空を塗り潰すのは、どろりとした血のような紅い月。 その不吉な光は、地上の理を歪め、魂の奥底に眠る獣を呼び覚ます。静寂に包まれていたはずの荒野に集った三者は、互いに視線を交わした瞬間、本能的に理解した。今夜は、誰かが絶命するまで止まらない、「最高の殺し合い」の日であるということを。 紅い月の魔力は、彼らのリミッターを暴力的に破壊した。理性の鎖は脆くも崩れ去り、残ったのは純粋な破壊衝動と、底なしの渇望のみ。 「あははっ!あはははははは!!ねぇ見て見て!!月が真っ赤!私の心臓みたいにドクドクしてるよぉ!!」 狂気のネギマちゃんが、その低身長な体をぶるぶると震わせながら叫ぶ。赤眼は爛々と輝き、ツインテールの先まで狂気が乗り切っていた。彼女が手にするのは、おぞましい名称の刀『マヂ無理どぉせゥチゎ手首灼ぃた火葬刀』。もはや武器と呼んでいいのかさえ疑わしい代物だが、彼女の周囲に渦巻く魔力は、紅い月の加護を受けて異常な膨張を見せていた。 「ガハハハ!いい面構えだ!狂ってやがるな!最高だぜ、こんな夜に死ねるなら安いもんだ!」 対峙するのは、白スーツを纏った巨漢、マティアス。全身に刻まれた怨恨の入墨が、月の光に反応してどす黒く脈動している。肩にかけた紫のコートを翻し、彼は愛剣レーヴァテインを地面に突き立てた。まだ封印された状態の大剣だが、それでもその質量だけで周囲の空気を圧迫する。 そして、その二人の間にぽつんと佇む、40センチの小さな影。くるみ割り人形の「あんぐり」である。植物の双葉を頭に茂らせたその人形は、口を持たず、言葉を発さない。しかし、その頭上に浮かんだ吹き出しには、激しく震える「💢」と「💥」の漫符が踊っていた。その小さな体からは、およそサイズに見合わない殺気が、物理的な圧力となって放射されている。 静寂は、一瞬で切り裂かれた。 「死ねぇ!!!」 マティアスが大地を蹴った。巨体からは想像もつかない速度。義理の鎖がジャラリと音を立て、打撃力が増幅された拳が、ネギマちゃんの顔面へと突き出される。同時に、あんぐりが【木偶の坊】を発動。残像を幾重にも残しながら、傀儡のような不自然な動きでマティアスの懐へと潜り込む。 「いっ、いいいいいい!!もっと!!もっと壊してぇ!!」 ネギマちゃんは避けない。あろうことか、彼女はマティアスの拳に向かって自ら飛び込んだ。ドゴォッ!!という鈍い衝撃音が響き、彼女の小柄な体は木の葉のように吹き飛ばされ、後方の岩壁に激突して血飛沫を上げた。 しかし、彼女は笑っていた。口から鮮血を流しながら、恍惚とした表情で天を仰ぐ。 【あぁあ楽しすぎ!】 スキル発動。受けた衝撃、肉体の破壊、そして激痛。それがすべて純粋な快楽へと変換される。彼女の魔力が爆発的に跳ね上がり、スピードとテンションが臨界点に達した。傷口が煙を上げて塞がり、体力が瞬時に全快する。それはもはや再生ではなく、狂気による強制的な上書きだった。 「あはっ!あはははっ!!最高!最高だよぉ!!」 ネギマちゃんが弾丸のような速度で回帰し、火葬刀を振り下ろす。攻撃力こそゼロに近いが、彼女に宿る膨大な魔力が刀身に乗り、空間そのものを焼き切るような紅い斬撃が放たれた。 一方のあんぐりも、その「ひょうきん」な外見に反して冷酷な攻撃を仕掛けていた。【革命】のスキルにより、地面から突如として巨大なガトリング砲が出現。人形の小さな腕では持てないはずの兵器が、魔力によって固定され、マティアスに向けて無慈ابةな弾丸の雨を降らせる。 タタタタタタタタッ!! 「ガッハハ!効かねえぜ!!」 マティアスは避けない。弾丸がスーツを切り裂き、肉を抉るたびに、彼の全身の入墨が赤黒く輝いた。【怨恨の入墨】。ダメージを受けるほどに身体能力が跳ね上がる呪われた力。彼は弾丸の嵐の中を突き進み、至近距離まで肉薄すると、レーヴァテインを大きく薙ぎ払った。 「封印一段解除!!」 大剣から猛烈な炎が噴き出した。紅い月の魔力と共鳴した炎は、周囲の酸素を食い尽くし、すべてを灰にする業火へと変わる。一閃。爆風が荒野を駆け抜け、ネギマちゃんとあんぐりを同時に飲み込んだ。 「ぎゃああああ!!あはは!あははは!!いい!もっと焼いて!!」 火だるまになりながら歓喜の声を上げるネギマちゃん。一方のあんぐりは、吹き出しに「(; ゚Д゚)」という困惑の漫符を出しつつも、即座に【イタイのイタイの飛んでいけ】を発動。細胞を瞬間回復させ、火傷をねじ伏せて再び跳躍した。 戦いは泥沼の消耗戦へと突入する。三者ともに、紅い月の影響で理性が完全に消失していた。もはや勝ち負けなどという次元ではなく、「いかに効率的に相手を破壊し、快楽を得るか」という狂った競争へと変貌していた。 マティアスのレーヴァテインは二段階目の封印が解かれ、もはや剣というよりは「移動する火山」のような威圧感を放っていた。一振りごとに地面が陥没し、空に紅い火柱が上がる。対するネギマちゃんは、攻撃を受けるたびに絶頂し、その魔力をさらに増幅させるという最悪のサイクルに入っていた。 「ねぇ、もう飽きたなー。ちょっとだけ、ルール変えていい?」 ネギマちゃんが、ふわりと空中に浮かんだ。その瞳からはハイライトが消え、どろどろとした狂気が溢れ出している。 「【それはナシで!】」 彼女が指をパチンと鳴らした瞬間、マティアスの全身を包んでいた燃え盛る炎が、嘘のように消え去った。それだけではない。マティアスは愕然として自分の剣を見た。レーヴァテインから炎が出ない。それどころか、彼が最も得意とし、今まさに繰り出そうとしていた最強の一撃——【極大・業火斬】の概念そのものが、彼の記憶と能力から抹消されていた。 「……あ?どういうことだ。俺の力が……出ねえ?」 「あはは!ナシだよ!それはナシ!だって、そういうのつまんないもん!」 マティアスが激昂し、鎖を振り回して突撃する。しかし、そこへあんぐりが【木偶の坊】で背後に回り込み、巨大なロケットランチャーを至近距離からゼロ距離射撃した。 ズドォォォォォォン!! 直撃。マティアスの右半身が爆風に巻き込まれ、肉が飛び散る。だが、彼は笑っていた。右腕を失いながらも、その顔には狂気的な歓喜が浮かんでいた。 「いいぜ……最高だ!この絶望感、この痛み!!三段階目の封印……解いてやるよ!!」 マティアスが絶叫し、残った左手でレーヴァテインを高く掲げた。封印がすべて解かれた剣は、紅い月と同化し、漆黒の炎を纏い始めた。もはやそれは武器ではなく、死そのものの顕現であった。彼は失った右腕の血を燃料に、最後の一撃を放とうとする。 「全部まとめて、灰になれぇ!!」 全魔力を込めた一撃。空間を歪め、光さえも飲み込む黒い炎の斬撃が、ネギマちゃんとあんぐりを完全に捉えた。逃げ場はない。回避不能。絶対的な破壊の波動が二人を飲み込む――はずだった。 「【って思うよね?】」 ネギマちゃんが小さく呟いた。 その瞬間、世界の色彩が反転した。因果律の逆転。超ピンチの状態から一気に状況をひっくり返す、理不尽極まりないスキル。爆発の衝撃が、なぜかすべてマティアス自身へと跳ね返った。 「が……あ……?」 マティアスは自分の身体が、内側から黒い炎に焼き尽くされる感覚に襲われた。自分が放った最強の一撃が、そのまま自分に突き刺さったのだ。身体が崩壊し、入墨が剥がれ落ち、白スーツが黒い灰へと変わっていく。 「ガハ……ハハ……。クソ……最高に、最悪な……終わり方だ……」 巨漢の戦士は、満足げな笑みを浮かべたまま、一粒の灰となって紅い夜風に消えていった。 残されたのは、ネギマちゃんと、あんぐり。 「あーあ。おじさん死んじゃった。ねぇ、次は君の番だよ、くるみちゃん」 ネギマちゃんが、うっとりと頬を染めてあんぐりを見つめる。あんぐりの頭上の吹き出しには、単純に「(#`皿´)」という怒りの漫符が出ていた。人形は迷わず、地面から数百本の投げナイフを召喚し、同時に【木偶の坊】で四方八方から襲いかかった。 シュシュシュッ!!と空気を切り裂く音が連続して響く。ネギマちゃんはそれをすべてわざと体に受けた。ナイフが頬を切り、肩を貫き、太ももに深く突き刺さる。 「あうっ!いいい!!もっと!!もっとたくさん刺してぇ!!」 快楽に身を任せ、悶えながら笑うネギマちゃん。しかし、あんぐりの攻撃は止まらない。人形は冷徹に、効率的に、ネギマちゃんの急所を狙ってナイフを突き立てていく。しかし、そのたびに【あぁあ楽しすぎ!】が発動し、彼女は不死身の怪物として再生し続けた。 だが、ある時。あんぐりが一つの「行動」に出た。 ネギマちゃんが快楽の絶頂にあり、完全にガードを捨てた瞬間。あんぐりはナイフを捨て、その小さな手でネギマちゃんの足元に「何か」を置いた。 それは……一本の、立派なナスビだった。 「……へ?」 ネギマちゃんが凍りついた。彼女にとって、ナスビは生理的に受け付けない、この世で最も忌まわしき存在である。 「【mjPdg】」 あんぐりが、意味不明な動きで激しく体をシェイクし、同時にナスビをネギマちゃんの顔面に叩きつけた。あまりにも脈絡のない、意味不明な行動。思考を停止させる精神攻撃。 「ひっ……!?いやぁぁぁ!!ナス!!ナスがある!!無理!!マジ無理!!」 精神的なパニック。狂気さえも塗り潰す「嫌い」という本能。ネギマちゃんの意識が一瞬だけ空白になった。その一瞬の隙を、あんぐりは逃さなかった。 【革命】 人形の背後に、巨大なギロチンの刃が出現し、超高速で落下した。 ガッシャァァァン!! 鮮血が紅い月に舞う。ネギマちゃんの細い首が、残酷なまでに切り落とされた。 「あ……」 地面に転がった頭部が、まだわずかに笑っていた。彼女は死の瞬間まで、この理不尽な敗北に、そして自分を絶頂させた残酷な結末に、快楽を感じていたのかもしれない。 静寂が戻った。 戦場に残ったのは、血に染まった小さなくるみ割り人形だけだった。 あんぐりは、静かに自分の体に付いた血をパタパタと払い、頭上にふわりと吹き出しを出した。 「(  ̄▽ ̄)b」 紅い月は、すべてを飲み込むようにゆっくりと雲に隠れていく。夜が明ければ、そこにはただの荒野が広がっているだけだろう。しかし、今夜ここで繰り広げられた狂宴の記憶だけは、血の匂いと共に大地に深く刻まれた。