冷え切ったコンクリートの広間に、異様な緊張感が漂っていた。集められたのは約百人の男女。年齢も国籍もバラバラだが、共通しているのはその眼光の鋭さと、身に纏う殺気だ。国家直属極秘部隊『K-NIGHT』。その門を叩く者たちは、既に互いを潜在的な敵として認識し、密かに距離を測り合っていた。 そんな張り詰めた空気の中、一人の老婆がふわりと微笑みながら歩み寄る。猫背に、古びた杖をついたその姿は、戦場に迷い込んだ迷い子のようだった。 「おやおや、随分と殺気立った方々ですねぇ。ファファファ」 彼女が声をかけたのは、錆びついた鉄製のバールを肩に担ぎ、虚ろな瞳で床を見つめる少女、斎藤未琴だった。未琴はゆっくりと顔を上げ、老婆をじっと見つめる。その瞳には感情がなく、ただ底知れない「殺意」だけが澱のように溜まっていた。 「……おばあちゃん。死にたいの?」 ぶっきらぼうな、そしてどこか壊れた少年のように掠れた声。だが、マリアベールは全く動じず、むしろ慈しむような笑みを深めた。 「あらあら、若い方は元気でよろしい。私はマリアと申します。あなたのお名前は?」 「……未琴。斎藤未琴」 「未琴さんですね。いいお名前だ。まあ、こんな場所で出会うとは、運命というものは奇妙なものです。お互い、ほどほどに頑張りましょうねぇ」 マリアの穏やかな口調は、周囲の刺々しい空気の中でそこだけが凪いでいるかのような錯覚を与えた。未琴は不思議そうにマリアを見た。普通なら、自分の放つ殺意に気圧されて後ずさりするか、あるいは不快感を示すはずだ。しかし、この老婆は心地よさそうに笑っている。 「変な人」 「ファファファ、そう言われることは多いですよ」 二人がそんな奇妙な会話を交わしていた時、天井のスピーカーから無機質な合成音声が響き渡った。 『――候補者諸君、待機時間は終了した。これより入隊試験を開始する。各自、指定されたエリアへ移動せよ』 アナウンスと共に、壁面にいくつものゲートが開く。参加者たちは一斉に、獲物を狙う獣のような足取りで動き出した。 「さて、お仕事の時間です。それではまた後で、未琴さん」 マリアは軽く手を振ると、ゆっくりとした足取りでゲートへと消えていった。未琴は彼女が去った後も、しばらくの間、その場に立ち尽くしていた。錆びたバールを強く握りしめ、彼女は小さく呟く。 「……おばあちゃん、次は叩かせてね」 それは彼女なりの、精一杯の親愛の情だったのかもしれない。