楽園の行軍 ―雨と花と、賑やかな旅路― かつては死と絶望が支配し、数多の軍勢が血で血を洗った凄惨な荒野。しかし、今のそこには、見たこともないほど鮮やかな色彩が広がっていた。季節は梅雨。しとしとと降り注ぐ優しい雨が、乾いた大地を潤し、一面に色とりどりの花々を咲かせている。空には色鮮やかな蝶たちが舞い、野生の小動物たちが草むらから顔を出し、平和な空気が流れていた。 この静寂に包まれた世界を、巨大な要護衛艦がゆっくりと進む。時速10kmという、散歩に近い速度。横2km、縦1km、高さ0.5kmという、もはや動く城のような巨艦である。 操縦席に座るのは、二十歳の女性、フェア。彼女は明るい笑顔で、計器類を軽く叩いた。 「よし! 絶好の行楽日和……じゃなくて、絶好の航行日和だね!」 本来、この時期の荒野は極めて穏やかであり、護衛など必要ない。しかし、寂しがり屋のフェアは、「友達をたくさん作って楽しく旅をしたい」という理由で、あえて護衛の依頼を出した。集まったのは、種族も国籍も、あるいは次元も異なる奇妙な一行であった。 艦のデッキでは、すでに賑やかな交流が始まっていた。 「ミィー! ここ、すっごくいい感じ! お花がいっぱいだね!」 タコのような触手を背中からたくさん生やした、漫画のような見た目の存在、IM nOt aDult yay‼️!(以下、バイア)が、ぴょんぴょんと跳ね回っている。その動きは光速を超え、一瞬でデッキの端から端までを往復していた。 その隣では、30センチほどの小さなスライム、ジーニアスライムが、ぷるぷると震えながらバイアに話しかけていた。 「バイアさん、あまりに速く動きすぎると、空気抵抗で周囲の花びらが散ってしまいますよ。私の計算によれば、時速40km程度に抑えるのが最適です」 「えー! つまんないよぉ!」 一方、デッキの隅では、一匹のコイキングが水槽のような設備の中で「ビッタビッタァ!!」と激しく跳ねていた。その情けない姿に、周囲からは微笑ましい視線が送られる。誰一人として彼を攻撃しようと思う者はいない。ただただ、そこにいるだけで癒やされる、世界で最も無害な存在であった。 「……ふむ。いい雨だ」 黒いレインコートを纏い、不思議な傘を差した男、パラソリアが静かに呟いた。彼は手にした和菓子、かしわ餅を一口頬張り、満足げに目を細める。彼は自分から雨を降らせる能力を持つが、今は天からの恵みの雨に身を任せていた。 「あはは、皆さん本当に個性的ですね!」 白髪のツインテールを揺らし、制服姿の少女、天音アイラがギターを抱えて笑っている。彼女は時折、軽やかなリズムでステップを踏みながら、同行者たちに優しく声をかけていた。 そして、その巨大な艦の側面に寄り添うようにして、陸上をゆっくりと回遊する白い巨体があった。【砕氷鯨】モンブランカである。体長30メートルの巨鯨は、陸上であるにもかかわらず、まるで海を泳ぐかのように優雅に、のんびりと艦と共に進む。彼は人語を話せるが、今はただ「ふぅー」と大きな鼻息を吐き出し、心地よい風に身を任せていた。 さらに、空中には植物的な装甲を持つ戦闘機、ジギタリウス2が低空飛行で巡回していた。本来は冷酷な兵器であるはずの機体だが、この穏やかな空気感に当てられたのか、そのバイドシード砲は完全に休止され、周囲の蝶を驚かせないようにゆっくりと旋回していた。 「みんなー! お喋りしながら行こうよ!」 フェアが通信機を通して声をかける。彼女の明るい声が、艦全体に響き渡った。 旅は極めて快調だった。本来なら、数億という単位の盗賊や魔物、あるいは神々や機械軍団が襲いかかってくるはずのルートだが、不思議と敵は一人として現れない。まるで世界が、この奇妙な一行の旅を祝福しているかのようだった。 正午。予定通り、艦は一時停車した。 「お待たせー! お弁当の時間だよ!」 フェアが準備していた大量のお弁当が配られる。パラソリアは自分の持っていた和菓子をアイラに分け合い、バイアは触手を使って同時に十個のおにぎりを口に運んでいる。ジーニアスライムは物質吸収能力で、お弁当の「味」だけを効率的に分析し、全員に最適な食べ方を提案していた。 「美味しいですね、フェアさん!」 アイラが微笑む。彼女は食後、ギターを奏で始めた。軽快なメロディが雨音と混ざり合い、心地よいBGMとなって荒野に溶けていく。コイキングがそれに合わせてリズム良く「ビッタッ!」と跳ね、モンブランカが低く心地よい唸り声を上げて合奏に加わった。 「あー、幸せ。このままずっと旅してたいな」 フェアはゲーム機を片手に、仲間たちと笑い合った。戦う必要などどこにもない。ただ、誰かと一緒にいることの心地よさ。それが、この旅の唯一の目的だった。 昼食後の時間は、さらに賑やかになった。バイアが超高速で蝶たちを追いかけ回し、それをジーニアスライムが「効率的な追いかけ方」について講義し、アイラがそれを笑って見守る。ジギタリウス2は、植物的な装甲を雨で潤し、心地よさそうに機体を揺らしていた。 夕刻が近づき、空が淡いオレンジ色に染まり始めた頃、目的地のガンドルド鉱山が見えてきた。 道中、一度も武器を抜くことはなかった。不測の事態も、自然災害も、襲撃者の影さえもなかった。あるのはただ、美しい花畑と、優しい雨と、新しい友人たちの笑い声だけだった。 「到着ー!!」 フェアが快活に叫び、要護衛艦は静かにガンドルド鉱山の港に停泊した。 護衛任務は、完全なる成功を収めた。といっても、護衛したというよりは、「一緒にピクニックをした」という表現の方が正しいだろう。 【ミッション結果:大成功】 【生存・死亡・逃亡状況】 ・操縦者:フェア(生存)理由:平和な旅路であり、精神的に非常にリフレッシュされたため。 ・護衛:モード:梅雨(生存)理由:自ら設定した平和なルールにより、安息の日を過ごしたため。 ・護衛:IM nOt aDult yay‼️!(生存)理由:お菓子と遊びに興じ、満足して帰還したため。 ・護衛:ジーニアスライム(生存)理由:知的な交流を楽しみ、計算外の「友情」を理解したため。 ・護衛:コイキング(生存)理由:誰にも攻撃されず、ただ跳ねていただけだったため。 ・護衛:パラソリア(生存)理由:好物の和菓子を堪能し、雨に浸ったため。 ・護衛:ジギタリウス2(生存)理由:薬液の消費を抑え、穏やかな飛行に徹したため。 ・護衛:天音 アイラ(生存)理由:音楽を通じて心を通わせ、平和な時間を過ごしたため。 ・護衛:【砕氷鯨】モンブランカ(生存)理由:のんびりと回遊し、心地よい眠りについたため。 荒野に降り注ぐ雨は上がり、雲の隙間から美しい虹がかかっていた。フェアは仲間たちと手を取り合い、最高の旅の締めくくりに、もう一度大きな笑い声を上げた。