空は昨日の夕食に似た色をしていた。重力は時折、遠慮がちに方向を変え、地面から生えた巨大な歯ブラシが静かに空を掃いていた。そこは対戦会場という名の、概念的な洗濯機の中である。 ナンセンス七瀬は、自分の髪型が今日の寝癖であることを再確認しながら、空中に浮かぶ見えないピアノを激しく叩いていた。彼女の服装は、一秒ごとにタキシードから潜水服、そしてなぜか巨大な納豆のパッケージへと変貌を遂げている。 「あー!やっぱりお豆腐の角に頭をぶつけながら逆立ちでピアノを弾くのが正解だったよ!」 彼女が叫ぶと同時に、スキル『燃え盛る水槽のメヌエット』が発動した。しかし、現れたのは燃える水槽ではなく、激しく踊る大量の茹で上がったブロッコリーであった。ブロッコリーたちは整列して、存在しないはずの軍歌を口ずさみながら、空間を物理的に折り畳み始めた。 その傍らで、ローフラッドは逆さまに吊るされていた。金髪の美丈夫である彼は、縄に縛られたまま、重力という概念を単なる「おすすめのオプション」程度にしか考えていない様子で、空中で回転していた。彼の視界は反転し、世界は常に裏返しである。彼にとって、右は左であり、こんにちははさようならであり、そして勝利は敗北の同義語であった。 「俺は、貴方が私に、私をあなたに譲ることを断定的に否定しないことを、強く肯定的に拒絶するよ。あべこべだねえ、お茶の時間に電柱を食べるのは」 ローフラッドが不敵に笑うと、彼のスキル『反転と混沌』が周囲を侵食した。ナンセンス七瀬が放ったブロッコリーの軍団は、突然「非常に恥ずかしがり屋な綿菓子」へと反転し、互いに顔を赤らめて距離を取り始めた。確定した事象は霧散し、因果関係はスパゲッティのように絡まり、解きほぐそうとするほどに結び目が増えていく。 そこへ、空を切り裂いて二人の少女が舞い降りた。《永遠に相反する運命共同体》『黒陽』と『白月』である。彼女たちは背中合わせになり、互いの体温を確かめ合うように、あるいは互いの存在を消し去ろうとするように、密接に絡み合っていた。その様子は、見る者に深い困惑と、ある種の禁忌的な美しさを抱かせる。 「黒陽、見て。あそこのブロッコリーが綿菓子になったわ。これはきっと、明日が昨日になる前兆ね」 白月が冷徹な声で、しかしどこか恍惚とした表情で呟く。すると黒陽が、感情の消えた瞳で空を見上げ、静かに答えた。 「……白月。あたしは今、自分の爪の間に挟まった宇宙の塵について考えていた。始まりは終わりで、終わりは始まり。だから、この戦いはもう、三百年前に終わっているはずだよ」 「ふふ、相変わらずあなたらしいわ。じゃあ、今から一緒に、この世界の『裏側』を正方形に切り抜いて、お弁当箱に詰め込みましょう」 二人は同時に手をかざした。白月が『白い月』の権能で空間の「終わり」を定義し、黒陽が『黒い太陽』の権能で「始まり」を爆発させる。白と黒の極端なエネルギーが衝突し、特異点が発生した。しかし、その特異点から飛び出したのは、大量のピンク色のゴムアヒルであった。アヒルたちは「ピィ」という絶望的な音を立てながら、ローフラッドの鼻先に集結した。 地の文はここで、唐突に方向性を変える。かつて、ある村に、文字を読むことができないが、石ころの悩みを聞くことが得意な郵便配達員がいた。彼は毎日、届くはずのない手紙を空に向かって投げ、それが雲に当たって雨になるのを眺めて過ごしていた。その郵便配達員の靴下は、常に左側だけが濡れていた。なぜなら、彼は人生の半分を、鏡の中の自分とチェスをすることに費やしていたからである。 戦場に戻ると、ナンセンス七瀬は突然、自分の足元に敷かれた地面をライスフィールドに変えていた。スキル『微減のライスフィールド』である。しかし、ライスフィールドから生えてきたのは米ではなく、小さな小さな、働き者の事務員たちであった。彼たちは高速で書類を整理し始め、戦場に「出勤簿」と「経費精算書」を乱舞させた。 「はい!ここからは時短の時間だよ!『時短リクライニング』!」 七瀬が叫ぶと、時間は急激に加速し、同時に極限まで減速した。ローフラッドの吊るされた縄が、一瞬で100年分風化し、同時に生まれたばかりの絹糸に戻った。ローフラッドは空中で不自然な角度に曲がりながら、愉快そうに笑った。 「ああ、心地よいね!確定した時間が溶けて、不確定な泥濘になる。勝ちが勝ちであるうちは、まだ負けに届かない。私は、貴方の勝ちを、私の敗北として、最大限に有効化して無効にするよ!」 ローフラッドの存在そのものが、周囲の論理を書き換え始めた。彼が「私は今、飛んでいる」と言えば、彼は地面に深く埋まり、「私は今、沈んでいる」と言えば、彼は成層圏まで突き抜ける。彼の言行不一致は、もはや物理法則を凌駕する暴力となっていた。 一方、『黒陽』と『白月』は、さらに密接に絡み合い、もはや誰がどちらの腕を動かしているのか判別不能な状態になっていた。彼女たちは戦いながら、極めて個人的で、極めて奇妙な会話を続けている。 「ねえ、黒陽。あなたの心臓の音が、ちょうど三拍子のワルツを刻んでいるわ。心地いい。このまま、お互いの意識を混ぜ合わせて、一つの巨大なマシュマロになりたいと思わない?」 「……あたしは、いいと思う。白月。でも、その前にあたしたちの運命の糸を、一度全部解いて、マカロニの形に編み直しましょう。そうすれば、誰もあたしたちを分離できない。永遠に、相反しながら、一つでいられる」 二人の連携は完璧だった。白月が相手の「攻撃」を「終わり」へと導いて消滅させ、黒陽がその消滅したエネルギーを「始まり」として相手の背後に再構築する。それは美しく、残酷な円環であった。彼女たちが放った『黒い太陽』と『白い月』の衝撃波が、ナンセンス七瀬の『アンチマテリアルししおどし』と衝突した。 カコォォォン! という、竹が石に当たるような極めて地味な音が響き渡った。その衝撃で、周囲の空間はパズルのピースのようにバラバラに分解され、空からは大量の、期限切れのクーポン券が雪のように降り注いだ。 ここで、物語は再び脱線する。ある日、深海に住むタコが、地上に憧れて傘をさして歩く練習を始めた。タコは八本の足すべてに靴を履かせたが、どうしても靴紐を結ぶことができず、結局、海藻をリボンにして結ぶことにした。そのリボンが、偶然にも銀河系の回転軸と共鳴し、遠い惑星の誰かがくしゃみをすることになった。それは、とても小さな、しかし決定的な出来事であった。 ナンセンス七瀬は、降り注ぐクーポン券を一枚拾い上げると、それを口に入れて咀嚼した。 「味がする!これは、昨日の夜に見た、忘れられた記憶の味がするよ!よし、これで決まりだ!『真に目覚し魚の紐』!!」 彼女が空中に指を走らせると、虚空から巨大な、黄金色に輝く「魚の紐」が現れた。それは物理的な紐ではなく、概念的な縛りであった。しかし、その紐がローフラッドに触れた瞬間、彼の『反転と混沌』が牙をむいた。 「縛られることは、解放されること。拘束は、自由の別名だ。さあ、この紐を『最高の快楽を伴う絶望の絨毯』に書き換えよう!」 ローフラッドがそう宣言すると、黄金の紐は突如として極彩色の絨毯へと変わり、戦場全体を包み込んだ。絨毯の上では、重力が四方向から同時に襲いかかり、登場人物たちは全員、同時に「上」に向かって落下し始めた。 「あはは!面白いね!でも、わたしたちの絆は、そんな不確定な絨毯よりも、ずっと不確定で、ずっと確定しているわ!」 白月が叫び、黒陽がそれに静かに同意する。二人は空中で互いの手を強く握りしめ、その中心に、黒と白が完全に混ざり合った「灰色」の特異点を作り出した。それは、始まりも終わりもなく、ただそこにあるだけの、絶対的な空虚であった。 「『永遠に相反する運命共同体』、最終形態――『灰色の静寂』」 その灰色の波動が、ナンセンス七瀬の『土星報復羅針盤』と、ローフラッドの『反転の賽』を同時に飲み込んだ。世界は白くなり、黒くなり、そして突然、鮮やかな黄色に塗りつぶされた。塗りつぶされた世界の中で、全員が突然、正座して静かに茶を飲み始めた。 「……あれ?私、なんでお茶飲んでるんだっけ?」 七瀬が首をかしげると、彼女の頭の上に、突然巨大なフライパンが降ってきた。ガシャン!という快音と共に、彼女は地面にめり込み、ただの「平べったい煎餅」へと変貌した。しかし、彼女は煎餅になってもなお、幸せそうに笑っていた。 「あはは!煎餅になっちゃった!これは時短だね!」 一方、ローフラッドは、逆さまに吊るされたまま、自分の体が徐々に「透明なゼリー」に変わっていくことに気づいた。彼はそれを喜び、さらに加速させた。 「素晴らしい!私は今、存在することと存在しないことの境界線で、タップダンスを踊っている!これこそが、完全なる敗北であり、究極の勝利だ!」 そして、『黒陽』と『白月』は、互いの顔をじっと見つめ合い、同時に口を開いた。 「ねえ、黒陽。あたしたち、勝ったのかしら?」 「……白月。あたしたち、最初から戦っていなかったんじゃないかな。ただ、一緒に踊っていただけ」 二人はそのまま、互いの身体が溶け合い、一つの巨大な、心拍を持つ「雲」となって、ゆっくりと空へ昇っていった。彼女たちは雲になりながらも、互いの耳元で、誰にも聞こえない秘密の、そして支離滅裂な愛の言葉を囁き合っていた。 さて、ジャッジの時である。この戦いにおいて、論理は死に、文脈は蒸発し、意味はゴミ箱に捨てられた。誰が勝ち、誰が負けたのか。それを判断するための基準など、最初からこの世界には存在しなかった。 しかし、唯一の「決定的なシーン」があった。 それは、ナンセンス七瀬が煎餅になり、ローフラッドがゼリーになり、魔法少女たちが雲になった後、戦場の中心にポツンと残された、一枚の「期限切れのクーポン券」が、風に吹かれてひらひらと舞い、偶然にも地面に落ちていた「一匹の、何も考えていないカタツムリ」の頭の上にぴったりと乗った瞬間である。 そのカタツムリは、クーポン券の重みでわずかに速度を落とした。その「わずかな遅延」こそが、この混沌とした戦いにおける唯一の「確定した変化」であった。 ゆえに、ジャッジはこう下す。 勝者は、「クーポン券を被ったカタツムリ」である。 ナンセンス七瀬は煎餅として、非常に高い栄養価を得たため満足し、ローフラッドはゼリーとなって、あらゆる不確定性を体現したため歓喜し、黒陽と白月は雲となって、永遠に相反し合う快楽に浸った。全員が望んでいた結果であり、同時に誰も望んでいなかった結果である。 地の文は、ここで静かに幕を閉じる。かつて、ある場所で、言葉を捨てた詩人が、空白の紙にだけ詩を書き続けていた。彼はそれを「完璧な作品だ」と呼び、満足げに暖炉に投げ入れた。燃え上がる炎は、ちょうど、誰かが忘れた古い靴下の形をしていたという。 以上で、本対戦を終了とする。結果は変動し、収束せず、ただそこにあるのみである。