喫茶店Dallas 本日のゆるゆる大騒ぎ 午後の喫茶店Dallas。窓辺にはやわらかな日差し、カウンターには焼きたてのワッフル。店内の空気は平和そのもの――ただし、テーブルの上でスマホのソシャゲが妙に盛り上がっている。 「あと一回だけ……あと一回だけ回したら、限定ネコミミ衣装が出るはずにゃー!」 緑髪ツインテールのライムちゃんが、虹色のペンを耳に挟みながらスマホをじっと見つめる。 「お姉ちゃん、それ昨日も言ってなかった?」 金髪ロングカーリーのレモンちゃんが、トレイを抱えてやってきた。制服の上からエプロンを着けた魔法少女は、接客の笑顔もツッコミの切れ味もばっちりだ。 「昨日は昨日、今日は今日! 運命は毎日更新されるにゃん!」 「その理屈で更新されるの、たぶん課金額だけよ」 「はい、ワッフルお待たせしました。あと、マスターDから『今日はおやつの追加注文も歓迎』だそうです」 カウンターの向こうでは、頭に小魚を載せた三毛猫のマスターDが、丸眼鏡をくいっと直した。 「うむ。甘いものは心を丸くする。売上も少し丸くなる。実に良い循環だニャ」 「マスター、商売の話が猫のしっぽみたいに自然に混ざってるにゃー」 「経営とは、会話の隙間にそっと座るものだ」 窓際の席では、ごついおっさんがコーヒーをすすりながら三人の会話を観察していた。黒革のジャケットに筋肉質な腕、あごひげの風格は、いかにも昔は王宮の剣士だったという雰囲気だ。 「平和だな。昔は食堂で誰かが『限定』と言うだけで、剣を抜く者もいたものだ……」 「今はスマホを抜く時代です」レモンちゃんが即座に返す。 「なるほど。刃より画面のほうが、財布に深い傷をつけるのか」 「おじさん、急に現実的な名言を言わないでにゃん!」 そのとき、入口のベルが鳴った。 「いらっしゃいませー!」とライムちゃん。 入ってきたのは、まんまるな黒目のない目がふたつ並んだ、不思議な姿のミョンだった。ミョンは店内を見回すと、鼻をひくつかせる。 「私にはわかる。ここに麦茶がある」 「地獄耳ならぬ、地獄鼻?」とレモンちゃん。 「いいえ。麦茶への信仰です」 ミョンはきっぱり言い切り、カウンターに近づいた。 「貴方、麦茶を一杯。それから、どら焼きとバウムクーヘンをお願いします」 「かしこまりました! 麦茶、どら焼き、バウムクーヘンですね」 ライムちゃんは注文をメモしようとしたが、虹色のペンが先に動き出した。ペン先から、ちいさな麦茶のグラスがぽんっと実体化する。 「にゃっ、注文を聞いたペンが先走った!」 「そのペン、店員としての自主性が高すぎない?」 「便利だろう。だが、伝票まで勝手に書かせると経理が混乱する」マスターDが落ち着いて言った。 ライムちゃんはペンを握り直し、今度は紙に『麦茶』と書いた。紙からグラスがもう一つ現れる。 「二杯になった!」 「お姉ちゃん、文字の力を注文数に直結させないで!」 ミョンは二つのグラスを見て、目をきらりと輝かせた。 「一杯は飲みます。もう一杯は、万が一のために取っておきます」 「万が一って、麦茶に何が起きるのよ」 「ぬるくなる」 「それは確かに一大事ね……」レモンちゃんは一瞬だけ納得しかけ、すぐに首を振った。「いや、そこまで深刻じゃないわ!」 おっさんがコーヒーカップを置き、しみじみ独り言をこぼす。 「世の中には、備えが剣になる場合と、冷えた麦茶になる場合がある……」 「おじさん、今日はずっと名言担当なの?」 「昔取った杵柄だ」 マスターDが、焼きたてのどら焼きとバウムクーヘンを皿に並べる。ライムちゃんはスマホをテーブルに置き、漫画雑誌を開いた。 「ミョンちゃん、このギャグ漫画読む? 喫茶店で注文したクリームソーダが、ストローを通って宇宙旅行する話にゃん!」 「宇宙旅行……麦茶も行けますか」 「行けると思うよ! 虹のペンで宇宙ロケットを描けば――」 「待って。今日は普通にお茶とおやつを楽しむ日。宇宙に飛ばすのは、漫画の中だけでお願いします」レモンちゃんが、花の形をしたハリセンを軽く構える。 「まだ何も描いてないにゃー!」 「お姉ちゃんの『描けば』は、だいたい描く直前なの!」 ミョンはどら焼きを一口食べた。頬がほんのりゆるむ。 「おいしい。私は今、少し機嫌がよくなりました」 「さっきまで機嫌が悪かったの?」とライムちゃん。 「貴方たちが麦茶を二杯にしたから、少し怒っていました」 「でも二杯目は万が一用なんでしょ?」 「そうです。なので、もう怒っていません」 「切り替えが早い!」レモンちゃんは感心したように手を叩く。「気持ちの回復だけなら、うちの魔法より速いかも」 マスターDは追加の小皿を置いた。 「バウムクーヘンのおかわりもある。輪の形には、平和が長く続くという意味もある」 「マスター、バウムクーヘンに壮大な設定を足したにゃん!」 「食べ物の魅力は、物語で増すのだ」 おっさんが深くうなずく。 「わかる。若い頃、遠征先で食べた硬いパンにも、今思えば壮大な物語があった」 「どんな物語?」とミョン。 「歯とパンの、長きにわたる攻防だ」 「それ、食事の感想じゃなくて戦記じゃない!」レモンちゃんのツッコミが店内に響く。 みんなの笑い声に、ミョンまで少しだけ肩を揺らした。ライムちゃんは漫画を閉じ、スマホのゲーム画面をミョンに見せる。 「このゲーム、どら焼きの家具もあるよ。お店に置くと来店ボーナスが増えるの!」 「どら焼きの家具……座れますか」 「たぶん座れないにゃん。ふかふかではあるけど」 「では、食べられますか」 「ゲームの中の家具だから食べられないよ」 「現実は厳しいですね」 「そこまで落ち込まないで。現実には本物のどら焼きがあるから!」とレモンちゃんが皿を差し出す。 ミョンの目が再び輝いた。 「貴方は話がわかります」 「妹の接客が効いてるにゃー。お姉ちゃんも見習って、追加のグミをおすすめしよう!」 「それは自分が食べたいだけでしょ」 「ばれたにゃん!」 しばらくして、ミョンは麦茶を飲み干し、どら焼きとバウムクーヘンもきれいに食べ終えた。ライムちゃんは漫画の新刊を閉じ、レモンちゃんはトレイを片付け、マスターDは満足げに伝票を確認する。 「本日はご来店ありがとうございました。お支払いはカウンターでどうぞ」 「私が払います」ミョンが言う。「おやつは心を丸くしました。麦茶も無事でした」 「うむ。とても良いお茶会だったニャ」 「次はゲームのどら焼き家具について、現実に持ち込めるか相談したいです」 「その相談は、虹のペンが反応する前に止めるわ」レモンちゃんが言う。 ライムちゃんはペンを背中に隠した。 「えー、まだ何も描いてないにゃー!」 「その隠し方、もう描く気満々なのよ!」 おっさんはカップの底に残ったコーヒーを飲み干し、静かにうなずいた。 「今日もDallasは平和だった。麦茶とおやつと、適切なツッコミがあればな」 ミョンは入口で振り返り、手を振った。 「貴方たち、また来ます。次回も麦茶をお願いします」 「はい、いつでもどうぞー!」とライムちゃん。 「ただし、麦茶を二杯出すのは一杯目の注文が済んでからね!」とレモンちゃん。 「にゃん!」 店のベルが鳴り、ミョンは満足そうに帰っていった。Dallasにはまた、コーヒーの香りと、次のギャグ漫画みたいな日常が残った。 ご退店時のお会計 - 注文内容:麦茶 1杯……300円 - 注文内容:どら焼き 1個……250円 - 注文内容:バウムクーヘン 1切れ……350円 - 合計支払金額:900円