空を塗り潰すほどの、どろりとした紅い月。 その不吉な光は、地上に降り立つ三者の精神を、静かに、しかし確実に蝕んでいた。 通常であれば、理性がブレーキとなる。強すぎる力は制御され、効率的な戦術が優先される。だが、今夜の月は違った。紅い月の魔力は「リミッター」という概念を嘲笑い、本能を増幅させ、破壊衝動を極限まで引き上げる。理性の檻が外れ、内側に潜んでいた「狂気」が、溢れ出した。 「あははっ! あはははははっ!! ねぇ、見て見て! 空が真っ赤! 血みたいな色! 最高にエッチな夜だと思わない!? あぁあ、もう我慢できない! めちゃくちゃにされたいし、めちゃくちゃにしたい!!」 狂気のネギマちゃんが、身をよじらせて歓喜に浸る。低身長にツインテール、赤い瞳を爛々と輝かせた彼女の手には、おぞましい名を持つ「マヂ無理どぉせゥチゎ手首灼ぃた火葬刀」が握られていた。彼女にとって、この戦場は快楽の園であり、紅い月の魔力は最高の媚薬だった。 「……最悪だ。なんで俺がこんな連中とここにいるんだよ。まあいい、月が赤いからってテンション上がる奴らは本当に理解できねぇ。さっさと片付けて、家に帰って寝たい」 ハルトは冷めた表情で呟く。だが、その言葉とは裏腹に、彼の肉体からは凄まじいプレッシャーが放たれていた。筋肉という絶対的な暴力。紅い月の魔力は、彼の「破壊衝動」を静かに、しかし深く刺激している。冷静なツッコミを入れつつも、その拳は、次元ごと叩き潰したいという根源的な飢えに支配され始めていた。 「うふふー! 死神ちゃんがお出ましなのだ! 紅い月は死神にとって最高のステージなのだ! みんな、この可愛い死神ちゃんにひれ伏して、バラバラにされるがいいのだー!!」 赤いパーカーを翻し、巨大な黒い鎌を肩に担いだ【冥界から蘇りし死神】 ■■ちゃんが、天真爛漫な笑顔で跳ね回る。無邪気さと残酷さが同居するその瞳には、快楽的な殺戮への期待が宿っていた。 三者の間に、火花が散る。もはや言葉による交渉など意味をなさない。紅い月が告げたのは、ただ一つ。「殺し合え」という絶対的な命令だった。 --- 先手を打ったのは、狂気のネギマちゃんだった。 「いっくよー!!」 彼女は叫ぶと同時に、火葬刀を振り回して突撃する。攻撃力0という数値が示す通り、その一撃に物理的な破壊力はない。しかし、紅い月の影響で暴走した彼女の魔力は、空間そのものを歪ませるほどの狂気を孕んでいた。 だが、対峙するハルトにとって、それは「止まって見える」程度の速度だった。 「遅すぎ。邪魔!」 ハルトが軽く、本当に軽く腕を振るった。それだけで、衝撃波がネギマちゃんの身体を直撃する。10億光年先まで飛ばされるはずの威力。しかし、ネギマちゃんは笑っていた。 「あははははっ! 今の最高!! もっと! もっと強くして!!」 スキル【あぁあ楽しすぎ!】。受けた衝撃と苦痛が、瞬時に快楽へと変換され、彼女の魔力と速度を爆発的に跳ね上げる。肉体が千切れる寸前の快感に、彼女はエクスタシーを感じ、傷口から溢れる血が紅い月に照らされて妖しく光る。全快した体力と底上げされた狂気。彼女は弾き飛ばされたはずの空間を、無理やり「書き換えて」ハルトの目の前に戻ってきた。 「次はこっちの番だよぉ!!」 火葬刀がハルトの首筋を狙う。同時に、死神ちゃんが巨大な鎌を振り下ろした。 『にゅー☆殺戮の斬撃』 次元ごとぶった斬る紅い閃光。空間が裂け、ハルトの身体を真っ二つに切り裂くはずの一撃。だが、ハルトは動かなかった。あるいは、動く必要がなかった。 ガキン!! 鎌の刃が、ハルトの首筋に当たった瞬間、火花が散った。白銀以上の防御力。概念を破壊する拳を持つ彼の肉体は、もはや物理的な「斬撃」という概念を超越していた。死神ちゃんが目を丸くする。 「ええー!? 斬れないのだ!? 私の最強の斬撃が効かないなんて、そんなのありえないのだ!」 「ンな分けねーだろ。筋肉で全部防いでりゃいいんだよ」 ハルトの拳が、死神ちゃんの腹部にめり込んだ。圧縮。相手の原型をとどめないほどに潰す一撃。ドゴォッ!!という鼓膜を破るような衝撃音が響き、死神ちゃんの身体が球体のように圧縮され、地面に深く突き刺さった。 だが、ここで死神ちゃんの特性が発動する。 『冥界譲りの鬼耐久』 「うぎゅー! 痛いのだー!! でも、死なないのだー!!」 潰れた肉体を無理やり押し戻し、死神ちゃんはのっそりと起き上がる。腕が折れ、内臓が飛び出しているが、彼女はそれを気にする様子もなく、どこからか取り出した木工用ボンドで適当に肉をくっつけ始めた。その光景はシュールを通り越して、見る者に精神的な不快感と恐怖を与える。 「あははっ! みんなすごいね! でもね、こういうのは『ナシ』なんだよ!」 ネギマちゃんが、不気味な笑みを浮かべて指をパチンと鳴らした。 スキル【それはナシで!】 標的はハルト。彼が持つ「あらゆる干渉を受けない絶対的な防御力」という最強の技を、彼女は「ナシ」にした。理屈ではない。狂気が理性を塗り潰し、法則を書き換えた。一瞬、ハルトの身体を包っていた不可視の壁が消え、彼が「ただの、非常に強い人間」にまで弱体化した。 「……は? 今、何が起きた」 ハルトが困惑した瞬間、死神ちゃんが飛びかかった。 「今だー! この可愛い死神にひれ伏すのだー!!」 強烈な疲労感と、抗いがたい「死神ちゃんへの憧憬」がハルトを襲う。膝がガクガクと震え、意識が朦朧とする。同時に、ネギマちゃんが背後から火葬刀を突き立てた。 ズシュッ!! 心臓を貫かれたハルト。だが、彼は笑っていた。紅い月の魔力は、彼の中の「破壊衝動」を完全に覚醒させていた。疲労感? 絶望感? そんなものは、漲る筋肉の熱量で焼き尽くせばいい。 「……クソが。いいぜ、これくらいの刺激があった方が、拳に力が込まる」 スキル『ンな分けねーだろ』。あらゆる干渉を受けても無傷で立ち上がる。心臓を貫かれた穴が、凄まじい速度で塞がっていく。筋肉による超回復。彼は、自分を攻撃した二人の距離を一気に詰め、右拳を突き出した。 「連打」 一秒間に数億回。光速を超える速度で繰り出される拳。それはもはや攻撃ではなく、世界を塗り潰す「破壊の壁」だった。 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!! 死神ちゃんの身体が、文字通り肉片へと変わっていく。木工用ボンドでくっつける暇もない。次元を斬る鎌さえも、圧倒的な物理的質量によって粉砕された。死神ちゃんは「あぅ……」という短い声を残し、意識を失う前に、自身の肉体が分子レベルまで分解される絶望感に包まれた。死神として一度死んでいる彼女だったが、この攻撃は「存在そのもの」を破壊する。彼女は、紅い月に照らされたまま、塵となって消滅した。 残ったのは、狂喜乱舞するネギマちゃんだけだ。 「あはぁっ! すごい! すごすぎるよ!! 死神ちゃんが消えちゃった! ねぇ、次はお私の番だね! もっと! もっと私を壊して!!」 ネギマちゃんは、もはや戦いなどしていなかった。彼女にとってこれは、最高の快楽を伴う「愛の交歓」だった。彼女はわざと防御を捨て、ハルトの拳に身を委ねる。 だが、ハルトは冷酷だった。彼は、彼女が「快感」を得ていることに気づいていた。そして、それがこの戦いを終わらせない最大の原因であることも。 「お前のその性格、マジで理解できねーよ。……消えろ」 ハルトは拳を最大限に圧縮した。ビッグバン以上のエネルギーを、たった一つの点に凝縮させる。紅い月の魔力さえも、その重圧に押し潰され、周囲の空間がブラックホールのように歪み始めた。 ネギマちゃんは、その絶望的な破壊の予感に、頬を赤らめ、最高の笑顔を浮かべた。 「あぁっ! くる、くるよ! 最高に痛いのがくる!!」 だが、その瞬間。彼女のスキルが不意に発動した。 【って思うよね?】 超ピンチに陥った瞬間、状況を完全に反転させる理不尽の極致。ハルトが放とうとした「究極の一撃」が、なぜか彼自身の内側に向かって跳ね返った。あるいは、世界そのものが「ハルトが負けている」という設定に書き換わった。 「なっ……!? 身体が……動か……」 最強の筋肉を持つハルトが、突如として膝をつく。全身に猛烈なダメージが走り、肺から血が溢れ出す。一方のネギマちゃんは、何事もなかったかのようにピンピンしており、むしろさらにパワーアップしていた。 「あはは! 大逆転だね! これが私のいいところなんだよぉ!」 ネギマちゃんは、火葬刀を高く掲げた。彼女の魔力は今や、紅い月の力を完全に吸収し、世界を塗り替えるほどの狂気へと昇華していた。 「最後は、最高に気持ちいいところで終わらせてあげるね!」 彼女は【mjPdg】を同時に発動させた。意味不明な行動。ハルトの思考が完全に停止する。最強の戦士でありながら、今はただの「思考停止した肉塊」と化したハルト。そこに、ネギマちゃんの火葬刀が、迷いなく、そして情熱的に突き立てられた。 ドシュッ!! 心臓、脳、脊髄。すべてを同時に、跡形もなく焼き尽くす一撃。 「あはははははっ!! 最高ーーー!!!」 ハルトの身体は、内側から紅い炎に包まれ、ゆっくりと灰になって崩れ落ちていった。次元を破壊する拳も、白銀の防御力も、理不尽な「狂気」の前には無力だった。 静寂が訪れる。 紅い月は、満足したかのように、ゆっくりとその色を薄めていった。戦場に残されたのは、血塗られた地面と、一人で踊り続けるツインテールの少女だけだった。 「あーあ、終わっちゃった。楽しかったなぁ。……あ、そうだ。大根おろし食べたい。帰って大根おろし食べよっと!」 彼女は、死体の山を一度も振り返ることなく、スキップしながら夜の闇へと消えていった。 勝者:狂気のネギマちゃん 敗者:ハルト、【冥界から蘇りし死神】 ■■ちゃん 紅い月が照らしたのは、理性を捨てた者が最後に笑うという、残酷で不条理な真実であった。