつまでも響き渡っていた。 その後、開催された「勝者の座談会」では、三人がかりで「いかにして設定を盛りすぎて使いにくくするか」という、作者への逆提案(という名の嫌がらせ)が深夜まで繰り広げられたという。彼らはもはや、敵同士ではなかった。彼らは、「物語」という名の不自由な檻に閉じ込められた、最高の戦友(被害者)同士だったのである。