喫茶店Dallas・昼下がりの巻 チリン、チリン。 喫茶店「Dallas」のドアが開き、壮年の僧侶ソウネンが静かに入ってきた。背筋はまっすぐ、足取りはゆったり。修験で鍛えた身のこなしは、店の床をきしませることもない。 「いらっしゃいませー! にゃー、今日はお坊さんのお客さんだ!」 緑髪ツインテールのライムちゃんが、虹色のペンを胸ポケットに差したメイド服姿で駆け寄る。テーブルでは、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが丸眼鏡をくいっと直していた。 「ようこそDallasへ。お席はこちらでどうぞ。魚の香りが気になるようでしたら、魚は店主の頭部に固定されておりますのでご安心を」 「その説明、初来店のお客さんには必要なの?」と、奥の席のごついおっさんがコーヒーをすすった。「まあ、今日は平和そうで何よりだ」 「平和な喫茶店、大歓迎です。修行の合間に、静かに一服したくて参りました」 ソウネンが席に着くと、ライムちゃんはメニューを開いた。 「ご注文はどうするにゃん? うちのおすすめは、ふわふわパンケーキと、期間限定の『無我の境地ブレンド』だよ!」 「そのブレンドは、飲むと無我の境地に至れるのですか?」 「いえ、ただの深煎りコーヒーです。名前で期待値を上げるタイプの商品です」 マスターDが、のほほんと答える。 「しかも先週、『煩悩たっぷりクリームソーダ』と名前が似ていると指摘されまして、こちらは改名したばかりです」 「飲み物の名前が悟りと煩悩で往復してる……」ごついおっさんがつぶやいた。「喫茶店のメニューも修行が大変だな」 そのとき、金髪のロングカーリーを揺らしながらレモンちゃんがやって来た。魔法少女の衣装の上にエプロンを着けている。 「ご注文をお伺いします! あ、ソウネンさんだ。こんにちは。今日は荒行じゃなくて、甘いものですか?」 「はい。禁欲を心がけておりますが、欲望に惑わされないことと、甘味を一切口にしないことは別だと考えています」 「その理屈、甘味の前だけ急に哲学的になるんですね」 レモンちゃんの手元で、花の形をした小さな光がぽんっと咲いた。花魔法の淡い輝きが伝票を照らす。 「では、パンケーキを一皿。それから、ほうじ茶をお願いします」 「かしこまりました! パンケーキは通常サイズでよろしいですか?」 「通常サイズで」 ライムちゃんが虹色のペンを取り出し、メモ帳にパンケーキの絵を描こうとする。 「待ってライムお姉ちゃん。そのペンで描いたら実体化するんだから、注文を聞く前に描いちゃダメ!」 「えっ、でもおいしそうなパンケーキを描いたら、見本にもなるかなって。にゃん!」 「見本が実物になったら、それはもう注文品です!」 レモンちゃんのフラワーハリセンが、ライムちゃんの頭をぺしんと叩いた。もちろん、いつもの軽いツッコミである。 「いい音だね! 今の、漫画の効果音みたい!」 「効果音を褒める前に、ペンをしまってください!」 「はいはーい。じゃあ、パンケーキの絵は描かずに、グミの絵を……」 「それも描いたら実体化するでしょう!」 ごついおっさんが、カップを置いて独り言を言う。 「注文を受ける側が、注文されてない物を量産しかけている。今日もDallasは通常運転だ」 マスターDは伝票を確認し、器用に前足でレジのキーを押した。 「ソウネン様、パンケーキ一皿とほうじ茶一杯ですね。承りました。なお、当店の厨房では、パンケーキはちゃんと調理してお出しします。創造神プリンターの出番はありません」 「そのプリンター、今日は何を作る予定だったの?」とライムちゃん。 「何も。戦闘も緊急事態もありませんので、ただの店主として営業しております」 「平和っていいねえ」ごついおっさんがうなずいた。「わしも現役を退いてからは、こうして皆の会話を眺めるのが日課だ」 「それは観察というより、聞き耳では?」とレモンちゃん。 「いや、店の平和を見守っているだけだ」 「今、こっちの注文内容を全部聞いてましたよね」 「……見守りの範囲内だ」 ほどなくして、パンケーキとほうじ茶が運ばれてきた。ふっくら焼き上がったパンケーキには、花魔法で飾った小さな食用花が添えられている。 「わあ、きれいですね。いただきます」 ソウネンは丁寧に手を合わせ、一口食べた。 「これは……たいへんおいしい。修行の合間にいただく甘味は、心を穏やかにします」 「おいしいものは心の栄養だよね。にゃー!」ライムちゃんも隣でグミをひとつつまむ。「ほら、ソウネンさんも一個どうぞ。ぶどう味!」 ソウネンは少し考え、グミを受け取った。 「ありがたく頂戴します。欲望に負けたのではなく、親切を受け取ったのです」 「その言い換え、便利すぎません?」レモンちゃんが即座にツッコむ。 「では、私も一ついただきます」マスターDが前足を伸ばす。 「マスターD、魚を頭に載せたまま、グミをどうやって食べるの?」 「店主には店主なりの方法があります」 マスターDが魚のしっぽをよけ、器用にグミを口へ運ぶ。ごついおっさんは、感心したように腕を組んだ。 「おぬし、経営だけでなく食べ方まで頭脳派だな」 「ありがとうございます。ところでライムさん、さっきからスマートフォンの画面が光っていますが」 「ソシャゲのログインボーナス! 今日の無料ガチャだよ。レモンちゃんも見る?」 「少しだけなら。……あ、星が多い演出!」 「これは新キャラが来るやつだね。いけーっ!」 ライムちゃんが画面をタップする。虹色の演出が広がった。 「おお、金色の扉です!」とレモンちゃん。 「出たー! 新キャラ……じゃなくて、ゲーム内のパンケーキ家具!」 「お店でパンケーキを食べている日に、パンケーキ家具を引くとは。なかなかの縁ですね」ソウネンがほうじ茶を飲む。 「この調子で、次はグミ家具がほしいな。にゃん!」 「グミ家具って、座ったら沈みそうですね」とレモンちゃん。 「それはそれで、くつろげそうだ」ごついおっさんが笑った。 会話が弾むうちに、ソウネンはパンケーキを最後の一口まで味わい、ほうじ茶を飲み干した。 「ごちそうさまでした。心が休まりました。皆さんのおかげで、よい休息になりました」 「またいつでもいらしてくださいね!」ライムちゃんが手を振る。「次は漫画も一緒に読みましょう。喫茶店が舞台のギャグ漫画、いっぱいあるよ!」 「ぜひ。今日の出来事も、十分に一話分の内容でした」 「その場合、ペンで実体化したパンケーキは出さないでくださいね」とレモンちゃん。 「次回はグミの絵だけにする!」 「だから、描いたら出てくるんですってば!」 ごついおっさんが会計の様子を眺めながら、また独り言をもらした。 「最後まできれいにオチがついた。今日もDallasは平和だな」 ソウネンが席を立ち、店の出口へ向かう。マスターDは丸眼鏡を直して会釈した。 「本日はご来店ありがとうございました。お忘れ物はございませんか?」 「はい。パンケーキの満足感と、グミの味を持ち帰ります」 「それはお忘れ物ではなく、思い出です!」レモンちゃんがツッコむ。 チリン、チリン。 ソウネンが店を出ると、ライムちゃんは虹色のペンを大事にしまい、スマートフォンを開いた。 「よーし、次はギャグ漫画を読むにゃー!」 「その前に、テーブルを片づけましょう」 「はーい。今日もお仕事おつかれさま、レモンちゃん!」 「お姉ちゃんもです。……今度こそ、注文を受ける前に何も描かないでくださいね」 「努力する!」 「そこは約束してください!」 店内に笑い声が広がる。喫茶店Dallasの午後は、今日も平和に過ぎていった。 お会計 - 注文内容:パンケーキ 1皿……680円 - 注文内容:ほうじ茶 1杯……350円 - 小計:1,030円 - 支払金額:1,030円